#009
御者台を直して、体感で1時間。ボロい御者台は、俺の手によって、見違える程の変貌を遂げた。
サーラの方も、探し物が終わったらしく、これで外に出られる。
「さてと。これで探し物は終了! これを全てポーチに片さなきゃね」
「この鞄に入りきるのか?」
「私のポーチに仕舞うよ。私が言い出した事だし」
「そうして貰おう。馬車だけは無理だから、牽いていこう。サーラも手伝って」
「はーい。馬車が通れないから、裏口から出よう。案内するね」
ポーチに全て仕舞っていき、馬車を牽きながら、不要品広場を後にした。
外の景色は、オレンジに変わり、影も長くなっている。
「夕日が眩しいね」
「1時間だと思っていたら、数時間経過してたとは。取り敢えず、今日は原野には行かない」
「市場に戻ろうか。その方が良いよね」
「ところで、サーラは情報収集能力高いな?」
「KOHより早く、この世界に来たからね。市場で、たくさん聞き込みしたんだよ」
それで、ある程度の知識はあるのか。それなら、冒険に出発したら良かったのに。
「寝泊まりは、この中で寝れば良いよね。寝袋は無かったけど、フカフカな布団? みたいな物があったよ」
「この中って、荷台で? サーラ。キミは、危機感とか無いのか?」
「何で? 私、フカフカな布団で寝れるよ?」
「そうじゃなくて! 俺、男なわけ。キミは女でしょ! しかも夜だなんて、」
「あー、そういうことね。それは大丈夫だよ。衝立になりそうな、仕切り板を見つけてあるから!」
おいおいおい! 危機感無さすぎる! 襲われたらどうするつもりなんだ。
「そんなんで、安心しない方が良い!」
「そもそも。KOHは、襲うつもりでいるの?」
「襲うわけないだろ! 俺はそんなに軽い男じゃない!」
「じゃあ、安心だ」
どうして、そうなるのか。俺は理解出来ない。
そんなことを考えていると、目の前の視界に、土壁の建物が幾つも見えてきた。
「市場だ! 夜まで時間あるし、どうする?」
「この辺に温泉ある? 俺は今すぐ、温泉に入りたい」
「無料の天然温泉が、市場の外れにあるよ。言うなれば、テルマエ!」
「はいはい。古代ローマ人が転移する、アレね」
「露天風呂でね、とっても、気持ちいいんだよ」
露天風呂か。日帰り温泉ですら、何年ぶりだろう。旅行だって、基本的に無縁な生活をしてたからな。
「そうなると、この馬車、どうするかだな」
「交代で、見張っとく?」
「湯冷めしたら、大変でしょ。停めておく場所だって、無いだろうし」
「じゃあ、どうするの?」
「小さく出来たらなぁ」
馬車を小さくする。そんな魔法があるから、誰だって魔法使いに憧れを抱く。
ん? 魔法使い?
「俺、魔法使いじゃん。ウィザードじゃん!」
「そっか。KOHは魔法使いだったね」
「小さくする魔法で、馬車を小さくすれば、俺の鞄に入る」
馬車を牽くのを止め、杖を出して、呪文を……。
呪文を唱えれば。
「サーラ。物を小さくする呪文、知ってる?」
「知らないよ。小さくするイメージを、頭の中で思い浮かべて、杖を振ってみたら?」
「無口頭呪文か。それなら、イケるかも」
かなり大きめの馬車だから、ラジコンサイズくらいに、なってくれたら良いな。
「い、いくぞ」
手首を少し動かすと、杖の先端から火花のような、赤い光りが出てきた。
馬車に当たった光りは、馬車全体を包み込んでいく。
「おぉ! 凄い!」
「これで、小さくなってくれれば!」
みるみるうちに、馬車は収縮していき、最終的にはラジコンサイズ!
「やった! 小さくなった!」
「KOH凄いよ!」
「じゃあ、これは俺の鞄は中に」
「これで、安心して温泉に行けるね」
「今日はもう、疲れた。普段の数倍は、疲れてる」
「温泉入って、ゆっくり休もう!」