250話~これを書いた人は誰ですか?~
文化祭まで、残り3日となった。
蔵人は若干、困った状態に陥っていた。
パスポートの件…ではない。
あちらはディさんに相談したところ、向こうで対応してくれる事になった。
彼自身が動くと不味いので、彼の伝手を使うと言っていた。
恐らく、一条家に連なる家、もしくは企業を介するのだろう。
林さんからの情報があるので、何となく彼の内側を想像できる。
そして、蔵人が困っている理由は、目の前の人達だ。
「頼む!君の軍に入れてくれ!」
「俺もだ!俺も君の元で働きたいんだ!」
「僕達、君が戦っている姿に勇気づけられたんだよ。だから、君の元で働きたいんだ」
蔵人は何故か、複数人の男子に迫られていた。
軍に入りたいと、彼らは物騒なことを言っているが、なんてことはない。ただ劇の役割について直談判をされているだけだ。
彼らはどうも、蔵人が演じる黒騎士の軍、鬼の軍隊に入りたいと言っている。
彼らは7組の男子達だ。4人いるので、慶太を除いた全員が敵役をやりたいと言ってきている。
まぁ、敵でも味方でも、これだけ熱心に意見を述べることは悪くない。
だが、如何せん彼らは男子だ。敵対する解放軍は、主に女子で構成されている。
つまり、普段怯えている女子に盾突かなければならない。それだけの意志が保てればいいのだが…。
「大丈夫かい?相手は女子だよ?」
「だ、大丈夫、です!黒騎士が居れば、怖くないよ!」
若干顔を引きつらせる彼らだが、目の力はそれほど衰えていない。
まぁ、いざとなったら盾で操るか。
「分かったよ。監督が了承したら、正式に君達を部隊配置すると約束しよう」
「やった!」
「巻島君と一緒だよ!」
本当に嬉しそうに喜んでくれる7組の男子達。
大丈夫だよな?そっちの気は無いよな?
お尻の不安を抱きながらも、蔵人は監督である吉留君にお伺いを立てる。
すると、
「ああ、うん。彼らには元から、そっちに入ってもらおうと思っていたんだ。既に衣装も、人数分頼んでいるからね」
「そうなのか…」
既に決まっていたらしい。
元々、軍との衝突の際に、軍側の男性が黒騎士独りだと違和感があるし、女性兵士が声を出してしまうとリアリティに欠けてしまう。なので、7組が合流するとなった時点で、男子は殆ど兵士役をお願いする算段だったとか。
8組の男子は、市民役やラスボス役で取られてしまっていたから、渡りに船だったらしい。
彼らと蔵人の取り越し苦労であった。だが、彼らの熱意を確認できたという意味では、無駄ではなかったのだろう。
皆が良い方向に向かっている。嬉しい限りだ。
ということで、早速訓練だ。
蔵人は教室の端で、男子達を集めて仁王立ちになる。
「良いか新兵ども!これから暴徒どもの鎮圧に向かう!声を上げよ!」
「お、お~」
「おお~」
「なんか、恥ずかしいな…」
新兵どもが恥ずかしがっているぞ。これはいかん。
「何を抜かしている!このままでは、我が軍はあの無像どもに呑み込まれてしまうのだぞ!想像したまえ。数多の暴徒達が、鬼気迫る勢いで押し寄せる様を。我らは精鋭なれど、奴らは数が多く、女性ばかりだ。呑み込まれたら、一巻の終わりだ!」
「うっ」
「は、はい!」
「女に、呑み込まれる…」
彼らの顔が一斉に青くなる。
現実の世界から、蔵人の饒舌によって空想の世界に引き込まれた様だ。
「良いか!我らが盾は、国を守る最強の盾。我らが剣は、国の行く末を開く最強の剣なり!足りぬのは、己が意思のみよ。其方らの意思を燃やし、奴らを殲滅せよ!」
「お、おお!」
「よし、やってやる!」
「俺達には、黒騎士が付いている!」
「声を出せ新兵ども!我らが力、奴らに見せつける時ぞ!」
「「「おおぉ!!」」」
それで漸く、彼らも自身の役を憑依することが出来たようだ。
舞台に上がるということは、一時自身を殺し、別の物に成り代わるようなものだ。
恥ずかしいと思うのは、まだ自分が舞台の上に上がってしまっているからなのだよ。
蔵人が内心で、そんな持論を展開していると、後ろで小さな音がした。
