第48話 好きになるって決めたのに
翌日の日曜日
美月は朝から部屋でアニメを見ていた
録りためていた今期アニメを何本か消化し
ひとつの話が終わったところで大きく背伸びをする
「ん~~」
「今期は当たりが多いわね~」
時計を見ると、もう昼を過ぎていた
美月のお腹が小さく鳴る
「お腹空いたな~」
「どうしよう」
冷蔵庫の中身を思い浮かべる
その瞬間
これまでに怜司が作ってくれた料理が次々と頭に浮かんだ
シチュー
ロールキャベツ
肉じゃが
美月はすぐに頭をぶんぶんと振った
完全に胃袋掴まれてるわ……
なんて恐ろしい男なの……
私を殺す気ね……
そこで昨日の怜司の姿が頭に浮かんだ
作業着姿で土をいじっていた怜司
一緒にほうれん草の種をまいたこと
自分に向けて笑っていた顔
美月は膝を抱える
でも……
もう急にいなくなったりしないよね
好きって言ってくれたし……
少しだけ頬が緩む
その瞬間
達也の顔が頭に浮かんだ
美月の笑みが止まる
「……だめ」
私は決めたんでしょ
一緒にいると楽しくて
苦しい時には、そばにいてくれた
そんな達也さんと向き合うって
達也さんをもっと好きになろうって
それなのに
「これじゃ……」
「駄目だよ……」
美月は膝へ顔を埋めた
コンコン
そのとき、玄関の扉がノックされた
「ん?」
コンコンコン
「なに?」
「なんかノックされてる」
美月は玄関を見る
「なんでピンポン押さないの?」
少し警戒しながら扉へ近づき
のぞき穴へ目を寄せる
「なにこれ……?」
目の前に大きな左向きの矢印が見えた
その横には太い文字で、
『← ようこそ!』
と書かれている
「は?」
美月はそっと扉を開けた
しかし、廊下には誰もいない
「誰もいないじゃない」
そのとき
ふわりと美味しそうな匂いが漂ってきた
「ん?」
美月の鼻がぴくりと動く
「この匂い……」
くんくんと鼻を動かしながら
匂いの流れてくる方を見る
怜司の部屋の方だった
「あれ?」
怜司の部屋の扉が開けっぱなしになっている
しかも、その扉にも大きな矢印と、
『ようこそ! ←』
と書かれた紙が貼ってあった
「なにこれ……」
また美味しそうな匂いが流れてくる
「揚げ物?」
美月のお腹が鳴った
「う……」
美月はサンダルを履いて外へ出る
そのまま怜司の部屋まで歩き
開いている扉から中を覗き込んだ
「怜司君?」
「扉開いてるよ?」
キッチンから
グレーのスウェットにチャコールのパンツ姿の怜司が顔を出した
「来たか、美月」
「うわ!!」
美月は驚いて尻もちをつく
「来たかじゃないわよ!」
「急に出てこないで!」
美月はちょっとむすっとして立ち上がる
扉に貼ってあった紙を剥がして怜司へ突き出す
「なに!? これ!」
「美月を呼んだ」
「それ位は分かるわよ!」
「なんでこんな呼び方なのよ!」
怜司はテーブルの上に置かれていたDVDを手に取る
「このアニメで見た」
美月がじろりとDVDを見る
昭和に人気があったアニメだった
「このアニメでよく出てきた手法だ」
「普通に呼ぶよりユーモアがあると思った」
美月は怜司を指差した
「こんな昭和のアニメみたいな方法で呼ばないでよ!」
「普通にLINEしなさい!」
「いつの時代の人よ!」
「駄目だったか?」
「駄目っていうか」
美月はもう一度、矢印の紙を見る
「なんでこれで私が来ると思ったのよ」
「来ただろう」
美月の口が止まる
「う……」
怜司の目が少し細くなった
「効果的だった」
「その顔やめなさい!」
キッチンから、また唐揚げの匂いが流れてくる
美月の鼻が反応する
怜司はそれを見て小さく笑う
「美月」
「昼食を一緒に食べないか?」
「唐揚げを作った」
「ご飯と味噌汁もある」
美月のお腹がまた鳴る
美月は少し悔しそうに怜司を見る
「……食べる」
「よかった」
美月は怜司の部屋へ入った
テーブルの上には
揚げたての唐揚げとサラダが並べられている
怜司がご飯と味噌汁を持ってきて
