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祓い屋(物理)の日常  作者: とど
二章
20/63

episode 10 あなたは誰?(1)


「ささら様ー、まだ寝てるんですか?」


 小学校で行方不明になっていた子供を保護した翌日、茶々はバイトの時間になっても中々起きてこないささらを気にして部屋の扉を叩いた。

 昨日は遅くまで大変だったので疲れたのだろう。しかし休むなら休むでさっさと連絡しなければいけないので一度ささらを起こさなければならない。


「ささら様?」

「……あ、おはよう茶々」


 ノックしていた扉がいきなり開くと、そこには今まで寝ていたとは思えないしっかりとした声と表情のささらが立っていた。服も既に寝間着から着替えているようで、どうやらもっと前から起きていたらしかった。


「もう、起きていらしたんなら早く部屋から出て来てくださいよ。今日はバイトがあるんでしょう、そろそろ出ないと時間に間に合わなくなりますよ」

「あ……ああそうだったね。じゃあ急がないと……行ってきます!」

「え? ささら様ちょっと」


 朝ご飯はいいんですか、と言いかけた茶々の声を聞かずにささらはそのまますぐに事務所を飛び出して行ってしまった。

 食費を節約する為にご飯を抜くことが無い訳ではないが、ささらは普段バイト前の朝食は必ず食べている。それは前に一度、食事を抜いてバイトをした結果倒れてクビになったことがあるからだ。


「また倒れなければいいけど……」


 しかも昨日は夜まで仕事だったというのに大丈夫なのか。茶々は首を傾げながら、ささらが飛び出していった事務所の扉を見つめて心配そうにため息を吐いた。




   □ □ □ □ □ □ □




「ありがとうございましたー」


 店員の声を背に、めぐるは紙袋を手にして和菓子屋を出た。

 がさがさと歩くたびに揺れる紙袋に目を落とした彼は、これを渡した時に見られるであろう二人の喜ぶ顔を想像して微かに笑みを浮かべた。ちなみに買ったのはどら焼きだ。ささらは真っ先に飛びつくだろう。


 医者として忙しい日々を送っているめぐるだが、その貴重な休日の大半は大体妹の元へ差し入れを持って訪れることが多い。時折急患が入ったりなどして休みは不定休なので、唐突に訪れると誰も居ない時もあり、そういう時は合鍵で中に入って手土産だけおいて帰っている。

 それを知る同僚からはシスコンだの、そんなだから彼女もできないんだ、などさんざんな言われようだがめぐるは気にしていない。茶々のことは勿論信頼しているが、それでも自分が見に行かなければもし空腹で倒れていたらどうしようかと心配になってしまうのだ。


 ささらが祓い屋として自立したのは今から三、四年前のことだ。あの頃はめぐるも卒論だの研修だので大層忙しく、彼女が一番苦しんでいた時にろくに力になれなかった。

 ささらの状況に気付いた時にはとっくに遅く、家を飛び出したささらをようやく見つけた時にはもう既に彼女は柊に拾われていた。その時のことを未だに引きずっているというのもこうして頻繁に会いに行く理由の一つだ。罪滅ぼしではないが……似たようなものだ。


 生活が困窮しているささらにめぐるが資金援助を申し立てたこともあったが、彼女はそれを頑なに拒否した。まだ十代後半、高校を中退したばかりでろくに生活基盤も整っていなかった時だったというのに、迷惑になるからとささらは断った。当時はめぐるもまだ研修医で自分にまで気を配る余裕などないだろうと。……悔しいが、それは事実だった。

 結局彼ができたのは、病院で手に負えない原因不明の――霊的要因らしき病状の患者をささらに紹介することぐらいだった。


 周囲の人間から守銭奴なんて言われているささらだが、何の理由もなしに金を渡そうとしても決して受け取ろうとしない。その辺りは彼女の中で明確な線引きがあるらしく、食事を奢ったり差し入れを持って行ったりすると素直に喜んでくれるので、それが分かった後はついついこうして休みの度に事務所を訪れるようになったのだ。


