Menu 13 ~ 海鮮丼 ~
6時30分
「おはよう、タクトさん。」
【 収納 】のスキルでテントを片付け、屋台を出現させていると、大通りから歩いて来たヒルダに声をかけられた。
「おっ!ヒルダ。漁から戻って来たんだな。成果はどうだった?」
「もちろん、今回も大量だよ!でもまぁ、この町の人達は、魚なんて食い飽きちまってるだろうけどね。」
「らしいな。ソニアから聞いたよ。それで、エビやイカ、貝は食べないって話から、シーフードフライを提供する流れになったんだ。」
「なるほどねぇ。まぁ、町の人達が食べ飽きるって言うのも解るよ。調理法が塩焼きにするか、香草と一緒に塩味のスープで煮込むかのどっちかだからね。」
塩焼きと、潮汁みたいな物の2パターンしかないってことか……
「そこだけ聞くと、調味料さえ変えれば、割と簡単に解決できそうだけどな。」
「あぁ。最近は他の料理店の店主もそのことに気付いたみたいでね。いろいろ試行錯誤して、新しい味を広めようと頑張ってるよ。でも、結局は焼き料理に、煮込み料理。タクトさんが出してくれたフライみたいに『 揚げる 』っていう選択肢に到達するには、まだまだ時間がかかりそうだよ。」
「なるほどな。」
「あ~ぁ。焼く、煮る、揚げる以外で魚を食べる方法は、無いもんかねぇ。」
「焼く、煮る、揚げる以外で魚を食べる方法か……あるにはあるよ。」
「本当かい!?」
「あぁ。でも、初めての人にはかなり抵抗あるかもしれないけど……」
俺はスキルで、スーパーマーケットで売られているような刺身用の切り身を3種類、イカの切り身と甘えびを取り出す。
それを包丁で切り、甘エビの殻を剥いて皿の上に乗せ、醤油と一緒にヒルダに差し出す。
「はい。どうぞ。この醤油……ソースにつけて食べてくれ。」
「いや、どうぞって……タクトさん、この魚、生じゃないかい!」
「あぁ。俺の元居た世界じゃ、新鮮な魚はこうして生で食べてたんだよ。まぁ、騙されたと思って食べてみな。」
「本当かい!?魚を生でだなんて……でも、タクトさんが言うのなら、きっと大丈夫なんだろうけど……じゃあ、これを……」
ヒルダは席に着き、親指と人差し指で刺身を一切れ掴み、醤油をつけて……勢いをつけて口へと運んだ。」
「ん……もぐ……んっ、んんっ!?こいつは驚いた!魚が、生でもこんなに美味しいだなんて!」
「今、ヒルダが食べたのはマグロっていう魚だ。その隣の鯛……白身の魚も食べてみな。」
「あぁ!ん……こいつは……さっきのマグロに比べると味が薄い……いや!でも、ちゃんとした旨味があって……へぇ、これはこれで美味しいねぇ!このオレンジ色なのは?」
「そいつはサーモン……鮭っていう魚の切り身だ。」
「どれ……んっ!……トロっとしていて、味の濃さはマグロと鯛の中間くらいかな?こいつも美味しいねぇ!そんで、この白く透き通っているのが、イカだね。」
ヒルダはイカ、甘エビを順番に醤油につけて、口へと運ぶ。
「アタイは今、魚を生で食べた時と同じくらい驚いてるよ。イカもエビも生で食べられたんだね!しかも、シーフードフライで食べた時より甘みが凄いねぇ!」
「ヒルダ。腹の調子は……まだ入りそうか?」
「え?あぁ。まだまだ大丈夫だよ。」
「そっか。それじゃあ、悪いんだけど、その残ってる刺身を一度、返してくれないか?」
「まだ何かしてくれるんだね?あいよ!」
俺はヒルダから刺身が残っている皿を受け取り、【 創造 】のスキルで丼に入ったご飯を出現させ、残った刺身に更に追加で刺身を足し、追加で出したイクラを添えて、ヒルダに差し出す。
「はいよ!お待ちどぉ!海鮮丼だ。」
「うわっ!凄い豪勢になって戻って来た!」
「あっ、そうだ。ヒルダ。その醤油にこれを溶かしてから、その海鮮丼にかけて食べると良い。」
俺はそう言いながら小皿に少量の擦りおろした山葵を盛って差し出す。
「ん?何だい、こりゃ?これも海の幸なのかい?」
「いや、これはワサビって言う山の食べ物だ。気を付けながら、ほんの少し、舐めてみな。」
「え?あ……あぁ。」
