15.タコスパーティー
結局、賢志郎の店を出たのは18時過ぎ、夏の太陽は既に隠れていた。
「アタシの家が駄目なら、しょうがないからあの怠け者の家ね。ついでにタコスをテイクアウトしていく。今夜は寝かさないわ」
賢志郎には、双子の姉がいる。名は、池宮菫子といい、賢志郎がシャム猫なら菫子はぬいぐるみの名をもつラグドール種のよう。
垂れ目にお姫様のような可愛らしい童顔で、学校では男女共に可愛がられていた。
現在は、東京にて漫画家をしている。菫子は賢志郎より先に上京し、アシスタントをしていたかと思えば、あれよあれよと言う間に月刊連載を抱える身分となった。人気漫画家の道を爆走中だ。
勿論、菫子も真尋の大切な幼馴染だ。
賢志郎が「怠け者」と呼ぶなら十中八九、菫子の事である。
「すみちゃんに会うの久しぶりだなぁ。でも締切とかで忙しいんじゃない?」
「アイツは仕事させときゃいいでしょ。無駄に広い家借りてるんだから、別室使うわ」
賢志郎は、素早く電話をする。長いコールの後、通話が始まった。
「真尋来てるわ。今日部屋使わせなさいよ」
(えー、ウチに連絡来てない。ズルい)
「どうせメッセージ見てないだけでしょう。だらしない。
いいから、場所空けといて。夕飯適当に持ってく。水くらいあるんでしょうね」
テンポのよい会話が懐かしい。
しかし、賢志郎の通話から察するに、やはり真尋のメッセージに気づいてなかったようだ。相変わらず、菫子は自分の世界を生きている。
賢志郎は手際良くさっさとタコスをテイクアウトし、飲み物を購入してから菫子の家に向かった。
電車からタクシーに乗り換えたので、多分郊外であろうと思われるが、土地勘のない真尋には東京のどのあたりか検討がつかない。
キラキラしい夜の街の明かりを通り過ぎ、街灯もまばらになった頃、一軒の小さなアパートに着いた。
一階部分は庭が大きく、門構えも立派な事から、大家さんが住んでいると思われる。一階につき一部屋の家族向けのアパートらしかった。
賢志郎は、3階のドアの鍵をベルも鳴らさず合鍵で開ける。
中は、泥棒に荒らされたと言って信じそうなほどに散らかっていた。賢志郎の眉が強く寄って、眉間にシワができる。
その部屋の奥から毛布の塊が出てきた。その毛布のお化けから可憐な天使のような声がした。
「おひさ、ご飯何?」
「こんっの…馬鹿!」
ビキッと賢志郎の青筋が浮き出る。
タコスを食べる前に、賢志郎から菫子への母親以上に口煩い説教が始まった。
真尋は慣れたもので、賑やかな幼馴染達を横目に紙皿とコップを淡々と用意したのであった。
驚いたことに、菫子の毛布の下は、下着だった。
「真尋がくるから毛布被ったでしょ。ほめてよ」とは、本人の言い分だが、賢志郎の怒りに油を注ぐだけだった。
説教をしても応えた様子が欠片もない姉に疲れてしまった賢志郎は、身内の恥を忘却するため早々にワインをかっぱかっぱと飲み始めた。
辛うじて部屋から引っ張り出されたヨレヨレのシャツを被った菫子が、「3日ぶりのまともなご飯だー」と言いながらタコスに齧り付いている。
天使の顔は健在だが、天然で緩くウェーブがかる髪は手入れをサボられてボサボサだ。どんな生活してるやら。
夕飯は、真尋が土産に持ってきた阿蘇のチーズといきなり団子も開帳し、ちょっとしたパーティだ。
テイクアウトしたタコスは、サクサクとした香ばしいトルティーヤとシャキシャキレタス。ピリッと刺激が嬉しいサルサソースが絶妙にマッチし、ついつい「もう一個」と手を伸ばしてしまう味だった。
新鮮なトマトがさっぱり感を追加し、何個でもいけてしまう。別添えのヨーグルトソースも中の肉と野菜によく合い、味の違いを楽しませてくれる。
「うちの小姑の見舞いに来てくれたんでしょ。間抜けだよねー」
「退院してからしか連絡くれないのは、水臭いかな」
「入院中の姿を見られるの嫌よ」
「手痛くてちょっと泣いてたもんね」と菫子はニヤニヤ笑った。また喧嘩が始まる前に真尋が慌ててフォローする。
「んで、痛くて泣いてた手が、なーんですっかり良くなってんの?お医者さんも絶対あと1ヶ月は包帯取らないでって言ってたでしょー?
