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生まれつき魔族と戦士族  作者: 稲木 なゆた
第二章③:カルネラ編
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27-④ 失ったもの

「それじゃあ、僕は一応偽造工作の準備はしておきますから、必要になったらまたここに来て下さい」


 翌朝。朝食をご馳走になったリアとミーナは、オリバーにそう言って見送られた。

 リアは笑顔で手を振り、ミーナは覇気のない声で「どうも」とだけ返す。


「で、どうしよっか?」


「………………はぁ」


 どんよりした空気を纏っているミーナに、何と声をかければいいか分からないリアは、「とりあえず散歩でもする?」と提案。


「そんなことしてる場合じゃないでしょ……そもそも、アンタいつまでここに居るつもりよ」


「え? うーん……お休みだから急いで帰る必要も無いし、ミーナちゃんが心配だから、終わるまで一緒に居ちゃダメ?」


「終わるまでって、アタシの人生終了するまでってこと……? イイ趣味してるわね……」


 どうやら、今は何を言ってもネガティブな意味に受け取られてしまうらしい。


 これはいけないと、リアはミーナの手を引いてカルネラの町を歩き回った。

 服屋、雑貨屋、飲食店。町並みもそうだが、店に並ぶ商品も手作り感溢れる物が多い。

 それに、店員は皆気さくだ。ミーナは勿論、初対面のリアにも同じように接してくれる。


 小一時間ほど町を見て回って、


「あたし、この町だ〜い好き!」


 小さな公園のベンチで、色んな店の人達からサービスして貰ったマフィンやらクッキーやらを頬張りながら、リアはそんな感想を述べた。

 ミーナは「それはアンタが店の前でヨダレ垂らしてたからでしょ……」と、呆れ半分に言う。


「でも、中央区の人達はこんな風にくれたりしなかったよ? この町の人達は優しいねぇ」


「……そうね。昔はそうでもなかったけど、今は皆、ある程度のゆとりがあるから」


「それもミーナちゃんのお父さんとお母さんが頑張ったから?」


「そうよ。ここの公園が綺麗なのも、子供達がああやって元気に遊んでられるのも、みーんなパパとママのおかげ」


 ミーナの視線の先には、遊具で遊んでいる子供達の姿があった。

 保護者らしき大人達が、それを見守りながら談笑している。


「でもね、皆が幸せな分、パパとママは苦労してるの。人一倍頑張ってるのに、見返りは〝良い領主様ですね〟って賛辞だけ……他のどの地区を見ても、ここまで献身的な領主はきっと居ないでしょうね」


「すごいねぇ。誇らしいねぇ」


「確かに凄いとは思うわよ。でも、たまにバカみたいって思うこともあるの。良いように利用されてるだけじゃない……」


「うーん……そうなのかなぁ?」


「そうよ。だって、誰もパパとママの為に立ち上がろうとしてないもの。また元のカルネラに戻ることを望んでる人なんて、きっと殆ど居ないのに……ハルトムートと戦おうって名乗り出る人は居ない。皆、他人任せなのよ。誰かが何とかしてくれるのを待ってる。この町の人達は、昔からずっとそう。悪い人たちじゃないけど……」


