Menu 11 ~ 醤油ラーメン ~
23時45分
この日、漁で沖に出て行ったヒルダを除くと、12時にセシルが、20時頃にソニアが来てくれたが、クロエは来なかった。
「まぁ、衛兵部隊長って言ってたし、いろいろと忙しいんだろうな。ちゃんと飯を食ってたら良いんだけど……」
とりあえず、屋台を収納して本日の営業を終えようとした時
「ぁ……こんばんわ、タクトさん。もしかして、今日の営業、終わってしまったのかしら?」
「クロエ!まぁ、終わろうとしたけど、いいぜ。営業時間延長だ。」
「ありがとうございます。」
ペコリと頭を下げたクロエが、俺の正面の席に腰を下ろす。
「それにしても、今日は遅かったな。そんなに忙しかったのか?」
「えぇ。午前中は衛兵隊全員で山岳まで行って模擬戦をして、午後からは町の警邏だったのだけれど、大通りで数人の男達の喧嘩が勃発して……その鎮圧と、報告書作成をしていたら、こんな時間に……」
「お……おぅ……そりゃ大変だったな。その間、飯は?」
「模擬戦の後に固い黒パンと干し肉、チーズを食べたくらいよ。それからは何も……報告書を書き終えた時点で、その……お腹が空いていることに気付いて、町に出て来たのだけれど……当然の如く、どこのお店も営業終了していて……最後の望みをかけて、タクトさんのお店に来たの。」
「そうかい。まぁ、急かしたりしねぇからさ、ゆっくり食べたい物を選ぶと良いよ。」
「えぇ。そうさせてもらうわ。」
俺からメニューを受け取ったクロエは、1枚ずつページを捲っていく。
「改めて見ても、昨日、お子様ランチで食べた物以外、味の想像がつかない物ばかりだわ……あら?このページはパスタかしら?」
クロエが見ているページには蕎麦やうどんが載っている。
「ソバ……?ウドン……?聞いたことないわ。これはタクトさんの居た世界のパスタ料理なの?」
「おぅ。個人的に、満腹を感じられるのは、うどんの方かな?うどんか蕎麦のどっちかにするかい?」
「ごめんなさい。もう少しだけ……あら?このページのパスタは今までの物とは少し違う……私の知っている黄色いパスタだけど、今見たウドンやソバのようにスープに入ってる……タクトさん!これにするわ!」
「ん?あぁ、了解!腹減ってるみたいだし、スキルで出しちまうな。」
俺は【 創造 】のスキルを使ってクロエが注文した料理を取り出す。
「はいよっ!醤油ラーメン、お待ち!」
そう言いながら、彼女の前にラーメンが入った丼とフォークを置く。
「良い匂い……あぁ、ダメ。我慢できない!タクトさん、いただきますね!」
「おう。熱いから気を付けてな。……俺も夜食で食べようかな。」
自分の分のラーメンを出している前で、以前ソニアが蕎麦を食べた時同様に、クロエがラーメンをフォークに巻き付けて口へと運んでいた。
「ふー……ふー……もぐ……んっ!……んんっ!凄く美味しい!私が普段食べているパスタよりも少し太いパスタに、味の濃いスープが絡んで……」
「気に入ってもらえたかな?」
「えぇ!とっても!空になっていたお腹に、じんわりと温かさが広がって……はむっ……んん~!このお肉も柔らかくって、とっても美味しいわ!」
満面の笑みでチャーシューを食べるクロエの前で、俺は箸を使ってラーメンを啜る。
「ちょっと!タクトさん!そんなに音を立てて食べるなんて、行儀が悪いわよ!」
「ははっ、ソニアにも同じこと言われたなぁ。」
「ソニアもこのラーメンという料理を食べたの?」
「いや、ソニアが食べたのは蕎麦なんだけどな。クロエが普段食べるようなパスタを食べる時は、俺も音を立てないように気を付けるよ。でも、うどんと蕎麦、このラーメンはこうやって啜って食べる料理なんだよ。」
「そうだったの。それがこの料理を食べる時のマナーだったのね。ごめんなさい。」
「いやいや!知らない人からすれば、確かに行儀悪いだろうからな。全然気にしなくって良いよ。」
「それにしても……んっ、んんっ!もぐ……その啜るという行為、なかなか難しいわね。」