振り向くと、そこには鈴華達が立っていた。
腕組みをして、ひゅ~と口笛を吹く鈴華。小さな手を合わせて、拍手してくれている鶴海さん。そして、何故か泣いている伏見さん。
「さっすが、ボスだぜ。堂に入った良い演説だった」
「本当ね。まるで、本物の軍隊のお偉いさんかと思っちゃったわ」
どうやら、見られていたらしい。
ちょっと恥ずかしくなった蔵人は、頭を掻きながら3人の元に歩み寄る。
「どうも、お三方。何か御用で?それに伏見さん、どうしたの?何で泣いているの?」
俯きながらも、頬を伝う涙を隠しもせずに立っていた伏見さんは、蔵人の言葉で顔を上げる。目が真っ赤だ。
「か、感動しました!カシラ!流石ですわ!ウチも入りたいですわ!カシラの軍隊に!」
「そ、そうかい?ありがとう」
涙を流しながら、その顔をズイッと蔵人に近づける伏見さんに、蔵人は若干体を反らしながらも礼を述べる。
すると、隣の鈴華が伏見さんの肩をグイッと押し戻す。
「おい!なに抜け駆けしてんだ。だったらあたしも入るからな!ボスの軍隊」
「いやいや。入れないからね?組が違うでしょ?」
「そんなの関係ねぇ!衣装着ちまえば分かんねぇしな!任せろ!」
何を任せるの?
蔵人は、本気で入る気になりつつある鈴華を横目に、涼しい顔でこちらを見ていた鶴海さんに視線を送る。
助けて下さい、鶴海さん。
「あら?面白そうね。私も入ろうかしら?」
そう言う意味で送ったんじゃないです!
蔵人は、堪らないと首を振り、3人に視線を戻す。
「それで?3人はどうしてここに?」
蔵人は改めて質問した。すると、
「何って、ボスのクラスを見に来たんだよ」
「他のクラスがどれだけ進んでいるか、手の空いた人がこっそり見まわっているの」
「敵情偵察って奴ですわ!」
なるほど。他のクラスの進捗度合を確認しに来たのか。
だが、君達のは偵察ではなく、威力偵察だよ?今ので相当、疲れたし…。
蔵人が苦笑いしていると、鶴海さんの視線が蔵人から外れて、蔵人の後ろの方に行く。
「それにしても、8組は凄いわね」
「うん?何がです?」
蔵人も釣られて、後ろを振り返る。
そこには、目を輝かせて行進の練習をする、7組の男子達がいた。
「彼らが、何か?」
「男の子なのに、クラスの出し物に参加しようとしているじゃない?蔵人ちゃんがいるクラスだと、男の子の意気込みも違うのね」
どういう事だろうか?他のクラスの男子は、こことは違うのか?
蔵人が訝しんでいると、3人は蔵人を手招きする。
「聞くより観る方が早いわよ?」
「行こうぜ、ボス。ボスはもう、演技の練習必要なさそうだしな」
「出来たら、ちょっと喝を入れたって下さい!」
なんだか良く分からないが、他のクラスの男子はサボっているらしい。
蔵人は3人に導かれるまま、8組の教室を出る。
先ず訪れたのは、鶴海さんのクラスである5組だ。
8組同様、机が片された教室は滅茶苦茶広く、走り回ることも出来る舞台になっている。
そこを、ジャージ姿になった女子生徒達が台本を片手に、お芝居を繰り広げていた。
「ああ、王子様。あの夜、貴方を助けたのはそのシスターではありません。私なのです。この私の声さえ貴方に届けられたら、今すぐにでもこの誤解が解けるというのに…」
教室のど真ん中には、焦げ茶色の髪をした女子生徒が地面に座り込みながら、台本も見ずに役を演じていた。
なるほど、確かに顔が整っていて、声も聴きやすい。だが、
「ふんっ。やはり主役は、鶴海さんがやるべきであったな」
蔵人が鼻を鳴らすと、蔵人の腕を小さな手がぺちりっと叩く。
「もう、やめて、蔵人ちゃん。みんなに聞こえたらどうするのよ」
必死になって蔵人を止めようとする鶴海さん。赤くなった顔が可愛い。
そんな事を思う蔵人をしり目に、鶴海さんは教室の一角を指さす。
「それに、見てほしいのは舞台じゃなくて、あっちよ」
鶴海さんに促されて移した視線の先には、教室の隅で寄り集まり、小さくなっている男子生徒達の姿があった。
額を突き合わせて何かを作っている様子の2人。何をしているのだろうか?
