60話~が、頑張ってください!!~
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BM、ご評価もありがとうございます。
誤字脱字報告も、大変助かっております。
※今話では、掲示板に近い表記があります。苦手な方は、前半読み飛ばして頂きたく思います。
蔵人がWTCから逃げ帰った、その日の夜。
蔵人はいつも通りの訓練…柔軟体操と魔力の循環を念入りに行い、柳さんが作ってくれたホットレモネードを飲んで、いつもより少し早めに就寝していた。
早く寝た分、明日は朝早くからWTCに向かうつもりであった。
なにせ、今日の帰り際の様子を見たら、明日も同じ事になるのは容易く想像出来るからだ。
なるべく早い時間に着いて、人が少ないうちにダンジョンに潜り、ダンジョンから出たら直ぐに帰ろうという算段だ。
長時間の龍鱗化。そして変異種との戦闘。更には好奇な眼差しにさらされた1日であった。
その為、蔵人は随分と疲れていて、ベッドに入ると直ぐに夢の中へと誘われる。これだけ熟睡しているので、悪夢は見ないだろう。
蔵人が眠りについてる頃。蔵人の知らないところで、人々が彼の事について盛り上がっている場所があった。
それは、とある動画投稿サイトの一角。
そこには、渋谷WTCの監視カメラ映像を切り抜きした動画が、約5分に纏められて投稿されており、その動画のコメント欄には多くの書き込みが連なっていた。
〈この動画は、本日11時から17時までに撮られた、渋谷WTCダンジョンダイバーズの映像です。映っている恵比寿というプレイヤーは、何やら特殊なスーツの様なものを着ていて、高速で空を飛んでいます。30階層のナイト級だけでなく、29階層では変異種ナイト級にも圧勝しています。誰か情報をお持ちの方や、意見がある人はドンドン書き込みお願いします。それと、動画登録もよろしくね♪〉
〈異能力はリビテーションなのかな?それにしては体当たりだけでアグレス粉砕しているから、エアロかグラビ?パイロっぽくはないね〉
〈リビな訳ないでしょ。何処かの最新鋭装備を付けた、最上位種ランカーとしか思えない。名前を変えて、脚光を浴びたいから新人のフリをしているだけ〉
〈名前を変えたら、それまでの実績全部なくなる。ランカーがやるはずない。何処かの金持ちの酔狂と思われ〉
〈これ多分、龍鱗って人だよ。3年くらい前のアンリミに出てた人。その時の画像リンク貼っとく https://~~~~~~~~〉
〈これって地方新聞の記事?写真小さくて見難いな。他にはないの?動画とか〉
〈動画はない。異能力大会は個人撮影禁止だから、公式で龍鱗さんが出てるのがこの記事の写真だけなんだよ〉
〈装備は最新鋭のSP装備かな?アメリカ陸軍で採用されてるASCSⅡに似ている。ただ、こっちはフルフェイスじゃないから、掛け合わせているのかな?ドイツ軍の特殊警察標準装備のMS32が近いかも〉
〈装備は最新鋭の軍用品で、異能力は浮遊系を使っている可能性もあるんじゃない?だとすると、かなりの金持ちだな。五摂家か清華家レベルの大財閥が噛んでるのか?〉
〈写真よく見ろ。コメ欄に貼られたアンリミの方。鎧は異能力で出しているみたいだぞ。多分クリエイト系。クリエイトアーマーかな?記事にもそんな風に書いてある。飛んでる方が装備の可能性大〉
〈マジで!?アーマーにそんな隠れ能力あるの?防御しか出来ないイメージあるんだけど?〉
〈あたしの周りで、ガチガチに固めて突進するバカがいるけど、あいつが飛べたら龍鱗と同じ様な事が出来るかもしれない〉
〈マジか。アーマー最強じゃん。今年のチーム戦、アーマーの友達誘って参加するわ〉
〈おい待て。飛べたらだぞ?飛べなかったらただの的だ。そもそも、飛べる装備ってあるの?〉
