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毎日夜9時更新です。
話途中で、三人称視点からヒロイン視点に変わります。
騎士団長ルカは、羽のように軽いロゼリッタを逞しい腕で横抱きにし、主君の前へと膝をついた。
救出の報告を受け、駆けつけたヴィオレルの肩は、激しく上下している。彼はわなわなと震える指先を伸ばし、壊れやすい硝子細工の熱を確かめるかのような手つきで、ルカから彼女を奪うように抱き上げた。
「……っ…ロゼ、リッタ……」
消え入るように、愛しい名を呼ぶ。
ぎゅうと頬を寄せ、きつく彼女を抱きしめたヴィオレルの視界に、縛り上げられて血の滲んだロゼリッタの手首が映り込んだ。
彼の瞳から色が消え、白狼が闇を見据える。
周囲の騎士たちは、その肌を刺すような殺気に息を呑み、本能的に身を縮めた。
捕らえられた賊を見下ろし、ヴィオレルは地這うような声で言い放つ。
「……殺せ」
慈悲など欠片もない一言を残すと、彼は己の外套の中にロゼリッタを包み込み、そのまま馬を駆って夜の帳へと消えていった。
城内では、凍りつくような尋問が始まる。
ロゼリッタを罠に嵌めたミレーネ付きの侍女が、引き摺り出される。彼女は恐怖に顔を歪ませ、ミレーネの足元に縋り付いた。
「ミレーネ様! お助けください! 私は……私はただ、貴方様のお心に従ったまで……!」
その言葉が終わらぬうちに、乾いた音が響いた。ミレーネの手が侍女の頬を強く打ち据える。
「貴様に私の心の何が分かる!?この浅ましい女が……!」
「は、ははっ…!ミレーネ様は『あの子を見ると居ても立ってもいられない』と、そして『早めに終わりにしないといけない』とおっしゃったではありませんか!だから、私は…!」
「…っ!私は指示など出していない!私はしていない…」
狂ったように叫ぶミレーネ。しかし、ヴィオレルをはじめ、その場に並ぶ臣下たちの視線は一様に冷ややかだった。これまでのロゼリッタに対する過酷な仕打ちを見てきた彼らにとって、侍女の言い分は否定しがたい説得力を持っていた。
誰一人として自分を信じていない。その沈黙に、ミレーネの顔から血の気が引いていく。
それを破ったのは、先代辺境伯の穏やかな、しかし重みのある声だった。
「ミレーネは、そんなことはしないよ。彼女は彼女なりに、ロゼリッタを愛しているのだから」
その言葉に弾かれたように、ミレーネは膝から崩れ落ちた。
彼女は顔を覆い、嗚咽混じりに激しく泣き崩れる。
「……っ許せない……ロゼリッタが傷つくなんて、許せない……! 私の、私の跡継ぎよ……っ!私が、この手で、誰にも侮られない辺境伯夫人に育て上げると決めた……あの子は、私の誇りなのよ……!!」
〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜⭐︎〜
意識がゆっくりと浮上していく。
全身が酷く重く、所々に疼くような痛みがあった。手首に目を向けると、そこには丁寧に包帯が巻かれている。
不意に、袋を被せられた時の恐怖が蘇り、身体が強張る。
「……っ、」
身震いした私の視界に、ベッドの端で、顔を両手で覆い、項垂れる男性の姿が入る。
「ヴィオレル、様……?」
掠れた声で名を呼ぶと、彼は弾かれたように顔を上げた。
「ロゼリッタ!」
その瞳には、安堵と、それ以上の深い苦悩が滲んでいた。彼は私の手を一度触れれば溶けて消えてしまう雪の結晶を掬うような、危うい手つきで包み込み、何度も何度も「すまない」と謝罪を口にする。
「謝らないでください、ヴィオレル様……。私が、警戒心が足りなかったのがいけないのですから」
彼は、また「すまない」と言い、重なる謝罪の言葉に、彼自身が困ったように首を横に振った。
ふと、意識を失う寸前の光景が脳裏をよぎる。闇に溶け込むような褐色の肌、そして私を射抜く黒曜石の瞳。鴉のような黒髪も夜に吸い込まれて、でも……彼の腕は驚くほど穏やかだった。あの方に救われたとき、私はどれだけ安心したことか…。
「…ヴィオレル様……騎士団長の方が、助けてくださったの。どうか、私からも感謝を伝えてくださいませ」
一瞬、ヴィオレル様は目を見開いた。ほんの数秒の沈黙の後、彼は私の手を握る力を少しだけ強め、どこか硬い微笑を浮かべる。
「あぁ……そうだな。彼には、相応の褒美を出しておこう」
その声はいつもよりも優しかったけれど、彼の瞳の奥に宿る、言葉にできない複雑な感情を、私はまだ知る由もなかった。
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