14。どうすればいい(こんなのは嫌だ)
第十四章:どうすればいい(こんなのは嫌だ)
初夏の夜の闇は早く深まり、街灯が次々と点灯して、古い街並みの両側に建つ唐楼(古いアパート)の影を長く伸ばしていた。空気には近くのバーから漂う人混みの匂いや、道端に停まっているスーパーカーのガソリンの匂い、そして時折吹き抜ける微風の湿った涼しさが混ざり合っていた。
クレア‧イップ(葉曉澄)は、少し重たい鉄格子を押して、湾仔と金鐘の境界に位置する5階建ての唐楼に入った。階段のテラゾー床は何十年もの歳月で磨き上げられており、足音は狭い階段の吹き抜けで空虚な反響音を立てた。
映画『雨音絶ゆるとき』のプレミア上映が終わり、正式に公開終了となってから、クレアはある決断を下した——20年間、自分の成長を見守ってくれた家から引っ越す。
演芸学院には元々寮がなく、学生の多くは通学するか近所でルームシェアをしている。クレアは、巨星の映画に出演して得たギャラと、日頃からコツコツ貯めてきた貯金を使って、学院からほど近い星街にある部屋を借りた。彼女は真に自立するためのきっかけをずっと待っていたのだが、巨星の作品でヒロインを務めたというその重みと充実感が、ついに彼女がこの一歩を踏み出すための最後の後押しとなったのだ。
星街にある部屋を借りたのは、もちろんその縁起の良さを取ったからだ。これからの自分のスターとしての道のりが星のように輝かしいものになるよう願いを込めて。
部屋はそれほど狭くもなく、約400平方フィート(約37平米)の空間だった。一人暮らしの20代の女性にとっては、むしろ少し広すぎるくらいだ。
暁晴は電気をつけた。黄みを帯びた白い光がリビングに降り注ぎ、大家が残していった古い家具を照らし出した。表面の塗装が少し剥がれかけたこげ茶色の革製ソファ、角が欠けた木製のコーヒーテーブル、そして壁にぴったりとくっついて、微かにブーンという作動音を立てている古い冷蔵庫。
大家は契約時、室内の備え付けの装飾や古い家具は一切壊したり、勝手に捨てたりしてはいけないと明確に念を押していた。そのため、他人の生活の痕跡が残るこれらの品々が、彼女の日常の中に唐突に存在し続けることになった。
ここには「家」という感覚がない。クレアにとって、ここはあくまで一時的に停泊し、眠りと身支度のための場所を提供する拠点に過ぎない。彼女は装飾品をあまり買わず、壁のカレンダーでさえ、昨日大家に聞いてからようやく今月のページにめくったほどだ。リビングと寝室の間にドアはなく、ただ一枚のカーテンで仕切られているだけ。窓から吹き込む微風に揺れるその布切れは、がらんとした静寂を醸し出していた。
暁晴はリュックサックをソファに無造作に置き、狭いキッチンへ歩いて行って冷たい水を一杯注いだ。
彼女の彼氏もまた、演芸学院の学生だ。普通に考えれば、実家を出て自立した後、同棲するのは多くのカップルにとって自然な選択のように思える。だが、クレアは常に微妙な距離感を保ち続けていた。彼女はまだ同棲する心の準備ができていなかったし、あるいは、誰にも邪魔されない完全に自分だけの感情的な緩衝地帯を必要としていたのかもしれない。
もちろん、今や巨星の作品でヒロインの一人を演じ、知名度が昔とは比べ物にならない現在、自宅の外で待ち構える記者に彼氏との生活を盗撮されるようなことは、自ら網に飛び込むようなものだった。
彼女はソファに座り、リュックサックからタブレットを取り出した。まだ電源を入れていない真っ暗な液晶画面が、端正だが少し疲労の滲む彼女の顔を映し出していた。
今夜、友人の劇団のブラックボックス・シアターでのリハーサルに行く前に、彼女は自分に2時間ほどの余裕を持たせていた。最近業界でかなり反響を呼んでいる『時のパズル』というドラマを見る必要があったのだ。
彼女は、ユキ‧リン(林蘥望)という人物を理解しなければならなかった。
エアリーやユキのような名門女子校の背景とは異なり、クレアは香港で最も一般的な庶民の小中学校に通っていた。彼女の青春は、極めて草の根的な日常で埋め尽くされていた——静かで快適に復習できる環境を確保するため、早朝から公共図書館の入り口に並んで自習室の席を奪い合う。名門校の生徒たちが休みに日韓への自由旅行や海外研修を計画している時、彼女の「旅行」といえば、せいぜい家族と一緒に中国本土へ観光に行くことくらいだった。夏のアルバイトでさえ、求人サイトのページをめくりながら、最も平凡な単発バイトや臨時雇いの機会を自分で探すしかなかった。
