第一章 影に追われる少年
第一話
「うわ、うわっ、まさかあれって…」
「見つけたぜぇ。俺……」
夕暮れの道路。一人の中年の男は出会ってしまった。
自分と同じ存在。自分の分身、ドッペルゲンガーに。
「待ちわびたぜぇ。この時を……」
ドッペルゲンガーは不適に笑いながら自分に近づいてくる。
だんだんと縮まる距離。
それと同時に膨らんでいく恐怖。
「た、助けてくれぇ。助けて……」
--ドッペルゲンガーと出会ったら死ぬ。
俺が小さいときにそんな事を聞いた事があったが、そんなものは居ないとずっと思っていた。空想上の存在でしかないと。
だが、世界は変わった。あの男が来てから。
あの男が世界の真理に手を触れ、この世界を変えてしまった。
今でも覚えている。突然足元から自分の影が飛び出してきた時の事を。
平面だった存在がだんだん立体的になり、最後にはもう一人の自分となった時の事を。
そいつは笑ってそのまま消えてしまった。
それと同時に俺の足元から影も消えた。
俺は狙われる者となったのだ。
アレから十数年が経ち、足元に影のない毎日を怯えながらいつもどうり生きてきたが、ついにこの日が来た。
俺が俺と出会ってしまった--
「その言葉に意味がない事をお前は知っているだろう?」
「いやだぁ……死にたくない……!」
「俺はお前を殺すために生まれたんだ」
「助けてくれ!!助け……っ!!!」
男はそれ以上言葉をつなぐことはなかった。
そののどと胸から大量の鮮血を滴らせながら。
「あっけなかったな……」
そして本体を屠ったドッペルゲンガーも闇に溶け、男の死体と共に消えた。
「はぁ、はぁ、間に合わなかった……」
私が叫び声を聞き、男の人の所についた時、ちょうど影は闇に消えて何もかもなくなった後だった。
私はかばんを片手に帰り道を歩いていた。
今日は部活が休みだったから早く帰れると思って気分も高揚していたのだが、下を向くとさっきの光景ばかり思い出してしまう。
さっきの人が亡くなったのは私の所為ではないが、悔やむ心が抑えられない。
あれは今の世の中ではよくある事だが……
だからと言って人が死ぬのを目の前で見るのは嫌だった。
「はぁ……なんでこんなになっちゃったんだろう……」
呟きとため息が同時に漏れる。今の世はおかしい、狂っている。
私が小学生の時に世界は大きく変わってしまった。
今の世は15歳になると強制的に混沌の世界に巻き込まれる。
自分の影がドッペルゲンガーになるのだ。
そしてそいつが自分を殺そうと襲い掛かってくるというまるで悪夢のような世界。そんな世界になっていた。
人々はいつものように生活しているが、外を歩いている人たちの影がなくなった。
それだけで他にあげる変化は無いが、あえて例を挙げるなら、今まで以上に死と隣り合わせになった事だ。
私の知り合いもすでに何人か亡くなっている。
なにより私が許せないのはこの狂った事すべて『ゲーム』だと言うことだ。
『影踏みゲーム』
そう呼ばれたこの悪夢は人間をこの世から淘汰するのと同時に、生きるうえでスリルを与えるために今の政府が発令したものだ。
当然そんな人権を無視したものを人々が許すはずもなく、いたるところでデモ運動や暴動が起こった。だが、すべて何の意味もなかった。
そもそも政府が出したというのはでっち上げだからだ。
一人の犯罪者がいたのだ。
ただいつもみたいにテレビで放送され、警察やマスコミが動き、ただの一時的な騒ぎにしかならないだろうと思われた事件。
だが男は一人で天皇陛下を人質に取り、史上最悪で最低の事態を作り上げた。
たった一夜でどうやってそんな偉業を成し遂げたのか誰にもわからなかったが、世界は一気にこの一件を重視しだした。
だが、もうすでに遅かった。機密機構の部隊や軍隊までも動員されたが男は不可解な力を使い、すべて返り討ちにした。
強硬手段では通用しないと判断した政府はその男に取引を持ちかけた。
定石の手だと思うが、当然これは罠である。普通に考えたら犯人はその話に乗りはしない。
だが、その男は罠だと知りながらそれを承諾した。
取引現場はテレビにも放送された。男がそう条件をつけたからだ。
ふかふかの椅子に腰をかけ不適にも笑う男の表情は今でも覚えている。
楽しくて仕方がないといった表情をしていた。
「天皇陛下を解放して直ちに投降しなさい」
「おい、俺と取引に来たんだろ?取引を相手に持ちかけるときは相手が納得する話をするのが基本だと思うんだがなぁ」
「すでに君の命は我々の手中にある。普通なら射殺ものだが投降するなら殺しはしないと言っているんだ。どれほどの譲歩かわからない訳ではないだろう?」
「わからんね。お前達がどんな手を講じようとも俺を殺すことはできない。俺は俺の望む力を手に入れた。すでに人知を超えた存在になったんだ」
「冗談のつもりか?」
「だったらその腰の得物で俺を撃ってみたらいい。百聞は一見にしかずだ」
男の言葉に激怒し、取引役の男は銃で相手の両足を撃った。
殺してしまってはいけないから足を狙ったのだろう。
だが弾丸は男の目の前ですべて止まり、地面に転がった。
「気は済んだか?」
「あ、う……」
「まぁ落ち着けって。別に怖がることないだろう。撃った人間が死んでいないって事くらいよくある話だろ?」