美月の前へ置いた
「どうぞ」
「ありがとう」
二人で向かい合って座る
「いただきます」
美月はさっそく唐揚げをひとつ箸でつまんだ
まだ熱そうなそれへ息を吹きかけてから口へ入れる
さくっとした衣
噛んだ瞬間、中から熱い肉汁が広がった
美月の目が見開かれる
「おいしいいいい!」
怜司が美月を見る
「そんなにか?」
「なんで怜司君のご飯って」
「こんなに美味しいのよ!」
美月はもうひとつ唐揚げを取る
「こんなの……ずるいよ!」
「ずるい?」
「胃袋から攻めてくるのは禁止!」
「禁止なのか?」
「禁止!」
「では作らない方がいいか?」
美月の箸が止まる
「それは駄目」
怜司は少し目を細めた
「難しいな」
「うるさい!」
美月は唐揚げを食べながら部屋を見回した
部屋の隅には、昨日はなかった大量の段ボール箱が積まれていた
美月は唐揚げを食べる手を止める
「ねえ、怜司君」
「なんだ?」
「そこにある段ボールの山」
美月は箸でそれを指す
「さっきから、すっごい気になるんですけど」
「中身なに?」
「全てアニメのブルーレイBOXだ」
美月の動きが止まった
「は?」
「ブルーレイBOXだ」
「いや、聞こえたわよ」
美月は立ち上がり、段ボールの山へ近づく
箱を開けて中を覗き込む
本当に大量のブルーレイBOXが入っていた
「これ……全部?」
「ああ」
「これはくじ引きではない」
「だから、美月への確認は必要ない」
「そういう問題じゃない!」
「なんでこんなに買うのよ!?」
「買わないと観られないだろう」
「ネットでいいじゃん!」
「ネット?」
「ネットで観られるのか?」
美月がゆっくり振り返る
その顔が引きつった
「動画サイト!」
「サブスク!」
「月額払えば、だいたいのアニメが観られるわよ!」
怜司の目が少し見開かれた
「そうなのか?」
「そうよ!」
「知らなかった」
「なんで知らないのよ!」
美月は頭を抱えた
「初心者すぎる!」
怜司は少し考える
「しかし、手元に残る方がいい作品もある」
「それは分かるけど……」
美月は段ボールの山を見る
「限度ってものがあるでしょ」
嫌な予感がした
美月はゆっくり怜司を見る
「ちなみに……」
「なんだ?」
「これ全部で、いくら掛かったの?」
怜司は少し考える
「正確には把握していない」
「把握しなさいよ!」
「200万円くらいだろう」
美月の口が開いた
「に……」
怜司が味噌汁を飲む
「にひゃ……」
美月の肩が震え始める
「200万円!?」
「そのくらいだ」
美月は怜司のモノマネをする
『そのくらいだ』
「じゃないわよ!」
美月は怜司の正面へ戻り
両手をテーブルについた
「怜司君!」
「なんだ?」
「アニメグッズの通販禁止!」
怜司の眉がわずかに動く
「なんだと」
「なぜだ」
「なぜじゃない!」
「なんで分からないの!?」
「欲しいものを買っているだけだ」
「その感覚が一番危ないの!」
「初心者のうちは私に相談して!」
「欲しい物があったら、まず私に見せる!」
「本当に必要か、一緒に考える!」
怜司は黙って美月を見る
「なぜそこまで俺を管理したがる」
「理由を聞きたい」
「なによそれ……」
美月は答えようとした
けれど
言葉が出てこない
怜司は何も言わず
ただ美月の答えを待っている
「だって……」
美月は視線をさまよわせた
沈黙に耐えきれなくなったとき
ぽろりと言葉がこぼれた
「私の王子さまは……」
一度こぼれた言葉は止まらなかった
「通販でアニメのブルーレイBOXを200万円分も買わないの!!」
「最初からそう決まってるの!」
怜司は少しだけ目を細めた
「そうだったのか」
「そうよ!」
「分かった」
「ならば仕方がないな」
その声が
少しだけ嬉しそうに聞こえた
その瞬間
さっき自分が口にした言葉が
美月の頭の中でもう一度響いた
『私の王子さま』
胸の奥が強く締めつけられる
……だめ
達也さんをもっと好きになろうって
決めたのに――




