58話~異能力が二つとは、生意気ね~
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学習せねば…。
時は少し経ち、4月の末。
いわゆるゴールデンウィークと言う奴で、今年は4月29日から5月8日までの10日間、束の間の休息日となった。
ファランクス部は静岡の湖畔で合宿をする事になっているのだが、そこに1年生は含まれていない。
一応、蔵人達は入部届けも提出済みなのだが、学校としてはまだ、1年生は新入部員の扱いではない。それは、異能力部以外の部活は大半が仮入部状態だからだ。
やっと一昨日、仮入部期間が終わったので、大半の1年生はGW明けから本格的に新入部員となる。異能力部だけは、危険も伴うので早めの入部を推奨されているだけ。保険とかで違うらしい。
何はともあれ、蔵人は10日間の休日を突きつけられ、さて何をするか?と宙ぶらりん状態だ。
一昨日と昨日は、学校から出された宿題に精を出した。かなりの量だったが、内容は中学レベルだったのでサクサク終わった。これが夏休みになると、読書感想文とか自由研究とか、時間のかかる物もあるので1日2日じゃとても終わらない。
夏休みの事は、その時考えるとして…。
GWの残り8日、どうやって過ごすのか。
いや、正しくは、どういうメニューをこなそうか、だ。
折角の休日。何時もは学校と部活で時間が削られ、本格的な自主練は日曜しか出来ない日々を送っていた。だが、今なら好きなだけ出来る。
しかし、折角の大型連休。小学生の頃に行っていた自主練だけでは、勿体ない気がする。
先輩達は今も、静岡の辺境の地で櫻井部長の特別メニューを受けているのだ。負けていられない。
そう思って、近場で良いトレーニング設備は無いかと検索を掛けたのだが、1番上に表示された場所に視線が吸い寄せられた。
ワールドトレーニングセンター。
先日、安綱先輩と一緒に行った異能力専門のトレーニング設備だ。
あそこには〈ステージ〉以外にも、様々な訓練施設が目白押しであった。
蔵人がホームページを検索していると、〈ダンジョンダイバーズ〉なる施設に目が留まる。
そこには、1人でも入場可能な事や、混み合う事が予想される中層では、サーバー事に別れる事で混雑を回避出来ること。更に、表示されている参加者の名前が偽名でも良いことが書かれていた。
「良いぞ。これ」
蔵人は早速、柳さんに出掛ける事を伝えに、階段を駆け下りた。
それから2時間後…。
蔵人はWTCの中にいた。
ただし、いつもの黒服スタイルではない。今蔵人の体には龍鱗が纏われており、傍からはキラキラ光る戦隊モノのコスプレイヤーの様に見えているだろう。更に、胸部も少し盛って、女性っぽくしている。
こうすれば、以前ここに来た時のように、四方八方から女性に声を掛けられない。
別の意味で声を掛けられるのでは?と言う疑問もあるだろうが、それは大丈夫。
WTCには、防具を着けた人も少なくなく、中にはフルプレートアーマーを着こんだ人もホームページには写っていた。
実際、ダンジョン近くになったら、大きな剣やピカピカの甲冑、味のある木製の弓などを担いだ人も見かけた。まるで異世界の冒険者達の様だ。蔵人の様に全身鎧はいないみたいだが、少なくとも視線は以前ほど感じない。
蔵人は早速、ダンジョンダイバーズの受付に並ぶ。GWだが、特区の中は比較的混雑もないみたいだ。場所によっては混雑もあるのだろうが、WTCは以前来た時よりもより少し多い程度だ。
特区の方々は、海外にでもご旅行されているのだろう。
『ようこそ、ダンジョンダイバーズへ。新規登録を受け付けます。施設の説明を受けますか?』
受付は、ATMみたいな機械が行っていた。
画面に身分証(学生証)を当てると、新規登録の文字と、表示名、チーム名を打ち込む欄が出る。
なので、表示名:恵比寿。チーム名:オメンジャーズとした。懐かしい名だ。
説明はすっ飛ばした。事前にネットで読み込んだ内容だったから。
そうすると、次の画面には同意書が表示された。
こんな内容だ。
・施設内での怪我は医療センターで治せるが、装備の損傷は自己責任である。
・他者への攻撃は、強制退去の対象となり、悪質な場合は警察に相談することもある。
・施設内ではカメラが設置されており、プレイヤーの姿を撮影している。
・成績上位者の名前がランキングに乗る。また、カメラの映像が一部ランキング画面で表示されることもある。
・ダメージがなくとも、体調不良等があった場合は速やかに退避し、医療センターへ行くこと。
等である。
蔵人が同意書にチェックをすると、漸く受付終了となった。
受付で貰ったダメージ測定器という腕時計の様な端末を着け、水平移動のエスカレーターに乗って、ダンジョンへ。5分くらい移動すると、割り当てられたダンジョンに到着する。
ダンジョンの入り口は、ごつごつの岩のど真ん中に大きな赤扉が一つ。まさにテーマパークの洞窟みたいだ。異世界にもこんなダンジョンはあったが、作り物っぽさは前者に近い。
ダンジョン入口にも受付の機械があり、ここに腕時計をかざすと、扉が開いた。
中は外見と同じ薄暗い洞窟の様な場所だ。こっちは異世界のダンジョンを思い出す暗さだ。
ただ、ここで出るのはゴブリンやオークじゃない。全部アグレスだ。ソルジャー級やナイト級の各種アグレス達が、冒険者が来るのを待っている。中にはジェネラル級も出るそうだが、それはかなり深層からと公式ホームページには書かれていた。
また、宝箱も出るらしい。中身は、ダメージ回復や一定時間アグレスから身を隠す等のアイテムだったり、ポテト半額や〈ステージ〉1回無料券なんかもあるらしい。お金や武器等を出せない分、そういう生々しいお宝を用意しているんだろうな。正直嬉しい。
因みに、先程から出てきているダメージについてだが、これはアグレスからの攻撃を受けた時に、この腕時計がダメージ量を測定する。そして、一定数のダメージを受けると、そこでゲームオーバーとなり、地上へテレポートさせられる。実際に怪我をする訳ではないので安心だ。
ちなみに、〈ステージ〉でも同じようなシステムが入っており、腕時計ではなく、フィールド内に計測器が設置されていたのだとか。
気付かなかったな。入試の時もだろうか?