蔵人が見に行こうとすると、鶴海さんが腕を引っ張ってそれを止める。
「近づいたら駄目よ、蔵人ちゃん。あの子達が逃げちゃうわ」
「小動物か何かですか?」
溜まらず突っ込んだ蔵人だったが、それに頷く鶴海さん。
なんでも、彼らが作っているのは手芸部の作品らしく、クラスの出し物どころか、文化祭とは一切関係ないとのこと。
そんな無関係な内職をしていながらも、クラスの誰も彼らを咎めないのは、彼らがまだ”マシ”な方だからである。
「クラスに残ってくれているだけ、有難いってみんな思っているわ」
そう言われて、蔵人は再度クラスを見回す。
蔵人の存在に気付いた5組の女子が、凄い形相で蔵人を見つめているが、今はそれを度外視しよう。
そう、クラスの男子が少ないのだ。
本来、1年生の一クラスには5人の男子が割り振られているはずだ。
8組も蔵人、鈴木君、佐藤君、渡辺君、そして監督の5名が居るように、各クラスの男子数は均等である。
でないと、不公平だとクレームが来てしまうらしい。桜城の運営者にとって、生徒は教え子というだけでなく、大事なクライアントでもある。そのクライアントからのクレームは、なるべく避けたいのが運営というもの。
で、今この5組には2人の男子しかいない。
あと3人、少なくとも在籍しているはずなのだが…。
「他の2人は部活棟に入り浸っていて、後の1人は欠席よ。何でも、お腹が痛いって先週からお休みしているわ」
腹痛で長期休暇って、そりゃズル休みですわ。そうでなけりゃ盲腸か妊娠だ。おめでとさん。
確かに、他の3人に比べたら、このクラスに居るだけでも、目の前の2人は幾分かマシであろう。
だが、
「これでは団栗の背比べでしょう。彼らも、他の3人もさほど変わらないのでは?」
文化祭の出し物とは、みんなが協力して作り上げるから意味を成すものだ。ただ居るだけでは、それは本当の意味での劇とは呼べない。
折角この場に居るのなら、せめて劇に使う小道具でも作ればいいだろうに。
蔵人が不満な顔を隠さずにいると、後ろに控えていた伏見さんがため息を吐いた。
「こんなん、まだ可愛い方ですわ。ウチのクラス見たら、きっとカシラは度肝抜かすんちゃいます?」
何それ?めっちゃ怖いんですけど。
蔵人は早くも、8組に帰りたくなってきた。
そうして、蔵人はそのまま隣のクラス、4組に連行されていった。
そこで繰り広げられる情景は、
「「えいえい!おー!えいえい!おー!」」
「しゅつじぃいいんっ!!」
何処かで聞いたセリフを、声高に演じる女子達の勇姿と、
「やりぃ!俺の圧勝!」
「ちょっ、荒木君凄すぎ!フルハウスとか、どんだけ運がいいんだよ」
その横で、堂々とカードゲームに勤しむ男子達の姿であった。
一瞬見ただけで分かる、このカオスっぷり。
うん。腹いっぱいである。さぁ帰ろう。
「おい、ボス。何処行こうとしてんだ?」
蔵人が踵を返すと、それを止める鈴華。
そのまま蔵人を元の向きに戻してしまう。
「分かった。もう十分に、7,8組が恵まれているのは分かったから」
蔵人は必死に逃れようとする。
これ以上、あの男子達のような不埒な輩を見続けていると、どうしても古い血が湧いてきてしまう。
拳を叩きつけて、「修正してやるっ!」と言いたくなってしまう。
そんな蔵人のリビドーに当てられたのか、伏見さんが肩を怒らせながら横を通り過ぎる。
「もうアカンわ、あいつら。今日という今日は、言う事言わせてもらうで!」
「やめとけよ。また、あの取り巻き共が出てくるぞ」
鈴華が怒れる肩を取り押さえて、顎である方向を煽る。
その先には、こちらを注視している女子の一団が居た。
「あいつらは、そこの荒木って男子の取り巻きだ。今はボスが近くにいるから見てるだけだけどよ。普段ならあたしらが近づくだけで、噛みついてくるんだぜ?」
「なんでこんな奴らの肩を持つんや、あのアマ共は!そんなにBランク男子に気に入られたいんか?」