取引役の男はハンカチで冷や汗をぬぐい、飲み物を一口飲んで落ちつこうとした。
「さすがプロ。今、自分がどうしたらいいかわかってきたみたいだな」
「……そちらの話を聞かせてくれ」
「やっと取引ができそうだな。俺の要求はそんなに難しい事じゃないから安心してくれ。まず、天皇様は無事だ。こちらで丁重におもてなしをしているよ」
「そうか」
「それでな。そろそろ天皇様は解放しようと思うんだ。それともう人殺しもしない」
「それは本当か!?」
「ああ、かわりに俺は東京タワーを私物としてもらい受けたい。スカイツリーが出来てすでにただの建造物でしかないアレを俺は欲しい」
「あんなものをもらってお前はどうするつもりだ?」
「見るんだよ。この世界を、俺の力で変わった世界を。そのためは一人になれる所がほしい。わかるだろ?誰にも邪魔して欲しくないんだよ」
後日、政府は渋ったがその要求をのみ、東京タワーを譲り、天皇様は無事に引き渡された。建造物より人の命を優先した結果だ。
だが、人々が安心した瞬間不可解な事が起こった。
自らの影が地面から起き上がり自分にそっくり変化したのだ。
そしてそいつらはすべて闇に溶けるように消えていった。
「これはどういうことだ!?」
「自分の影で出来た分身……まぁドッペルゲンガーとでも言おうか」
「貴様一体なにをしでかそうと言うのだ!!」
「この世は人が増えすぎた。中国では食料不足にもなりかけん程にな。だからその問題と共にこのつまらねぇ世界に終止符をうとうと思ってな。ちょっとしたゲームをしようじゃないか」
「なにをふざけた事を!」
「ふざけてんのはこの世界と人間自身だ。無能なゴミ共が居るから世界は腐り、崩れていく。俺はそんな奴らを自動的に淘汰される世界に作り変えただけ。あいつらはお前たちの命を狙って襲ってくる」
「もう人殺しはしないと誓ったのではなかったのか!」
「俺は何にも手を下しちゃいないぜ?お前らが自分自身に、勝手に殺されるってだけだ」
「詭弁だ!こんな事許されるはずがない」
「俺が許せないのはこの世界だ!そして何もせずして流されるだけの人間!これは当然の処置だ」
「お前罪無き子供たちでさへ殺すのと言うのか?」
「このゲームの対象者は15歳から、それより若いものには何もしない。ゲームが続いている間対象者には影がなくなるからプレイヤーは一目でわかるだろう。あとお前らはドッペルゲンガーに対して好きに抵抗してもいい」
「抵抗…?」
「これで俺の望みは叶った。これからは楽しい世界になるだろう」
男はそれだけ言い残し跡形もなく消えた。
先ほどの影同様闇に消えるように……
この放送は全国に流れた。
この日起こった事すべてが嘘だと思いたいが、テレビの前の人もその場にいた者も自らの影が消失している事の意味を理解した……
人々は狙われる者となり、影は恐怖の対象となった。
その日を境に世の中では行方不明者が続出した。
私だって生きている限りその運命には抗えないだろう。
そんなことはわかっている。だから私は影に抵抗するために自力をつける努力をした。
だが、ドッペルゲンガーはいつ来るかわからないのでやはり怖いという感情の方が強い。
私も後数日で15歳になる。
私はこれからなんだ。
ドッペルゲンガーは普通の人間みたいに致命傷を与えれば消える。たぶん致命傷でなくても大丈夫なんだろうけど……
一度お父さんが殺されかけた時、まだ小学6年生だった私は無我夢中で台所の包丁でドッペルゲンガーを刺した。
私にとってはじめての『殺す』という行為だった…
ドッペルゲンガーはそのとき消えたが、お父さんに影がない所を見るとまだ安心は出来ないと思う。
だけどただ殺されるだけじゃなくて抵抗が可能なんだと知れたのはいい事だった。
強くなろうと努力する目標が出来たから。
「ただいま」
「お帰りなさい」
家に着くと母が出迎えてくれた。
だが、母はどことなく寂しそうな悲しい顔をしているような気がする。
「どうしたの、お母さん?」
「だってもうすぐ恵も15歳になってしまうんだと思ったら……」
そこまで言い顔を覆って泣き出してしまう母。
自分たちだけでなく、娘までも死んでしまうかも知れないと思うと母親は気が気でなくなりそうなほど不安なのだろう……
「大丈夫だよお母さん。私は平気。お父さんを助けたときみたいに戦えるから、ね?」
「恵、ごめんね。頼りないお母さんで。あなたは逞しいわ」
正直に言えば不安しかない。
だけどお母さんを安心させたいと言う気持ちのほうが大きいのは確かだった。
「ねぇ、お母さん。私おなかすいちゃった」
「あ、ごめんね。すぐに済ませちゃうわ。今日はから揚げよ」
私の気遣いに気づいてか気づかずか、お母さんは笑顔をたたえた。
「私手伝う!!」
「あら、花嫁修業かしら。好きな子でもできたの?」
「そんなんじゃないよ!」
軽い冗談。
家族の会話。
こんなほのぼのとした毎日が続けばいいと心から思う。
私が15歳になるまで後数日……
大変なのはこれからだけど、今だけはこの大切な家族との時間を堪能しよう……
この時間と揚げ物の熱さは14歳の私の大切な思い出になった。