そしていつの間にか、業界内である噂が流れ始めていた。巨星である陳大文が準備中の新作映画で、すでにヒロインのキャスティングが確定しているというのだ。その巨星の目に留まり、彼のために当て書きで脚本を作っているとまで噂されている人物こそ、『時のパズル』の脚本家兼原作者——裏では「お子ちゃま」と呼ばれている、まだ16、17歳のユキ‧リンだった。
クレア自身については、映画の制作にゴーサインが出さえすれば役がもらえると聞いていた。今回は2番手のヒロインだ。
『時のパズル』第1話のオープニングをクリックした。画面の中では、伝統的な料理の湯気が広がり、ヒロインがローストグースの古いレシピを頼りに時空を超え、歴史の狭間で失われた家族の記憶を探し求めている。
クレアは両手で顎を支え、瞬きもせずに画面を見つめた。彼女の眼差しは極めて集中しており、まるで厳しい尋問官か、謎を解体しようとする暗号解読者のようだった。
「こういう物語……私は心を砕いて考えるだろうか?」彼女は低く呟いた。その声は、がらんとしたリビングの中で少し浮遊しているように聞こえた。
「こういう物語のために、私は自分の作品として全力を尽くすだろうか?」
「こういう物語を、視聴者が最後まで楽しめるように書き上げる自信が、私にはあるだろうか?」
その3つの問いが、彼女の頭の中で何度も渦巻いた。
現在、演技を専攻しているものの、心の奥底ではずっとメディア・コミュニケーション学部に対して強い情熱と憧れを抱いていた。彼女の家の本棚には、演芸学院の脚本や演技理論の専門書以外に、メディア・コミュニケーション学部の教科書——ニュース取材学、大衆伝播理論、ドキュメンタリー構想——が最も多く並んでいた。彼女はよく同年代のメディア・コミュニケーション専攻の学生に、授業内外での学習内容や議論のテーマについて尋ねていたほどだ。
彼女に言わせれば、映像作品とは決して奇想天外なファンタジーであるべきではなく、現実の残酷さや温もりを映し出す鏡であるべきだった。もし自分が創作するなら、香港社会の根本的な問題について深く探求する物語を構想するために、すべての情熱を注ぐだろう——それは映画版の『鏗鏘集』や『獅子山下』のように、最も鋭く、最もリアルなカメラの視点で、この街の彷徨と無力さに寄り添うような作品だ。
だが、目の前にあるこの『時のパズル』は、彼女の目には間違いなく子供騙しで、しかしとても可愛らしいものに映った。
このようなおとぎ話のような感覚は、彼女がユキ‧リンの代わりに書き継ごうとしても絶対に書けないものであり、当然ながら視聴者を最後まで楽しませる自信もなかった。
しかし、彼女は認めざるを得なかった。ユキ‧リンという少女には、確かに無視できない「型破りな魅力」があるということを。
『時のパズル』は、市場によくあるようなパクリやテンプレ化された作品ではなかった。テンポはそれほど軽快ではないかもしれないが、多くのプロットの展開は驚くほど緻密で、一般の視聴者が想像するよりもさらに細かく練られていた。劇中のヒロインは抜け目がなく積極的で、突如として歴史的な危機に直面した際には時折慌てふためくこともあるが、その旺盛な生命力がしっかりとカメラを惹きつけていた。
暁晴はこのヒロインの姿にユキ‧リン本人の影を探そうとしたが、見出すことはできなかった。画面上のキャラクターは有能でやり手だが、彼女の印象にあるユキ‧リンといえば、退屈な会議中には机の下でこっそりゲームを周回し、発言を求められれば話の途中で自分の小宇宙に入り込んでしまうような純真な少女だった。しかし、このヒロインが巨星の次回作の映画に登場する姿を想像してみろと言われれば、それは決して難しいことではなかった。
「……彼女、今まで男の子とちゃんと付き合ったことがないんだろうな」クレアは突然小さく吹き出し、マウスを操作して劇中のヒーローの顔で画面を一時停止させた。