どうやら、荒木君という子はBランクらしい。それ故に、女子が優遇してくれて、こうして教室で騒いでも許されていると。
なんという狂った世界だ。高ランク男子というだけで、周りの女子達は挙って甘やかし、蝶よ花よと特別扱いをしてしまう。
それ故に、この荒木君達のような小皇帝が生まれたり、平気で学校を休むような軟弱者が出てきてしまうのだ。
ランクというものが、Eランクというだけで人を叩き落としたり、Bランクというだけで持ち上げすぎたりしている。
大佐が言われるように、魔力絶対主義というものは、必ずしも有益であるとは言い難いのかもしれない。
蔵人は意を決し、一歩前に歩み出す。
「く、蔵人ちゃん?」
「大丈夫です、鶴海さん。一言だけ」
そう言って、蔵人は歩みを進める。
次のゲームへと移ろうとする男子達を目掛けて、ゆっくりとした足取りで近づく蔵人。
と、彼らの元にたどり着く前に、取り巻きが立ちはだかった。
「ちょ、ちょっと、貴方。荒木君達に、何か用なの?」
上ずった声で蔵人を止める、1人の女子生徒。
随分と腰が引けているその様子から、蔵人の事をある程度知っていると見える。
さて、どう言って退いてもらおうかと、蔵人が言葉を探していると、後ろに付いて来ていた鈴華が蔵人の横に歩み出て来た。
「おい。男子同士の話し合いに、あたしら女子が出てくんのはご法度だろうがよ」
「せや。カシラの道を邪魔すんやったら、ウチらも手を出すで?」
ご法度。そういう暗黙のルールもあるのね。
蔵人は、改めて知った桜城の裏ルールに苦笑いしながらも、開いた道を進む。
「やぁ、君たち」
蔵人が朗らかに挨拶すると、胡散臭そうにこちらを見る男子達。
「はぁ?なに?お前、俺達になんか用なの?」
振り向いて蔵人を見上げる荒木君は、とても不機嫌そうに言葉を濁す。
そんな彼の両隣の子が、慌てて荒木君の袖を引っ張る。
「ちょ、荒木君、マズいって!」
「そうだよ!この人、黒騎士さんだよ!片腕飛んでもAランクに勝った、あの狂人の!」
「この前なんて、1組の片倉さんを秒殺したらしいよ。しかも、20人が束になっても勝てなかったって…」
後半は随分と話を盛られてしまったが、まぁ、今は良い。
2人の話を聞いた荒木君は、若干顔を青くして、蔵人を見上げた。
「そ、それで?黒騎士…さんは、何か用…ですか?」
随分と言葉のトーンを下げて聞いてくる荒木君。
別に、怯えさせるために来たわけではない蔵人は、手を振って笑顔を浮かべる。
「いや、なに。少し聞きたい事があったのでね」
「き、聞きたい、事?」
「ああ、そうだ」
蔵人はそう言いながら、彼を指さす。
彼の後ろに置かれた、カードの束を指さす。
「ポーカーは楽しいかい?」
「…はぁ?」
荒木君は、一瞬呆けた顔をするも、直ぐに元の不機嫌な顔に戻る。
「た、楽しいかどうかなんて!別に、貴方に関係ない…ですよ…」
どんどん威勢がなくなり、最後は声が尻すぼみに消えた荒木君。
そんな彼に、蔵人は笑いかける。
「そうか。楽しいのならそれで結構。邪魔をしたね」
そう言って、蔵人は踵を返し、今度こそ教室を出る。
彼らの表情には、幾分か後悔の色が見えた。
恐らくポーカーは、それを紛らわせるための仮面に過ぎない。それを彼らも薄々感じているのだろう。
後は彼ら自身が理解しなければならない。本当に楽しい事とは、どうしたら味わえるのかを。
蔵人は鈴華達と別れて、自分のクラスに戻って来た。
中々に、濃厚な時間であり、もう今日はお腹いっぱいだと思っていたのに、教室に帰ってきたらまたもや厄介事の匂いがした。
生徒会が来ていたのだ。
しかも、何故か白百合会員の疑いがある、書記のメガネっ子が単独で。
彼女は、教室の奥の席に座って、手元に台本を広げながら舞台の練習風景をジッと見ていた。
なんだ?なんだ?何をしているんだ?