「ん~……口で説明するのは難しいな。フォークで口へ運ぶ瞬間に、麺を吸い上げる……感じかな?」
「口へ運ぶときに、吸い上げる……んっ、ず……ずず……んぅっ!」
「おぉ!ちょっとできたな!」
ある程度口に含んだラーメンを呑み込んだクロエが、嬉しそうに笑顔を向けてくる。
「なるほど!今の感じが『 啜る 』っていう行為なのね!できたのは嬉しいけど、普通のパスタを食べる時にしないように、気を付けないといけないわね。」
「ははっ、そうだな。ちなみに……ソニアは、まだできてない。クロエが1歩リードだな。」
「そうなの?うふふ。今度一緒に来た時、見せつけてあげましょう。」
悪戯っ子っぽい笑みを浮かべながら、俺とクロエは静かに笑い合う。
「ん?タクトさん。パスタにお肉、ゆで卵と薬味は解るのだけど……この茶色い長方形の……これは何?」
「あぁ。メンマのことか?」
「メンマ?」
「俺も詳しい作り方は知らないんだけどな。タケノコっていう植物を塩漬けにして、醗酵させて……塩気が取れるまで水洗いして、味付けした物らしい。」
「へぇ、植物なの。聞いたことのない植物だけど……んっ、これも味が染みていて美味しいわ!シャキシャキした歯応えも楽しいわね。」
「さてと……今日は特別だ。」
俺は追加で、更に数枚のチャーシューが乗った皿を、俺とクロエの境界線になっている台の上に置いた。
「チャーシュー乗せ放題だ。他の皆には内緒だぜ?」
「ちょっ……タクトさん!?くっ!こんなの……夜中にこんなにお肉を食べて……絶対に太る。そう解っているのに……でも、この罪な美味しさには抗えない……」
「まぁ、日中頑張った御褒美ってことで。それにな、クロエ。罪悪感や背徳感を抱いて食う料理ってのは、凄く美味いんだぜ。」
「うふふ。この私にそんなことを勧めてくるなんて……これは本気で、タクトさんを悪人として捕えないといけないわね。」
「ははっ、そいつは勘弁してもらいてぇな。」
そんな話をしながら、俺とクロエは、ほぼ同じタイミングでラーメンを完食した。
「はふぅ……ありがとう、タクトさん。御馳走様でした。とっても美味しかった!凄く満足してるわ。」
「おぅ!そいつは良かった。」
「そして、こんなに美味しいラーメンも、ありえないくらい安いのでしょうね。」
「えっと……醤油ラーメン1杯で、銅貨8枚だな。」
「やっぱり。お子様ランチの時もそうだったけど、あの1杯にあれだけの具材が入ってるのに、このお値段なんですもの。タクトさんが元居た世界は、物価がとても安かったのね。」
「ん~……そうでもねぇかな。この銅貨8枚……皆は安いって言ってくれるけど、俺が前に居た世界では、そこそこまぁ良い値段だったんだよ。だからこれは、きっと価値観の違いってヤツなんだろうな。」
「なるほど。それじゃあ、はい。御代金。」
クロエは財布の中から銅貨8枚取り出し、手渡してくれた。
「はい!丁度いただきます。」
「タクトさん。本当にありがとう。わざわざ営業時間を伸ばしてもらって……」
「ん?あぁ、良いって、良いって!腹減らしてわざわざ来てくれたお客さんを、『 営業時間外だから 』の一言で、無下に扱うような真似はしたくねぇからさ。前にセシルにも似たようなことを言ったんだけど、俺が起きてる時間なら、随時対応させてもらうよ。」
「そうなの?それじゃあ、今後も安心して夜中……は、やめておきましょう。この時間に食べる料理は、どれも罪深いわ。また昼食か夕食頃に、時間を見つけて来させてもらうわね。」
「ははっ、そうだな。うん、その方が良い。」
「うふふ。それじゃあ、おやすみなさい。タクトさん。」
「おぅ!おやすみ、クロエ。明日も多分、忙しいだろうけど、頑張ってくれ。」
「えぇ!」
笑顔で手を振り、去っていくクロエを見送り、俺は丼を片付ける。
昨日会った時は真面目でお固そうな女の子だと、思ってたけど……衛兵部隊長殿は、話してみると、意外と楽しい女の子だった。