「……ん?」


 駐車場へ行き車に乗ろうとしたところで、めぐるは不意に視界の端に見慣れた姿を見つけたような気がして振り返った。


「ささら?」


 振り返ったその先、細い道路を挟んで向こう側に路地へと消えていく妹の後ろ姿があった。

 この時間に外にいるということは、どうやら今日はバイトはなかったらしい。運がいいとめぐるは一つ頷いて、彼女に声を掛けようと車から離れてささらの後を追いかけた。

 狭い路地は薄暗く、あまり長居したい場所ではない。こんな場所に来るということは祓い屋の方の仕事だろうか。


「ささら……?」


 少し歩いてみるものの妹の姿は見えない。しかしあまり大声で名前を呼ぶと万が一悪霊などと対峙していた場合気を取られて危険だろう。そう判断して、十字路をきょろきょろと左右を確認しながらめぐるは進んだ。


 ――その時、突如女の悲鳴が路地に響き渡った。


「何だ!?」


 耳が痛くなるほどの大きな悲鳴。とても聞くに堪えない断末魔のようなそれに、めぐるはとにかく声の聞こえた方へと走り出した。ささらの声ではない。だが何かが起こったのは確かで、彼は急いで未だに断続的に聞こえ続ける女の声を辿ってその場所へと辿り着いた。


「……な、」


 そこにあったのは、酷く凄惨な光景だった。

 悲鳴を上げていた女は、両足の膝から下を失って地面に転がっていた。その女の視線の先には、小さな男の子が何度も何度も嬲られるように殴られ、そして……その殴っている相手こそ、無表情で傍に立っている彼の妹だった。

 めぐるは無意識のうちに身を隠すように傍の建物に寄った。



「止めて、その子から離れて!!」

「……うるさいなあ」


 ぼろぼろと泣きながら金切り声を上げる女に、ささらがぽつりと呟いた。酷く煩わしそうに言った彼女は、男の子を放置して叫ぶ女の傍へと近寄る。

 そして、ささらは大きく腕を振り上げたかと思うと、思い切り振り下ろしその女の上半身を削り取った。


「っ、」

「ぎゃあああああっ!!!」

「おかあさん!」


 女と断末魔と共に子供が泣きながら声を上げる。人型を殆ど失った女はその瞬間消滅し、そしてそれを無表情で見送ったささらは続いてぼろぼろの男の子にも手を振り上げた。


「おかあさ、」


 小さな子供の体が全て消え去る。めぐるはその光景に言葉を失い、信じられないとばかりに妹の後ろ姿を見続けた。

 体が欠損しても血も出ず、そして何も残さずに消滅したところからあの親子は霊だったのだろう。確かにささらは祓い屋で、除霊を専門に仕事をしている。

 しかしいつもの彼女ならば一撃必殺、痛みに苦しむ間もなく除霊される。今目の前でやっていたように、わざわざ苦しめて少しずつ消していくなんてしない。それも、苦しみ藻掻く姿をあんな感情の籠もらない顔で見ることだってない。


「……」


 めぐるが唖然としている間に、ささらは既に姿を消していた。彼はふらりと隠れていた建物から体を離すと、混乱しながらも上着のポケットに入れていたスマホを取り出して耳に当てた。


『――もしもし、どちら様ですか?』


 そしてすぐに、鈴を転がしたような少女の声がめぐるの耳に入っていた。


「茶々、俺だ」

『めぐる様? どうなさいましたか』

「ささらはそこにいるか?」


 通話先は祓い屋の事務所だ。たった今ささらは確かにここに居た。しかしそれが本当に妹本人なのか信じ切れなかっためぐるは、それを確かめるべくささらの所在を尋ねた。


『ささら様ならバイトに行きました。……いえ、行ったはずなんですが』

「どうした」

『実はバイト先から電話が来まして。ささら様がバイトに来ていないと言っているんです』

「……なんだと?」

『携帯の方に電話しても出ませんし、これから探しに行こうとしていたところなんです』

「……」

『めぐる様? ささら様に用があったんですか』

「ささらを見た」

『え?』

「だが……」


 めぐるは自分の目で見たことを頭の中で整理しながら話す。しかし話しながらも、今見たことは全て白昼夢だったのではないだろうかと思い直してしまいそうになった。それほど、あのささらはめぐるの知る妹とはほど遠いものに見えた。