ユキ‧リンの描く男性キャラクターは、誰もがハンサムで優しく思いやりがあり、ヒロインが困難にぶつかるたびに次々と立ち上がり、彼女をピンチから救い出す。しかし、物語の展開上、男女の主人公の間に深い感情を育む必要がある場面になると、その掛け合いは極度に乾燥していて控えめなものになる——視線の絡み合いもなく、ホルモンのぶつかり合いもなく、あるのはただ、純潔に近いパートナーシップだけだった。
これが、小娘としてのユキ‧リンの限界なのだ。彼女はヒーローを夢想することはできても、まだ恋の味を知らないのだ。
暁晴はパタブレットの画面を閉じ、リビングは再び薄暗闇に包まれた。
彼女は立ち上がり、服を整えた。今回の巨星の新作映画で再び重要な役を演じられることは、まだ卒業していない演芸学院の学生にとって、2つのビッグプロジェクトで評価されるということであり、心の奥底にある「スターになる夢」への巨大な不安を払拭するに十分なものだった。
彼女は頭を上げ、天井の微かに黄色く光る電球を見つめた。
ユキ‧リンには林蘥望の世界がある。奇想天外で、純真で、情熱的だ。そして彼女、クレアには自分の歩むべき道がある。羨む必要はないし、模倣する必要もない。
「出かけなきゃ」彼女は自分に小さく言い聞かせ、キャンバストートバッグを背負い、この400平方フィートの、家族の温もりのない家のドアに鍵をかけ、香港の初夏の夜の闇へと足を踏み出した。
***
「キアヌおじさんは本当にかっこいい... どうして彼は最悪の瞬間でもこんなにかっこいいの?」
ユキは輝く目で見つめ、北海道から直送されたポテトチップスを口いっぱいに頬張りながら、思わず自分に感嘆の声を漏らしました。
テレビの画面に映っているのは、彼女がこれまで何度も繰り返し見てきた、「止められない自然の力」と見なしている『ジョン・ウィック』第1作目だった。顔に哀愁を漂わせたジョン・ウィックが、目にも止まらぬ猛攻で目の前の敵を皆殺しにしていく様は、決して飽きることのないものでした。
「ピンポーン……ジジッ……ピンポーン……ジジッ……」
ユキがジョン‧ウィックの暴れまわる最もエキサイティングな部分に夢中になっているとき、彼女は不快なドアベルの音で中断されました。この時間に訪れる唯一の人は、エアリー‧ユー(汝涼風)という名の女の子でした。
「ねえ、林蘥望ちゃん!?もう10時を過ぎているのに、今夜は食べずにジョン‧ウィックをしていたの?言い訳は何?」エアリーは、規律のないユキを問い詰めるために、わざと幼稚園の先生の口調を使いました。
「私、これから映画のヒロインをやるの。巨星から手紙が来てオファーされたんだから」
エアリーの理知的な顔が瞬時に歪み、本来の教育ママのような顔がさらに悪鬼のように化し、圧倒的な剣幕で問い詰めてきた。
エアリー:「あんた、まだ首を突っ込む気?!」
ユキ:「私から首を突っ込んでるんじゃない、実力で入っていくの!『時のパズル』がどれだけ人気か見てるでしょ。今回は向こうから私にお願いしてきてるの。私が頭を下げて頼み込んだわけじゃない!」
エアリー:「あの人は超有名で実力があるからって、好き勝手できるわけじゃないんだからね!」
ユキ:「好き勝手できるかどうかは知らないけど、これが人を輝かせるステージだってことは分かってる。そして今、このステージは私の番なの!」
エアリー:「そんな手紙書いてきて、あの人一体何を考えてるのよ!」
ユキ:「喪失と探索の物語を書いてて、その役に私を指名してきたの!」
エアリー:「向こうにどれだけ誠意があったって、あんたに合ってるかどうかが先でしょ?!」
ユキ:「合ってる!すごく合ってる!誠意があるかどうかなんて関係ないくらい!」
エアリー:「うちらは普通に原稿を納品してればいいのよ。なんであんな人に関わらなきゃいけないの?!」
ユキ:「原稿を納品するのは芸能界に入る第一歩、ヒロインをやるのはその次のステップ。なんで私がその場で足踏みしなきゃいけないの?!」
エアリー:「あんたはもう自分の人生のヒロインなんだから、映画のヒロインなんて似合わないのよ!」
ユキ:「自分の人生のヒロインになることと映画のヒロインになることは全然矛盾しない!私は両方やるし、誰よりも上手くやってみせる!」