〈リビテーション使いなら河崎一択だけど、アーマーじゃあ難しいな。前にテレビで見たのは、でっかいプロペラ付いた椅子だったな。見たのは数年前だけど、軍用装備なら、あれの小型化とかがもう出来てるんじゃない?〉
〈この動画の何処にプロペラが見えるんだよ。人1人浮かせるプロペラって、3m以上は必要だぞ?ましてや、龍鱗みたいに縦横無尽に動く為には、何枚もプロペラを組み合わせないといけないし、本人にかかる風圧は、とても数時間も耐えらるもんじゃない。巨大台風の中に居るようなもんだぞ?〉
〈もしくは、誰か協力者がいるのかも。リビテーションとアーマーが組めば、出来るんじゃない?〉
〈WTCの動画にリビテーションは居ないよ。リフレクターで見えないのならワンチャンだけど、そこまでして1人でやっている風を出すかな?〉
〈話題作りならワンチャンありえる〉
〈そもそもダンジョンで姿消したって、斥候型は気付くから、こんな深くまで潜れないよ。階層跨いだら付与も切れるし、多分この人はソロで潜ってる〉
〈動画にはないけど、記録でもソロの方でランキングに表示されてたね。システムでそう記録されているから、余っ程のハッカーじゃない限り、龍鱗は1人でこの大記録を打ち出してる〉
〈凄いよね。30階層を10時間切りって。2位の半分以下じゃん〉
〈その上ポイントは3倍以上ってね。アグレス相手にしながらRTAするって、RTAに特化したらどんだけ速いんだよ〉
〈他のRTA勢って、アグレス尽く無視するもんね。扉前の集団で道を塞いでくるアグレスを、仕方なく数体だけ倒すくらいで〉
〈しかもこの人Cランクだよ?Aランクのテレポーターなら適当に飛びまくって、出口見つけたら速攻入り込む戦法使えるのに。Cじゃ3階層が限界だよね〉
〈それ、Aでも10階層が限度。11階層からは出口にナイト級いるから、テレポーターだけだと瞬殺される。複数人のチームだと10階層までテレポの魔力持たないし〉
〈しかも、龍鱗さんはソロプレイヤーだしね。一体何者なんだろう?〉
〈超が付くほどのお嬢様か、軍の関係者か〉
〈軍は有り得ない。装備をこんな一般施設で使ったら、幾ら官僚でも首が飛ぶ。ましてや公になってない装備の可能性もあるから、最悪、機密漏洩で物理的に首が飛ぶ〉
〈やっぱり超が付くほどのお嬢様なのかな?九条家とか、久我家とか?過去の龍鱗戦では男の子って紹介されていたんだけど〉
〈えっ!?それどゆこtp#!&??〉
〈7年前の奴ね。俺も見たよ。懐かしいな。あの頃は本当に小さくて、確か異能力種もシールドになってたよね〉
〈え?何処の情報?検索で引っかからないんだけど!?〉
〈特区外の試合だからね。情報規制かかってるから、データは無いかも〉
〈そのデータ、あるよ〉
〈あるの!?!〉
〈あるけど、公式で出してる映像は、龍鱗が映っていた部分を全部カットしちゃってるんだよね。多分、上から規制かかったんじゃないかな?俺の持ってるのは、当時のテレビ映像だから映っているけど、ネットに上げたら速攻消されるだろうな〉
〈多分7年前のこと書き込んでいる奴らは、たまたまテレビを見たか、実際に会場で見たんだろうな。俺はテレビで見たよ。熱かったよな〉
〈あれ凄かったよな。凄いちっちゃい子が、なんかマイクで流暢に話したと思ったら、いきなり高速で動き出して、CランクとBランクの脳天ぶち抜いてたもんな。うわぁ!俺もう一回見たいぜ!あの試合!〉
〈いや、それより、龍鱗が男の子ってどゆこと!?〉
〈食い付いとるwww〉
〈これだけの逸材が男性なら、食いつかない女はいないだろw〉
〈話を戻すと、7年前は男子として出場してる。でも、3年前は女子として。そして、動画で見る限りだと女性っぽい体をしてる〉
〈あと、実際に会った友達の話だと、声も女性だったらしい〉