あと、なんか真尋の雰囲気結構変わったよね?」
菫子は、常に半分閉じているようなとろんとした目はそのまま、鋭く切り込んだ。
昔から、菫子の観察眼はずば抜けているのだ。
真尋は、菫子相手に隠し事を通せたことはない。ぼんやりしているようで、油断するといつの間にか全部バレている。
元々、賢志郎と菫子の2人にはミカヨのことは隠さないつもりではあったし、賢志郎も包帯をすっかり外しているが、気づくのが早い。流石だ。
真尋は、チーズをつまみながら本日二度目になるミカヨとの出会いから今までをサクッと語った。
「いーじゃん、つまり喫茶店の裏メニューで巫女さんの治癒魔法をするんだ。
漫画みたーい。ネタに使っていい?」
すんなり受け入れ、何ならミカヨの姿を見せろと迫られた。あまりにも熱烈に要求するので、ミカヨが少し引いている。
「軽率に広げるんじゃないわよ。真尋が変なのにまた目をつけられたら面倒でしょ」
「そーうね、面白いんだけどなぁ」
「実は、店が十分な売り上げを上げるのには、一手足りないと思っていたのよ。アンタの魔法に頼り切りになるつもりはないけど、コンセプトに「癒し」を入れるのは中々いいわ。
秘密のメニューもワクワクするしね」
「胡散臭い店主役にピッタリだ、弟よ」
「自分の面倒も見れない怠け者のくせに姉ヅラしないで」
テーブルのタコスは殆ど菫子の腹に収まった。実は、この中で一番食べるのは菫子である。しかも、どんなに食べても太らないびっくり体質だ。
「店名、実はまだ決めてないの。
真尋、相談なんだけど神様の名前少しもらっていい?
折角だもの。あやかりたいわ」
「ミカヨ様の?」
隣の部屋で菫子のパソコンやペンタブを興味深そうに観察していたミカヨを見る。こちらの会話を聞いていたらしいミカヨが振り返り、手をひらひら振った。良いらしい。
「えと、どこ使うの?長いんだけど」
「みかよいずみ…。三日宵って三日月の夜のことだねー。いいじゃん月。なんか使えそー」
菫子が、「憩い三日月、弓月の小路、月詠サロン…」とぶつぶつ候補を呟く。流石に漫画家なだけあって語彙が豊富だ。ちょっと厨二病だけど。
3人でやいのやいの言い合い、最終的に深夜テンションでなんとかまとまった。
「三日月堂、良いわね、シンプルに短くて。三日月を看板にも入れて、珈琲の付け合わせに三日月型のクッキーを作りましょうか。コンセプトがしっかりしているのはいいことよ」
決まりだ。ミカヨの名前が店に掲げられることを考えるとこそばゆいが、何だか嬉しい。
しかし、油断していると話が真尋と大河の恋愛模様に転がった。
「さぁ、メインディッシュといきましょう」
「そーね、賢志郎じゃなくてわざわざウチの家に泊まるなんて、愉快な話が聞ける予感だー」
獲物をいたぶる猫ように散々揶われ、再会時の話も根掘り葉掘り吐かされた。さらにその後テーブルゲームに雪崩込み、本当に朝まで寝かせて貰えなかった。




