#2 邂逅
研究所から逃げ出し、ジェイス・ローレンスにと言う
元少年兵の男に拾われた。
ベータはフィーリオと言う名前を授かり、
夜の眩しいネオン街の路地裏へと消えていった。
最初に戻ってきたのは、痛みだった。
鈍く、重く、全身を包むような感覚。
フィーリオは
ゆっくりと目を開けた。
天井は低く、ひび割れていて、白でも黒でもない中途半端な色をしている。研究所の無機質な照明じゃない。ネオンの反射が、建物の隙間から脈打つように差し込んでいた。
ネオン街から伝わってくる喧しい音が、籠っているが
はっきりと聞こえてきた。
―生きている。
それがフィーリオには理解出来なかった。
フィーリオは、ジェイスに保護された日の事を
断片的な記憶でしか覚えていなかった。
研究所から逃げて、暗いところに入って…
壁にもたれかかった。
その後には声が聞こえてきたが、
内容を思い出せない。
「起きたか、ガキ。」
低く、気怠げな声。
この人だ…僕を見つけたのは。
青い綺麗な目をしていて、
銀の髪がネオンを照らしているのがわかった。
仄明るいテーブルランプに照らされた、
鋭い目がまっすぐ僕を見ていた。
ー警戒を解くな。研究所の人間かも知れない。
「安心しろ、内蔵を売り飛ばす趣味は無ぇ。」
「休んどけ。俺は出かけてくる。」
軽い声で男が言った。
警戒していたのを何で知っているんだろう。
声にならない声が出た。
返事が出来たのだろうか?
それさえも解らなかった。 とにかく、今は
回復に集中してここに居た方が良いかもしれない。
その後に逃げて… どこに行くんだろう?
やっと、あそこから、研究所から、逃げられたのに。
(人として生きる気なんて無いんだな…)
そんな自分への失望を抱いてみる。
窓の外には自由があって、
少し右を見た。
きっと遠くに研究所がある。
とにかく、研究所から遠くへ行きたい。
田舎に行くのはどうだろう?
自然があって、浄化されたやつなんかよりもっと
綺麗な空気で満ちている。
長い長い時間をかけて出来た山や木が
あるらしい。
―そんな場所、本当に存在するのだろうか。
しばらく経った。
ガチャリ、と鍵の音がした。
反射的に体が強張る。
足音は三つ。
明るい、楽しそうな話し声がする。
「今日こそボコボコにするからなぁお前ぇ!」
「クリス弱すぎるから何回やっても同じだって!」
…研究所の人間じゃない。
あいつらに感情は無い。
ドアがバーンと大胆に開いた。
「おぉ!」
鮮やかな赤い長髪の人物が、
こちらを見て声を上げた。
次の瞬間、その黄色い目がネオンのように輝く。
「待って!!かわいい!」
……え?
「ちょ、見てクリス!目が紫!めっちゃかわいい!」
「マジ?!え、マジじゃん!!かわいい!」
距離が一気に縮まる。
なにがおきているかわからない!
「ノア、3秒以内に下がらねぇとしばく。」
銀髪の、助けてくれた男が言った。
「待てジェイス!やられる前にやってやる
コノヤロー!」
ノアと呼ばれた赤髪の女は、
ジェイスと呼ばれた男にドロップキックをした。
ジェイスは簡単に避け、ノアは壁に激突した。
笑いながら、ノアが立ち上がった。
「痛いなぁもぉ〜」
クリスという金髪の大男がゲラゲラ笑っている。
ジェイスが机の上を整頓して、
袋の中の物を取り出し始めた。
ノアが地面に座り込んで、取り返した缶を開けた。
そして、大声で言った。
「よぉ〜し、
自己紹介行くか!フィーリオ君、
誰が誰かわかんないだろーし!」
「まずこいつ!」
人差し指でジェイスをを指す。
青の瞳に、銀の髪。
呆れた顔でノアを見ながら、
食事の缶をこねくり回している。
「ジェイス・ローレンス!
元兵士でめちゃくちゃ強い!でもメンタル雑魚だから優しくね!」
「…おい」 「え?事実でしょ?」
「…まぁ次!」
今度は金髪で、緑の目の大男。
「こいつクリス・ブレイズ!
陽キャでバカうるさい!私のマイメン!」
クリスが言う。
「よろしくな!」
そして…
「私!」
ノアは胸に手を当てて笑った。
「ノア・ランディング!美女とハッキング担当!」
……美女。
「家出中だから、そこんとこよろしく!」
フィーリオは、周囲を見渡した。
部屋の空気が、賑やかだ。
初めての感覚。
研究所には無かった雑音。
でも、嫌じゃない。
悪くない。
「フィーリオ! 早く来いよ!」
クリスが手招きする。
机を、ノア、ジェイス、クリスが囲んでいた。
「飯だ飯!!」
ノアに引っ張られ、隣に座らされる。
「……ほらよ」
ジェイスが差し出したのは、空いた缶と、
銀色の武器のようなもの。
缶の中には、豆がぎっしり詰まっていた。
……美味しくなさそう。
「見た目は不味い。食ってみろ」
恐る恐る、手で取ろうとした瞬間――
「ダァァァァ!! ちがーう!!」
ノアが甲高い声を上げ、スプーンを突き出した。
「これで食べるの!!」
フィーリオは驚いた。
「……何なのか…分からなかった…」
ぎこちなく、ジェイスの真似をして口に運ぶ。
「……うまい」
三人は、どこか憂いを帯びた表情で、
黙ってそれを見ていた。
ーここがどこなのかは分からない。
でも、この人たちは悪くない。
ネオン街は、知らないことだらけだ。
それだけは、理解できた。
その夜は、あっという間だった。
分からないことだらけで、見ているのが楽しかった。
空き部屋に案内され僕は、ベッドに横になる。
天井を見上げながら、僕は思う。
明日も、生きているだろうか、なんて。
答えは分からない。
けれど…
少なくとも今夜は、
人として生きている。
優しい人間がいる事も知れた。
今日はそれだけでいい。
もう、僕はベータじゃない。
全部、明日考えればいい。