〈当時は男性として出場して、今はそれが難しくなって女性ってなっているのかも。7年前はDランクだし、特区の外から特区に入って、女性でしたって明かしたのかもね〉
〈そっかぁ。男性なら良かったのに〉
〈欲望丸出しだなww〉
〈あんたもでしょ!〉
〈俺は男ですぅ~〉
〈特区にも入れない底辺男子の癖に〉
〈ぐはぁっ!〉
〈それよりもさ!そもそも、DランクからCランクになってるってどゆこと?〉
〈謎過ぎる。全てが謎だ。この御方は〉
〈私、明日は渋谷に行ってみようかな。龍鱗さんに会えるかも知れないし〉
〈良いなぁ。私も東京に行きたいなぁ。こんな島からじゃ行けても大阪くらいだよ。うどん食べ飽きたし〉
〈俺なんて特区外だから、近いのに行けない…特区の壁が恨めしい〉
こんな書き込みが、一晩中並び続けた。
しかし、蔵人は知らない。
動画サイトなんてなかなか見る時間もなかったし、あまり使わなくなったPCはリビングへ左遷させられていた。
でも、その方が良かったかも知れない。
蔵人がこれを見たら、頭を抱えてしまっていただろうから。
翌日も、蔵人はダンジョンを飛び回る。
31階層からは草原地帯で、高い木々もまばらに点在するだけとなり、かなり見晴らしが良い。
故に、この階では何処に誰がいるのか一目瞭然だ。
現に、少し先で20体程のアグレスの群れと、4人の女性達が戦っているのが見える。
余裕そうに見えたが、その内の1人がアグレスの奇襲に遭い、一気に形勢逆転。
これは助けた方が良いかなと迷っていると、女性達の1人が蔵人の存在に気付き、手を振ってきた。
やっほー♪って意味では無いだろう。
蔵人は一気に高度を下げ、アグレス達に急襲する。
一度地面スレスレまで降りて、そこからアグレスの群れに突っ込む。
前方に展開した水晶シールドに、ドンッ!ドンッ!と鈍い音を響かせて、空を舞うアグレス達。
まるで道路に飛び出してきた野生動物だな。車でやってしまったら、その後の修理費に顔を青ざめるだろうけれど。
20体程いた影の敵達を、半分ぐらいは轢き倒せたみたいだ。残ったアグレスも、陣形のど真ん中を崩されたので動きが鈍くなっている。
良い的である。
女性達は美味しく、残りのアグレスを殲滅するのであった。
「いやぁ〜助かったよ!ありがと!」
カチューシャを付けた娘が、勢い良く蔵人に駆け寄り、蔵人の手を取ってブンブンと振り回す。
かなりピンチな状況であったというのに、気落ちすることなく元気で明るい子だ。
蔵人も自然と元気を貰い、力強く頷いた。
「(高音)力になれたのなら、良かったわ。奇襲された娘は大丈夫?」
蔵人がそう言うと、カチューシャの娘の後ろから、フワフワの髪をした娘…奇襲に遭っていた娘だな。その娘がぺこりと頭を下げていた。
「助けて頂き、ありがとうございました。この通り、もう大丈夫です」
その娘の隣にいたボブカットの娘が、Vサインを蔵人に飛ばす。
「ルンちゃんは、私がしっかり治したから大丈夫!」
「はい。ユメちゃんに治して貰ったので、もう大丈夫です」
頭を上げた、ルンちゃんと呼ばれた娘が、ユメちゃんと呼ばれた娘と同じ様に、Vサインを蔵人に投げる。
和気あいあいとした、仲の良いチームの様だ。
蔵人は、鱗の下で微笑む。
「(高音)大事なさそうで良かったわ。それじゃあ、私は行くわね」
蔵人はそう言って、飛び立とうとした。
のだが、「あっ」という声が後ろから響いたので、一旦振り返る。
そこには、黒髪ストレートの娘がこちらに手を伸ばしており、呼び止めた事に動揺していた。
呼び止めたのはそっちなのに。
「(高音)何かあったかしら?」
蔵人が優しく問うと、黒髪の娘は首を振った。
「い、いえ。すみません、呼び止めてしまって」
「(高音)良いのよ。何かあったら、気軽に話し掛けてね」
そう言うと、黒髪の娘は少し表情を柔らかくした。
「あ、あの…応援してます!」
応援…?