蔵人は龍鱗を発動させたまま、ダンジョンの中を進む。
自主練の成果か、はたまた部活のお陰か、龍鱗を数時間連続使用しても問題ないレベルで動けている。小学生の頃なら、1時間で集中力が途切れ始めていたから、大きな成長だ。
とはいえ、激しい戦闘となると、その限りでは無いのだろうが。
蔵人は歩きながら、頭上を仰ぎ見る。
随分と広いフィールドだ。歩いても歩いても、果てが見えない。これは相当な規模で作られた訓練施設なのかもしれない。
時間もあまり無いので、蔵人は飛ぶ事にした。
洞窟とはいえ、飛ぶスペースは十分あるからね。
飛んでいる最中、斥候型のソルジャー級アグレスに何度か襲われたが、鎧袖一触。高速移動する蔵人に触れるだけで雲散霧消していった。勿論ダメージは無い。
道はかなり入り組んでいて、いくら高速で飛行していても、なかなか次の階への入口に辿り着かない。外で見た時より、明らかに広い空間になっているが、何故だろうか?これも、一種の異能力が関わっているのだろうか。
そんな事を考えながら飛ぶこと約1時間。目の前に複数のアグレスが鎮座していた。その後ろには、ダンジョン入口と同じ赤扉が見える。もしかしなくとも、あれが下層への入口だろう。大方、目の前のアグレス達は門番といったところか。
構えるソルジャー級アグレス達に対し、しかし、蔵人はそれらを意にも介さず、龍鱗で直進する。
当然、蔵人に襲いかかろうとするアグレスだが、触れらた瞬間に宙を舞い、地面に倒れて消えるだけである。
ソルジャー級、つまり、Cランクアグレスであれば、蔵人の相手にすらならない様だ。
蔵人は扉を突き破り、地下2階層への階段を飛び超える。
次の階も、薄暗い洞窟迷路だった。
また時間が掛かりそうだと、蔵人は最初から飛行モードを展開。
ダンジョン内を飛行。扉を発見。前でたむろするヤンキーアグレスを蹴散らす。次の階へ…。
う~ん。思っていたよりも訓練にならないな…。
並みいるソルジャー級アグレスを蹴散らしながら、蔵人は心の中で愚痴る。
どうも、この層の敵では訓練にすらならないようだ。
確か、インターネットで得た情報では、〈ダンジョンダイバーズ〉は大きく3つの層に分かれているとされていた。
1~20階までの低層。21~100階までの中層。そして、101階~の深層だ。
この層を超えると敵の強さも段違いに上がるとされていて、中層からはナイト級が出ると書かれていた。ナイト級とは、即ちBランク相当。そこまで行けば訓練になるだろう。
そう判断した蔵人は、低層の間は下層へ進む事だけに集中しだす。途中で襲ってくるアグレスは完全無視だ。宝箱は……む、無視だ。
そうして5時間程、ダンジョンに潜った蔵人だったが、そろそろ夕刻に近づいて来たので、一旦帰る事にした。
幸い、腕時計には何時でも帰還出来る機能が着いているので、それを使ってダンジョン入口までテレポートする。
その日の結果は、4時間28分で16階層突破と記録されており、次回からは17階層の入口からスタート出来るとのこと。
画面の端で点滅する王冠マークは…なんだろうか?何かを達成したのだろうか?分からん。
完全にゲームの世界だと苦笑いしながら、蔵人はそのまま帰路に着く。
次の日も、蔵人は朝早くからダンジョンに潜り始めた。階層が深まるに連れて、出てくるアグレスの数も増え、ソルジャー級だけでなくナイト級も出現する様になった。
漸くか。長かった。
早速、ロングソードと小盾を装備するナイト級戦士アグレスと戦闘を行う。
のだ、
「う~ん…」
相手の攻撃を弾いて、二三発殴りつけると消えてしまった。
正直、拍子抜けである。
ナイト級とはいえ、まだまだ弱い設定の敵なのかもしれない。
「もう少し進むか」
取りあえず、下へ潜ることを優先と定めた蔵人。
暫く進むと、周囲の風景が変わる。
現在の階層は21層目。地底湖の様な場所で、洞窟よりも広いフィールドなのだが、小さな湖が点在しており、歩いて進むとしたら迂回する必要がある。
とは言え、蔵人は飛べるので関係ない。
全速前進。真っすぐ直進。
快適である。
そんな風に航行していると、10時の方向から戦闘音が聞こえて来た。
そちらの方に行ってみると、数人のプレイヤーがアグレスと戦っている姿が見えた。
プレイヤー4人に対して11体のアグレスが元気に襲い掛かっている。
よし。助けてやろう!
