54 必要な道具
その後スープとパンで昼食を済ませ、小休止していると、1階のドアベルが鳴った。
「はいはーい」
応接用のソファー周りが片付いているのを確認してからドアを開けると、私が魔鉱細工師として取引する宝飾品店の副店長にして私の学生時代からの親友、金髪碧眼の美女ことアイリーンが笑顔で立っている。
「ハイ、セラフィナ」
「いらっしゃい、アイリーン」
いつもの挨拶を交わし、安い紅茶で一息ついて、
「──で、どう? 進捗は」
アイリーンが身を乗り出したので、私はにやりと笑った。
「ふふふ、何と今日、初めて石留めに成功しました!」
「あら、やったじゃない!」
「…といってもまだ練習段階で本番はやってないんだけどね。絶対完璧に仕上げたいし、石も一つずつしかないし」
「それはそうね」
アイリーンが頷いて、上体を戻す。
彼女から預かったのは、ラウンドカットのエメラルドとピンクサファイア。どちらも指輪に埋め込む前提なので小粒だが、透明度が高くカットも細かい一級品だ。
特にエメラルド。気泡や不純物──インクルージョンを含んでいることが多い宝石だが、肉眼でそれと分かるものが一切なかった。同じクオリティのものを探そうとしても、滅多に手に入らないのではないだろうか。
恐ろしいことに、エメラルドは結構もろい。そして高い。もし加工中に破損させたらと思うと、気軽に挑戦できないのだ。
「一応、エメラルドもピンクサファイアも予備は確保してるけど、そっちはあくまで『控え』よ。先方はそれと見比べて貴女に渡した方を選んだから、別のを使ったら多分バレるわね」
「怖いこと言わないでよ…」
「だから頑張ってね」
イイ笑顔の応援が重い。
「…分かった。頑張る。頑張るから一つ相談させて」
「なあに、加工賃の増額?」
「じゃなくて」
私はティーカップを置き、一枚の紙をアイリーンに差し出した。
「実は、欲しいものがあって。一般には流通してないんだけど、セラム商会なら伝手があったりしない?」
「……天藍メノウの、ペン?」
紙を受け取りその内容に目を通したアイリーンが、眉をひそめた。
「なぁにこれ、初めて聞くわ。そんなものがあるの?」
「ある…らしいよ。基本オーダーメイドだけど」
私もウィッカから先ほど教わったばかりで、実物を目にしたことはない。
天藍メノウは、深い藍色の空に薄雲がたなびくような美しい藍色と白のマーブル模様が特徴で、ミスリル銀やオリハルコン並みに魔力をよく通すことで知られている。宝石というよりは魔石の一種だ。
防御系の魔法を込めた『護符』として扱われることが多く、宝飾品や魔剣の材料としてもよく使われる。
ただし、需要のわりに産出量が少なく、『メノウ』と名がつくのにそのお値段は原石の段階でも金のインゴットとほぼ等価。それを望む形に加工する費用まで含めたら──ちょっといくらかかるか考えたくない。
多分これまでの魔鉱細工の売り上げが全部飛んでもまだ足りないだろう。ある程度蓄えはあるから、何とかなると信じている。
「…天藍メノウなら、最近ウチに未加工の大きい原石が入ったけど…」
「ホント!?」
「でも、高いわよ?」
「…せ、先行投資だから…!」
私は一瞬言葉に詰まりながらも答えた。
アイリーンが高いと言う時は本当に高い。正直怖いけど、今このタイミングで手に入らなかったらもうチャンスはないかも知れない。それほど天藍メノウの原石は希少なのだ。
「でも実は、もう買い手が決まってるの」
「うえっ!?」
アイリーンが非情なことを言い出した。何だそれ、目の前に人参ぶら下げといて別の奴に食べさせるみたいな…!
私が愕然としていると、アイリーンが苦笑いした。
「ちょっと、話は最後まで聞きなさいよ」
「え?」
「天藍メノウは、ウチが取引してる宝石職人に頼まれて手に入れたの。でもその人、ウチからの注文で宝石の研磨をしてるわけじゃなくて、自分の好きなように研磨する人だから──」
「その人に頼めば、もしかしたら、天藍メノウのペンも作ってもらえるかも知れない…!?」
「上手くいけば、ね」
アイリーンは冷静だった。
「その人、若いのに結構偏屈だから。説得するなら自分でね。──で、やる?」
「やる!」
反射的に答えた後で、アイリーンの言葉が頭にしみこんでくる。
若いのに偏屈って、どういう評価よ。
私が困惑していると、アイリーンが紅茶を飲み干して立ち上がった。何故かとてもイイ笑顔だ。
「じゃ、行きましょうか」
「へ? どこへ?」
「その宝石職人のところよ」
「今から!?」
「今からっていうか、今しかないわよ。あの人、結構な確率で不在だし。今ならいるはずだけど」
「待って待って、出かける準備してくるから!」
今にもドアから出て行きそうなアイリーンを慌てて止める。頼みごとをしに行くのに、作業着はダメだろう。
だがアイリーンは、平然と肩を竦めた。
「準備なんて要らないわよ。他人の格好気にする人じゃないし、その人が住んでるの、ここの隣だもの」
「……………へ?」
1階のドアから出て十数歩。アイリーンは本当に隣の建物のドアベルを鳴らした。
隣家はウチと左右対称の見た目をしている。つまり、例の、黒板で雑談していた相手が住んでいるであろう家である。
心の準備が、などと言う暇もない。どんな人物なのかという興味と妙な気恥ずかしさで私がキョドっている間に、扉が開いた。
「ハイ、ルーク」
アイリーンが、私に声を掛けるのと似たような調子で片手を挙げる、その相手は──
……え?
「…アイリーン。何の用──」
青みを帯びた銀髪にすらりとした体型、耳に心地良い声にすっと通った鼻梁。そして室内から出てきたのに、何故か大きめのサングラス。
サングラス以外、どう考えても心当たりのありすぎる青年が、アイリーンに溜息交じりに呟きながらこちらを見て固まった。
「……は?」
私がぽかんと口を開けると、青年は右を見て、左を見て、そしてもう一度こちらを見て──
「…」
「ちょっと待て扉閉めんな!」
スッと速やかに家の中に戻ろうとするのを、アイリーンの横からドアの隙間に爪先をねじ込んで阻止する。
さらにドアに手をかけ、隙間をこじ開けて顔を突っ込むと、ドアノブを握ったままの青年と目が合った。いや、サングラスのレンズの色が濃すぎて目が判別できないから、雰囲気でそう感じただけだが。
「…」
「……」
無言で固まること暫し。
私がひたすら真顔で見詰めていると、青年が溜息をついて力を抜いた。ゆっくりとドアが開く。
「…………とりあえず入れ」
「ん」
頷いてアイリーンを手招くと、唖然としていたアイリーンがハッと我に返った。
「どういうこと? あなたたち、知り合いなの?」
「まーまーいいからいいから」
隣人、出現。