『さ、ささら様が……いえ、ささら様がそんなことするわけありません!』

「ああ、俺もそう思う。……だからこそ、“あの”ささらは本当にささらだったのか、そこなんだ」

『……偽物かもしれない、ということですか』

「とにかく俺は一旦そっちに行く。茶々はひとまず探しに出ずに待っててくれ」

『分かりました。その間に調べられることは調べておきます』


 めぐるは通話を終えるとすぐに路地から出て駐車場に戻り、大急ぎで事務所を目指して車を発進させた。




   □ □ □ □ □ □ □




「めぐる様、早かったですね」

「こんな時こそ早く来なくてどうする。……で、何か情報は?」

「ええ、妖怪仲間に電話して簡単な情報は既に」

「流石だな」

「ささら様はこの辺りの人外の間では有名なんです。何せあの霊力ですから、うっかり霊力の籠もった手が当たってあの世へ行かないように、目撃情報だけならすぐに入って来ます。……もっとも、今回はうっかりなんて話ではなさそうですが」


 事務所に飛び込んできためぐるに、茶々は顔をしかめて「めぐる様が見た状況と似たような目撃証言がいくつも入って来ています」と口にした。


「ささら様とおぼしき人間が害のない浮遊霊をいたぶって消していた、他にも消され掛けた妖怪がいるという話です。本当かどうか真偽は定かではありません。日頃ささら様の力に怯えている怪異も多いですから尾鰭が付いている可能性もあります」

「……だが、俺もそれを見た」

「ええ。めぐる様も直接目撃したとなれば話は変わります。噂の多くは実際に起こったことなのでしょう。……ただし、それがささら様本人かという点では疑問が残りますが」

「可能性はいくつかあるな。俺が見たささらは誰かがあいつになりすましている偽物か、それとも体は本人のものでも悪霊かなんかに意識を乗っ取られているか」

「後者は恐らくありません。流石に悪霊の気配がしたら他の妖怪だって分かりますから」

「そうか。なら……もしくは本当に、あれがささら本人だったか」

「めぐる様、なんてこと言うんですか! ささら様がそんなことするわけないじゃないですか!」


 背伸びした茶々が両手でめぐるの襟を掴んで思い切り揺さぶってくる。全く容赦のないそれに、彼は「あくまで可能性の話だ!」と叫んで必死に茶々の手を外しにかかった。


「三半規管が……頭がぐらぐらする」

「万一にもないこと言うからです! 大体、話を聞いていてもおかしいんですよ! 浮遊霊をいたぶってじわじわ痛みを与えて消すとか、あのささら様がそんな小細工できるわけないじゃないですか! いっつも霊力フルパワーですよ? 浮遊霊なんてちょっと触れただけで跡形もなく消えます!」

「た、確かに……。じゃあやっぱり、俺が見たのはあいつの偽物ってことか……?」

「そうに決まってます!」

「じゃあ、本物のささらはどこにいる?」

「……それは」


 めぐるの言葉に茶々は怒りを鎮めて考え込んだ。バイトに出ていないのは確かで、ならば彼女はどこに行ったというのか。その偽物に捕まったのか、どこかに閉じ込められているのか……。