なんてことはしない。
他人が戦っている時に割り込んだり、ましてやラストアタックを奪う様な真似はご法度である。
原則、他人の戦闘には不可侵であるのが、このダンジョンダイバーズのルールだ。ゲームや異世界でも同じような決まりは存在していた。
目の前の彼女達も、随分と仲良さそうに戦っていることだし。
蔵人は彼女達を素通りして、次の層へと進んでいく。
それから2時間程度航行し、もうそろそろ30階層という所で、再び戦闘音が聞こえた。
21層からはプレイヤーも随分と増えてきて、10チーム以上を素通りしていた蔵人。
だが、今回はその戦闘音がする方へと飛行経路を変えた。
何故か?それは…、
「ちんたらやってんじゃねぇ!ぶっ殺されっぞ!」
ズガンッ!!
勇ましい暴言。そして爆音。
随分と派手な戦闘音であった為、これは中々の高ランクがいるぞと、蔵人はワクワクして近づいたのだった。
そして、そこで見たのは2人の人物。
「そんな事言われても、もうお腹が減って、減って動けないよ。2時間も何も食べてないんだよ?」
何処か慶太を思わせるような口ぶりのその女性は、濃い紫色の全身プロテクターを着けて、頭には尖ったフルフェイスマスクを被っていた。
つまり、全身ほぼ真っ黒。
素晴らしい。
「何が動けねぇだ!試合で同じことが言えんのか!」
もう片方の女性も、同じようなプロテクターをしている。だが、ヘルメットは被っていない。被っていたのだろうが、怒りで地面に叩きつけてしまい、今はノーヘルだ。金色のミディアムヘアーを逆立てて、四方八方に電撃を打ちまくっている。この雷撃が、先ほどの轟音か。
その2人が対峙しているのは、2体のアグレス。
…いや、あれはアグレスなのか?
大きさと形から、1体はナイト級魔術師アグレス。もう1体はソルジャー級斥候アグレスと思う。だが、色が違う。2体とも真っ白なモヤに包まれているのだ。まるで霧のようなそのガスは、しかし、不透明なのでアグレスの中身までは見えない。
そして、更に驚いたのが、
「くっそったれぇ!」
”突然”目の前に現れた斥候アグレスに、金髪女性が罵詈雑言を吐きながら飛び退る。その彼女に向けて、斥候アグレスが”土塊”を飛ばす。
金髪女性は、電撃でそれを迎撃するも、肩で息をして苦しそうだ。
蔵人の目の錯覚でなければ、今、斥候アグレスはテレポートとソイルキネシスを使用した。
複数異能力。それが、白アグレスの特徴か。
そんな風に、呑気な解析をしていたからだろうか。
いつの間にか、蔵人の目の前まで魔術師アグレスが飛来していた。
フワフワと、蔵人の目の前で浮く魔術師。両手をこちらに翳す。
あっ、リビテイションか。
そう蔵人が理解すると同時に、アグレスの火球が放たれた。
パイロキネシス。やはり複数持ち。
って、考えてる場合じゃない!
「(高音)すみません!タゲ取ってしまいました!」
蔵人は魔術師の火球群を避けながら、地上の2人に詫びを入れる。
タゲとはターゲットの事だ。蔵人が無防備に近づきすぎた為に、敵の探索に引っ掛かってしまったのだろう。つまりは横取りだ。暗黙のルールとは言え、これは歴としたマナー違反。
だが、
「構わねぇ!ぶっ殺しちまいな!」
金髪の女性が、こちらに顔だけ向けて叫ぶ。
許可が下りた…んだよな?
まるで怒りを叩きつけるかのように言い放つ彼女に、蔵人は少し躊躇する。
だが、魔術師の攻撃は止まらない。リビテイションで執拗に蔵人を追い回し、まるで戦闘機の機関銃ように、火球を連打してくる。
複数異能力。それが、こんなにも厄介とは…。
「(高音)全く、異能力が二つとは、生意気ね!」
久方ぶりの強者に、蔵人は満たされた笑みを浮かべる。
え~…。
これから8日間は、GWです。
「…何を言っている?」
これから8話分、GW関連の話が続くという事です。
「随分と早いGWだな」