「あっれぇ〜? ミーナじゃ〜ん。昨日ぶり〜」


 突然声をかけられて、リアは男を引き連れた派手な女性を「誰?」といった目で見た。

 ミーナは元々落ち込んでいた気分が更に沈むのを感じる。


「ヴァネッサ……いちいち声かけないでくれる?」


「やだひどーい! 冷たぁ〜い! 領主様はあんなに優しいのに〜。ホントに血の繋がった娘なの?」


 その物言いに、聞いていたリアはむっと顔を顰めた。


「ミーナちゃん、この人だれ?」


「ハルトムートの娘よ。そう言うアンタは、顔も性格も親にソックリね、ヴァネッサ」


「あ〜、なるほど……」


 と、反論するミーナと、その言葉に納得した様子でしげしげと観察してくるリアを、ヴァネッサが睨む。


「何この小汚いヤツ。ミーナちゃんのお友達〜?」


「え、汚い? どっか汚れてる?」


 下段にいた頃はともかく、今はそれほど身なりは酷く無いはず。

 食べカスついてるのかなと口元を拭うリアに、ヴァネッサは笑顔を引き攣らせ、ミーナは「ある意味最強よねアンタ」と苦笑する。


「こ……こんなのが変なのがオトモダチだなんて、見た目着飾っても、中身はなーんにも変わってないんだね。所詮、芋は芋ってこと。可哀想に」


「その芋相手にムキになってる奴よりはマシでしょ。用が無いならさっさと行きなさいよ」


「何その態度。ムカつくんですけど。なんか群れて調子乗ってない? ねぇみんな〜、ちょっと分からせてあげてよぉ〜」


 ヴァネッサの後ろに居た男達が、ミーナとリアを囲うように広がった。

 親子連れは剣呑な雰囲気を感じ取って、公園から逃げていく。


「朝っぱらからやめてよね、こういうの。近所迷惑」


「そう思うならさぁ〜、舐めた態度取らないでよね〜」


「先につっかかってきたのはそっちでしょ? 言っとくけど、アタシに手ぇ出して痛い目見んのはそっちだからね」


「あー、まぁそれもそうね〜。色々面倒だし、領主が替わるまではやめておこーっと。替わった後なら好きに出来るし。あと数日だし、ガマンガマン」


「………………」


「え、こわーい! そんな睨まないでよぉ。今のうちに、ミーナをどうするか皆でた〜っくさん考えておくから、楽しみにしててね?」


 ケタケタ笑いながら、ヴァネッサは男達を連れて去っていった。

 荒事になるかと身構えていたリアは、何事もなく済んでホッと息を吐く。


「なんか、ちょっとイヤな感じの子だねぇ」


「ちょっとじゃなくてサイアクよ。あんな奴の親が領主になったら、もっとサイアク。……やっぱり、アタシがなんとかしなくちゃ」


 そう言って、ミーナは立ち上がって歩き出した。

 残りの食べ物を胃袋に収めたリアが後を追う。


「どこ行くの?」


「家に帰んのよ。無駄かもしれないけど、もう一度パパ達と話してみる」


「おお! 頑張って!」


「……アンタついて来んの?」


「えーっと……お邪魔だったら外で待ってる!」


 学院に帰る気は無いらしい。

 まあいいかと、ミーナはリアを連れて自宅へと向かった。


 ミーナは玄関で一度深呼吸して、一人家の中に入る。

 外で待機を命じられたリアは、ミーナが母親と話す様子を窓越しに窺う。


「ミーナ! あなた、連絡も入れずに何処へ行ってたの!?」


 開口一番、パネラにそう言われて、無断外泊を親がどう思うかを失念していたミーナは、バツが悪そうに目を泳がせた。


「あー……知り合いのとこに泊まってただけ。それより、パパは?」


「そういう時はちゃんと連絡しなさいって、いつも言ってるでしょう? 何度言った分かるの。パパもずっと心配して……」


「もうそういう小言はいいから! パパはどこ? 居ないの?」


「パパなら、ハルトムートさんの所へ行ってるわよ。色々と引き継ぎがあるからって」


「は? 引き継ぎって何……まさか、もう領主をアイツに譲った気でいるの!?」


「アイツなんて言っちゃダメよ。だってしょうがないじゃない。パパに戦わせるわけにはいかないでしょう? あの人、そういうの得意じゃないし……」


「だから、決闘はアタシが出るって言ってるでしょ!?」


「それもダメよ。大事な娘に、そんな危ないことさせられません」


「そんなこと言ってる場合!? 領主が替わったら、この町はどうなるの!? 今のこの生活は!? 町の為にってずっと切り詰めてやってきて、漸く普通の暮らしが出来るようになったのに、そんな簡単に手放すなんて……!」


 信じられない。と言いたげなミーナに、パネラは眉を下げる。


「……ねぇミーナ。領主じゃなくたって、多少貧しくたって、家族みんなで一緒に暮らせれば、それでいいじゃない? 領主の座を守れても、家族の誰かが決闘で欠けたりしたら、ママはそっちの方が悲しいわ……」


