五「衝突」
フリスビーというものは円盤投げとは違い、ただ投げれば済むものではない。
犬と人間の呼吸が合っていなければ、遊びとして成立しないのだ。
「わふっ!」
「ぐへっ!」
「ぎゃん!」
動きの予測を誤ってキャッチ出来なかったり、何故か犬にフリスビーを投げ返されたり、腹立ち紛れに叩きつけるように投げたり。
最後には、右手を咬んできた犬を、近くに落ちていたモップで反撃するところまでヒートアップしてしまい、何が何やら自分でも訳が分からないまま、倒れてる犬をフリスビーもろともその場に放置し、飼い犬に咬まれた右手を左手で押さえ、逃げるように家まで帰った。
「ただいま……」
蚊の鳴くような声で帰宅を告げると、庭先で象のじょうろを持って胡瓜に水やりをしていたお母さんが駆け付けた。
お母さんは、わたしが右頬と右手を怪我しているのを見ると、血相を変えて居間に上がり、財布を手に戻ってきた。そして、保険証とお札を押し付けながら「すぐに医者に行きなさい」と言った。
それだけなら優しい母親なのだが、続けて「顔や手に傷が残ったら、お嫁に行けなくなっちゃうんだからね」と付け足したのは、余計なお世話だと思った。
「犬と遊んでいて咬まれたんでしょう。顔の方の怪我は、誰に?」
かかりつけの診療所で手当を受けていると、先生から怪我の経緯について質問された。
わたしは、最近、仔犬を飼い始めたことと、河原でフリスビーをして遊んでいたことだけを手短に伝えた。
ただ、わたしは事情を説明しながら、壁に貼ってある掲示物やら、診察台に置いてあるぬいぐるみやらが気になってしまい、シャワーだけにして湯船に浸かるのは控えた方が良いだとか、湿布や包帯を取り換える適切なタイミングとかいった指示は、半分以上聞き流してしまった。
だいたい、内科なのに歯科や鍼灸のポスターが貼ってあったり、九月なのに三十一日まであるカレンダーが吊るされていたり、どうみても地球上には存在し得ない珍生物をモチーフにした人形があったりしては、誰だって真面目に話を聞く姿勢になれない。
ちなみに、この診療所の先生の名前は、養父さんという。わたしは、ここへ来るたびに「この先生は名前で損してきたに違いない」と同情してしまう。