黒髪の娘の発言に、蔵人は首を傾げてしまう。
応援って、何を?
その疑問に答えてくれたのは、カチューシャの娘だった。
「あー…ナギサが言いたいのは、貴女のタイムアタックを応援してますってことだから」
「ちょ、ちょっとヒカリ!やめてよぉ」
「あのねぇ、ナギサ。これくらいしっかり伝えないと、応援の意味ないよ」
「そ、そうかもしれない、けどぉ…」
タイムアタック…ああ。そう言えば、そのランキングで上位を取っているのだった。
蔵人は少し忘れかけていたが、2人の会話で思い出して、こっそりと苦い顔をする。
帰りは強行突破しなければならないのだった…。
陰鬱な気持ちを打ち払うかのように、蔵人はナギサさんに手を振る。
「(高音)ありがとう。頑張るわね」
頑張りはしない。ここに来たのは、訓練の為。それだけなのだ。
だが、折角彼女が応援してくれいるのに、それを台無しにするのは野暮である。
蔵人はそう思いながら、飛び立つのだった。
「が、頑張ってください!!」
ナギサさんの声援に、背中を強く押されている気がする…。
31階層では、多くのプレイヤーの姿を見るようになった。
それは、見晴らしがよくなったという理由だけでなく、プレイヤーの数自体が増えていると思われる。
何せ、この階層を超えた途端に、ナイト級のアグレスをよく見かけるようになったのだ。
Cランクの蔵人がそれなのだから、人数でもランクでも上の周辺プレイヤー達は、更に難易度が上がっている事だろう。
それ故に、この階層で足止めを喰らっているプレイヤーも多くいるみたいなのだ。
その内の何組かは、蔵人に救援を求め。そうでない人達も、蔵人に向けて諸手を振ってエールを送ってきた。
「龍鱗さーん!頑張って!」
「他のチームに構わず、RTAしてください!龍鱗さん!」
おい!何で龍鱗の名前が出回っているんだ!?昨日はちゃんと、恵比寿呼びだったろ!
蔵人は、「まさか音張さんが?」と一瞬、彼女を疑ってしまったが、恐らく若葉さんと同じ情報通の彼女は、一番あり得ないだろうと結論付ける。
情報通とは、情報の価値も怖さも良く分かっているだろうから。
でも、では何で?と、動画サイトでの一件を知らない蔵人は、頭を抱えるのだった。
と、そんな時。
「ちょっと、邪魔しないでよ!」
トラブルの音が、何処かから響いた。
何処だ?あそこか。
蔵人の目線の先には、4人の人物がいた。
4人はアグレスに取り囲まれている。しかも、1体は変異種だ。大きさからして、ナイト級。
間違いなく強敵。
それなのに、4人の連携…いや、3人の連携はバラバラである。互いが互いの足を引っ張り合う。そんな風に見える。だが、それも仕方がない。何せ彼女達の後ろには…。
「だから、ここは私に任せて、2人は変異種を相手しててよ!」
「何言ってるのよ!それは私の役目でしょ!?」
「違いますわ!次は私の番。もう30分経ちましたから、2人がアグレスの相手をするはずです!」
とうとう、アグレスを放置して喧嘩し始める女子3人。
こんな戦う気もない人達は、勝手に自滅して頂きたい。
だが、そうもいかない。
最後の1人が、酷く怯えてしまっているから。
折角ここまで来たのに、怖い思いだけでは次へと進めなくなる。
「未来の人材育成ってことで、でしゃばるか…」
蔵人は飛ぶ。言い争う彼女達の元に。そして、
怯える彼の元に。
「醜いな」
最後に出てきた4人チームの事ですか?
「ああ。大方、男を巡って争っているのだろう?敵が目の前にいるというのに」
特区は、男女比が極端過ぎますからね。仕方ありませんよ。
イノセスメモ:
・異能力大会では個人の撮影等が禁止されている←異能力=軍事力だからか?