「そんなの分かってる! 分かってるけど……だからって何もせずに明け渡すのは違うでしょ!?」


 そう主張しても、パネラは困り果てるだけだった。

 この必死の訴えが、母にはただの子供の我儘にしか聞こえていないのだと悟って、ミーナは悔しげに歯を食いしばる。


「ママは買い物に行ってくるから、話はまた後でね」


「ちょっと待ってよ! もう時間がないんだってば! このままじゃ本当に……ねぇママ!」


 パネラは引き止めるミーナを無視して、買い物袋を手に家を出た。

 ハラハラしながら覗き見ていたリアは、出てきたパネラと目が合って、互いに少し気まずそうに会釈する。


 リアはパネラと入れ替わるように中に入った。

 ミーナは悲痛な顔で立ち尽くしている。


「なんで……なんでよ……! どうして二人とも、真面目に取り合ってくれないのよ……!」


「ミーナちゃん…………」


「…………もういい。そっちがそのつもりなら、アタシだって勝手にする……!」


 ミーナはどすどすと足を踏み鳴らして二階へと上がった。

 リアは一応「お邪魔します」と言って跡をつける。


「勝手にって、どうするの?」


「あのメガネの言ってた方法でやるわ。説得は無理だって、よく分かった」


 ミーナは父の書斎に入って、筆跡の参考になりそうなものがないか漁り始めた。

 リアは手伝うべきか止めるべきか決められず、所在無く廊下を彷徨く。


「――あ、こっちの部屋って、もしかしてミーナちゃんの部屋? 入っていい?」


「………………」


「あれ? ミーナちゃーん?」


 集中しているせいか、はたまた頭に血が上っているからか、ミーナから応答はなかった。

 リアは「勝手に入るのは良くないなぁ」と思いつつ、「でもちょっと見るだけならいいかなぁ」という欲望に負けてドアを開ける。


 チェック柄のベッドと、レース地のクロスで覆われたローテーブル、化粧品の並んだドレッサーと、衣服が掛けられたハンガーラック。棚には年季の入ったぬいぐるみ。


 リアは「かわいいのが沢山ある!」とはしゃぎながら部屋の中を見て回った。

 一方、気付いていないミーナは黙々と部屋の物色を続ける。


 ふと机の上に飾られた写真立てが目に留まった。

 フレームに入っているのは、遠い昔に撮った家族写真。

 そこに写っているのは、みすぼらしい姿の在りし日の自分。


(……パパやママにとっては、この頃のアタシの方が良かったって事よね。地味で、従順で……〝優しい良い子〟のアタシ)


 でも、世間はそれを良しとはしなかった。

 ミーナは溜息を零しつつ、今は感傷に浸っている場合ではないと思考を切り替える。


 そうして、ブルーノのサインが記された書類の中から、無くなってもすぐには気付かれないであろう類いのものを何枚か見繕い、部屋を出たところで漸くリアの行動に気付く。


「ちょっとアンタ! 何勝手に人の部屋に入ってんのよ!?」


「わぁっ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 リアはミーナの服――白地に水色のラインが入ったセーラーワンピース――を自分の体に合わせるように手に持って、姿見の前に立っていた。

 見られてしまった気恥ずかしさで、赤くなりながら慌てるリアに、ミーナは脱力する。


「欲しいなら持ってっていいわよ。それ、もうサイズ合わないし……」


「え、いいの!?」


「っていうか、アンタそういうのに興味はあんのね? いっつも同じ服だし、メイクもしてないから、オシャレに興味無いのかと思ってたわ」


「あるよ! あるけど、どういう風にしたらいいのか分からなくて……」


「そんなの最初は誰だってそうよ。雑誌とか、店に飾ってあるのとか参考にすればいいじゃない」


 ミーナは本棚からファッション誌を取り出してリアに渡した。

 リアは興味深そうにページを捲る。


「へぇーっ、こんなのあるんだ〜」


「……まさか、下段ってこういうの無いの?」


「あたしは見たこと無いなぁ。お化粧は大人の人がたまにやってるかな? ってくらいだったし、服も皆同じようなデザインだし……」


「つまり、アンタみたいなのが下段じゃ普通ってこと?」


 リアは頷き、「あ、でも、あたし戦士族(ベラトール)だから、そういう意味では浮いてたよ」と付け加えた。

 ミーナは「それは仕方ないでしょ」と返しながら呟く。


「なんか、下段の方が生きやすそうね」


「え、そう? そんなこと無かったけどなぁ」


「まあ、住み心地的にはこっちの方がいいんでしょうけど……わざわざお金と時間と労力をかけて、好きでもない服を買ったり、興味のない雑誌を読んだり、顔に色々塗らなくてもいいって事でしょ?」


「そうだけど、一段目ではそうしなくちゃいけないの?」


「別に義務じゃないけど、してない奴は下に見られて舐められるのよ。だから皆やってる。中には好きでやってる人も居るのかもしれないけどね」


「じゃあ、ミーナちゃんはオシャレ好きじゃない?」


「……さぁ。嫌いってほどじゃ……でも、好きでやってるのかって聞かれたら……どうかしらね」


「そっかぁ……一段目も色々と大変なんだねぇ」


 と言いながら、リアはドレッサーに並んであるスパンコール入りのマニキュアをまじまじと見ていた。

 ミーナはそれを手に取り蓋を開ける。


「そんなに興味あるなら塗ってあげるわよ」


「ほんと!?」


「あぁでも、アンタ爪ガタガタじゃない。ちょっと貸しなさい」


 二人はローテーブルを挟む形で座り、ミーナは差し出されたリアの指先の爪をヤスリで軽く整えてから、液に浸したブラシで塗っていく。


「はい完成。って言っても、これ一本塗っただけじゃ大して……」


「わ〜! すごい! キラキラしてる! かわいい〜!」


 リアは手首を回したり、指を折り曲げたりして、スパンコールに光を反射させながら言った。

 「これ一本塗っただけじゃ、大して綺麗にはならない」と言いかけたミーナは、その姿を見て言葉を飲み込む。


(…………オシャレって、本来はこうして楽しむものなのよね、きっと。誰かと競うとか、周りに合わせるとか、そういうんじゃなくて……)


 ただ、自分が好きなものを身に付ける。

 純粋にオシャレを楽しめているリアを、ミーナは少しだけ羨ましく思った。

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