ヒルダは俺から受け取ったスプーンの先端に山葵をほんのちょびっと付けて、口へと運ぶ。
「……んんっ!?辛っ!?ほんの少ししか舐めてないのに、鼻を殴られたような刺激に、涙が出て来ちまったじゃないかい!」
「悪い、悪い。そのまま食べたらそうなるんだけど、その醤油に溶かすとその強烈な刺激は若干薄れつつ、魚の生臭さを押さえてくれて、海鮮丼をより美味く食べられるんだよ。」
「へぇ、そうなのかい。海の食べ物を美味しくしてくれる物が、山にあるってのは不思議な話だねぇ。」
俺が言ったとおりに山葵を醤油に溶かし、海鮮丼全体に行き渡るようにかけて……ヒルダは米と一緒にマグロの刺身を口へと運んだ。
「もぐ……もぐ……んっ!ごく……なるほど、コイツはこれで完成形なんだね!魚の旨さにワサビの刺激が加わったショーユとかいうソースと、この下にある白い粒の甘さが合わさって、最高に美味しいよっ!」
「その下の粒は米っていう、俺が元居た場所では主食だった穀物だよ。単体では薄い味なんだけど、上に味の濃い物を乗せて食べるのには適してるんだ。」
「なるほどね!んっ!この美味しい、赤くてプチプチしている物は何だい!?」
「それはイクラっていう、さっき食べた鮭って魚の卵だよ。」
「卵!?へぇ、魚の卵も食べられるんだねぇ。」
「全部の魚がそうってわけじゃねぇけどな。食べるにしても、加工したりしないといけない物もあるんだよ。」
その後……俺の説明を聞きながら、ヒルダは豪快に海鮮丼を食べ終えた。
「ふぅ……いやぁ、美味しかった!タクトさん、お会計を頼むよ。」
「あぁ。刺身は説明のためにサービスで出した物だから……海鮮丼1杯で銅貨9枚だよ。」
「あれだけ食べて銀貨にも到達しないのかい。んっと……銀貨1枚で、釣銭を貰えるかな?」
「もちろん。」
俺はヒルダから銀貨1枚を受け取り、お釣りとして銅貨1枚を手渡した。
「それにしても、コメやワサビ、ショーユは手に入らないにしても、このショーユの部分を他のソースに変えたら、生の魚はこのアリアータでも普通に食べられそうだねぇ。」
「あぁ。それは充分可能だと思うぜ。」
カルパッチョっていうドレッシングをかけた料理もあるしな。
「ただ、確かに魚は生で食べられる。けど、気を付けないといけないこともあるんだ。」
「ん?気を付けないってことって、何だい?」
「海の魚でそういう話をあんまり聞いたことが無いんだけど、川の魚には寄生虫……人体に影響を及ぼすヤツが居る可能性があるんだ。」
「そいつぁ本当かい!?」
「あぁ。そのハズレを引く可能性は本当にごく稀だし、多分この世界なら回復系の魔法ですぐに治癒できるんだろうけど。さっき食べた鮭も川から海へ、そんでまた川へ移動する魚でな。俺が生まれる前は、鮭の切り身を可能な限り薄く伸ばして、徹底的に寄生虫を撤去する過程を経て、ようやく生食できるまでになったって話もあるんだよ。」
「へぇ、なるほど。」
「あとはやっぱり、鮮度の問題だな。魚の急所である鰓と胸鰭の間、尾鰭の付け根に中骨辺りまで傷を付けて血抜きをする活〆ってヤツをして、涼しい場所で保管した魚でも、生で食べるなら最高3日が限度だ。3日目くらいになると、歯応えが無くなる代わりに、旨味成分が増幅されて美味しくなるらしい。ただ、そこを越えると、4日目は火を通せばギリギリ大丈夫だろうけど、5日目以上は流石に……食べるのはやめておいた方が良いと思う。」
「……タクトさん。悪いが、アタイはここで失礼するよ。今、タクトさんから聞いた話を漁師仲間達に話してやりたいんだ!すぐにとはいかないだろうけど、美味い魚を食べる方法だってことを、意地でも解らせてやるさ!」
「おぅ!食の発展に向けて、頑張ってくれ。」
「あいよっ!いろんな人に美味い魚を食ってもらいたいからね。それじゃっ!」
ヒルダは笑顔を浮かべながら駆け足で去って行った。
いつか、こっちでも刺身……魚の生食が当たり前になる時代が、来るかもしれない。
そんなことを思いながら、俺は空になった丼鉢を洗い始めた。