蔵人が眉を顰めてそれを見ていると、若葉さんが近寄って来て、教えてくれた。
「どうも、劇に問題が無いか見に来たみたい」
なんでも、桜城の生徒が見せるものとして相応しいかどうかを事前視察しに来たらしい。
集会の時に『桜城の文化祭は、気品と知性溢れるものでないといけない』と宣っていただけはある。
なぜ、このクラスをピンポイント爆撃しに来たかは想像したくないけど。
しかし、不味いぞ。
蔵人は眉間の皺を濃くする。
吉留君達が作り上げたこの脚本は、かなり第一次世界大戦の色を濃く反映してしまった。
このような暗く血生臭い話、お嬢様学校の学生が披露するのは、元の世界でも厳しいだろう。
どうする…。
蔵人の不安は、
「ちょっと、これを書いた人は誰ですか?」
案の定、当たってしまった。
書記さんがそう言って、台本を高々と掲げた。
それを見て、急いで駆けつける吉留君達脚本家チーム。
「はい。僕達が書き上げた物です。参考は、日本新聞出版の世界大戦全集…」
「あー。そう言うのは聞いていません」
吉留君の説明を、冷たい言葉で切り捨てた書記さん。
そして、徐に立ち上がり、何故か林さんの前に立つ。
「貴女が、これを書いたのね?」
「えっ、あっ、はい。私も、序盤の所と、最終章の一部を担当して…」
林さんが、一生懸命に説明しようとする。
だがその途中で、書記の人は手を出してきた。
「素晴らしいわ!」
手を出して、林さんの手を取り、ブンブンと上下に振った。
「過去の男達がどれだけ愚かで、そして、私達異能力者が如何にして世界へ羽ばたいたのかが見事に描かれています!これは、他の会員にも…えっと、生徒会にもしっかりと伝えねばなりませんね」
「あっ、えっと、脚本の大部分はここにいる吉留君が担当していまして…」
興奮気味に捲し立てる書記さんに、林さんは困ったように説明する。
だが、書記さんは微笑みながら首を振る。
「そんな風に、自分の手柄を無理やり男子に分けなくていいのですよ?こんなに素晴らしい物を、男が作れる訳ないのですから」
「そんな事ありません!吉留君は」
珍しく、林さんが語気を荒げる。
だが、そんなことも気にした素振りも無く、書記さんは満足そうに笑みを浮かべながら、8組を出ようとする。
出る前に、入り口の前で振り返り、林さんを見る書記の人。
「貴女、今度生徒会室にいらっしゃい。個人的に、お話したいことがあるの。では、失礼します」
そう言って、今度こそ書記の人は去って行った。
残された林さんは、青い顔で震えており、吉留君に頭を下げた。
「ご、ごめんなさい!吉留君!私が変な事を言ったから、あの人勘違いして」
「いやいや。あれで良かったよ。下手に僕の物と言い張って、生徒会を怒らせたりしたら大変だからね。脚本の修正なしで行けるんだから、僕もみんなも大助かりだよ。ありがとう、林さん」
「吉留君…」
吉留君は朗らかにそう言って、脚本を大事そうに手に取った。
確かに、彼の言う通り、修正なしで通り抜けたのは大きい。
でも、何とか彼の名誉を取り返さないといけない。
蔵人は、書記が出て行った扉に鋭い視線を向けながら、暫く考えるのだった。
特区の男子達は、怯えて縮こまるか、横柄になってふんぞり返る子が多いのですね。
「それは他国も同じなのだろう。より高ランクになれば、より甘やかされて助長する」
それを考えると、ディさんって凄く貴重な男性枠ですね。
「そうだな。それは、この先を見ると余計にそう思うだろう」
先、ですか。