エアリー:「またあいつに腹を立てて辞めたくなったらどうするの? 今度降板して違約金を払うことになったらどうする気?!」
ユキ:「今度は私が主役だから、もう辞めないし、自分に違約金を払わせるような隙は作らない!」
エアリー:「とりあえずあの人を信じてついて行こうとでも思ってるの? 大人の世界に『とりあえず信じる』なんてあるわけないでしょ?!」
ユキ:「あの人を信じてるんじゃない、私の才能を信じてるの!大人の世界は実力主義。今、私がその映画にふさわしいから選ばれたの。恩賜なんかじゃない!」
エアリー:「契約書は全部読んだの? 今回のは携帯代の契約書とはわけが違うのよ!」
ユキ:「一字一句ちゃんと読んだわよ!条項も、保証も、細則も、DSE(大学入試)の課題文よりもよっぽどはっきり理解してる!」
エアリー:「考えるまでもないわ、私に言わなくてもじさんとばさんに言わなきゃダメでしょ。まだ18歳未満なんだから、絶対に保護者の同意が必要なことくらい分かってるわよね!」
ユキ:「今あんたに言ってるのは、どうやって親に話すかちゃんと考えたからよ!私が押し通せば、親は絶対に支持してくれる!」
エアリー:「あんたはまだ学校に行ってDSEを受けなきゃいけないのよ。もう脚本を書く時間はないだろう。このドラマを諦める気はあるか?!」
ユキ:「DSEも受けるし、脚本も書く!私にはタイムマネジメントの才能があるから。何かを手放す覚悟があってこそ、新しい可能性が生まれるの!」
エアリー:「覚えときなさいよ!」
ユキ:「すごくよく覚えてる!巨星だって覚えてる!私が繊細だってことを分かってるからこそ、この映画のオファーをしてきたのよ!」
エアリーはこの12の完璧な回答に追い詰められてぐうの音も出なくなり、ついに理屈に詰まって最後の一言を怒鳴り散らした。
エアリー:「どれだけやりたいのよ! 私がやってほしくないって分かってるでしょ!」
放課後家に帰り、部屋着にも着替えず、夜10時までずっと制服を着たままのユキは背筋をピンと伸ばし、全身の力を振り絞って、エアリーに向かってずっと企てていた一剣封喉を叫んだ————ななんで私に撮影させたくないの? なんで私がヒロインになるのが嫌なの? なんで私の歩む一歩一歩がすべてあんたと一緒でなきゃいけないの?!まさに秘剣のようなその一撃は、空想上のエアリーのすべての口撃を直接封じ込め、この対決に痛快な終止符を打った。
この息苦しさに満ちた空想のシーンの中で、極限まで偏激になったエアリーの顔と、怒涛のようなプレッシャーに直面したユキは深く息を吸い込み、眼差しをこの上なく鋭くして、彼女自身が「一撃必殺」だと信じる究極の反撃をゆっくりと吐き出した。
ユキ:「なんであんたの許可がいるわけ?」
***
「うわぁっ……」
ユキはソファの上で激しく身震いし、瞬時に自身の脳内劇場からハッと目を覚ました。
恐ろしすぎる。最後の一撃は頭の中でシミュレーションした時はすごくカッコよかったが、もし現実であのエアリーの偏執的な連続質問を誘発してしまったら、二人は絶対に大げんかになり、最悪の場合、この幼馴染みの情誼に一生修復できない傷跡を残してしまうかもしれない。彼女の脚本家脳はすでに最終結論を導き出していた。今は絶対に白状してはいけない。
空想上の大惨事のような喧嘩が現実になるのを避けるため、唯一の方法は秘密を腹の中に飲み込み、断固として事後報告を貫くことだ!自分が本当に完璧に事を済ませて、知らせるべき人にはすべて知らせ、既成事実を作ってしまってから、エアリーと向き合うのだ。
「ちょっと、何ぼーっとしてんのよ? 有機化合物の命名法、もう覚えたのって聞いてるんだけど!」現実のエアリーは眉をひそめ、彼女を急かしていた。
ユキは慌てて後ろめたい表情を引っ込め、最初から用意していた、一番くだらないけれど一番安全な言い訳を持ち出した。
「……最初からこのバトルを見終わったら勉強しようと思ってたんだけど、ちょうどあんたがスープ持って降りてきたからじゃん……」
エアリーが背を向けてキッチンに入り、食べ物を温め直している後ろ姿を見つめながら、ユキは密かに冷や汗を拭い、あの言ってはならない秘密への決意をさらに固めたのだった。