「そもそもだが茶々、偽物はいつ現れたと思う? 確実にささら本人だったと分かるのはいつまでだ?」

「そうですね……昨日は警察の依頼で夜中まで小学校の中を探索していたんです」

「ああ、あの事件か。今朝行方不明になっていた子供が見つかったとニュースで言ってたな」

「ええ。それは無事に終わったのですが……少なくともその調査の間はささら様本人だったと思います」


 現れた手にびびって悲鳴を上げたり、反射的にぶん殴ったり……その辺りは確実に本人だったと言えるだろう。


「朝は……どうでしょう。珍しくバイト前なのに朝食を抜いて行きましたが、それだけでは偽物とは言い切れません」

「確実なのは昨日の依頼が終わってから俺が目撃するまでの間か……その間にささらに成り代わったとして、一体何が目的で」

「……あ、」

「どうした?」

「いえ、成り代わると言えば最近そんな噂を妖怪の間で聞いたことがあったな、と。確か……夜に鏡を見ると、鏡の中の自分に引きずり込まれて成り代わられるという話です」

「もしかして、それが」

「その成り代わったものは、記憶もある程度あるようです。鏡のように本人を丸々コピーしているらしくて、見分けるのは難しいとか」

「記憶まで……」


 めぐるは黙り込んで思考を巡らせる。もしささらがその鏡の中の自分に成り代わられていたら、どうやって見分ければいい。先ほどのように残忍な行動をしていれば確実だが、ささら本人に成りきられたら区別がつかない。そもそも実際にその噂の通りになっているとも限らないのだ。案外何も知らない本人がひょっこり出てこられたら余計に分からなくなる。


「ただいまー」

「「!?」」


 二人が思考の海に沈んでいたその時、事務所の入り口からささらの声が聞こえていた。


「ささら様が……」

「茶々、できるだけ刺激しないように探ってみる。本人でなかったら何かしらぼろは出るはずだ」

「……分かりました」


 ささらが来る前に素早く打ち合わせをしていると、二人の居る部屋にささらが顔を出した。「疲れたー」と言いながら荷物を置くその仕草や表情は、いつもの彼女にしか見えない。


「ささら様、早かったですね。……そういえば、バイト先から来ていないと連絡があったんですが……」

「ああうん、実は途中でおばあさんが目の前で倒れちゃってて……それで色々助けたりしてたら時間が過ぎちゃったんだ。それからバイト先には連絡したけど、今日はもういいって」

「そうだったんですね」


 にこやかに頷きながら、茶々は一瞬だけめぐると視線を交わした。


“本当でしょうか?”

“何とも言えない”


 アイコンタクトでなんとなくお互いの言いたいことを把握する。もし本当ならば、このささらは本物で、めぐるが見たささらはまた別にいる可能性がある。

 ……正直なところ疑心暗鬼に陥っていて怪しく感じてしまうのだが確証はない。何かもっと確実な証拠を見つけることができれば。


「そういえばささら様、ほら、お客様が来てますよ」

「お客さんって……あ、めぐる兄さん」

「よう、差し入れにどら焼き買ってきたぞ」

「どら焼き? やったー!」


 和菓子屋の紙袋を掲げると、ささらは両手を上げて嬉しそうに飛び跳ねた。嬉しそうに笑うその顔は普段の妹にしか見えず、これは偽物ではないのか、と余計に分からなくなった。

 それにささらはめぐるの名前も兄だということも分かっていた。記憶があるというのは非常に厄介だ。……どうすればいい。


 目の前に居るのは、一体誰だ。



「いただきます!」


 事務所のソファに三人で座ってどら焼きを食べ始める。めぐるの目の前にささらは美味しそうにどら焼きを頬張って表情を緩めている。それは、先ほどの冷酷な無表情とはどうにも結びつかなかった。


「……なあささら、こうしてると昔を思い出さないか?」

「え?」

「ほら、よく皆で集まって一緒におやつとか食べてたよな。お前は今みたいに嬉しそうに口いっぱいに詰め込んで……あの頃は楽しかったなあ。あいつ特製のプリンとか、ささらあれ大好きだっただろ」

「特製プリン……うん! 美味しかったよね!」

「ささら様、あいつって、どなたが作ったものだったんですか?」

「え?」


 めぐるとの会話の中に不意を打つように茶々が尋ねる。首を傾げて不思議そうな顔をする茶々に、ささらは一瞬だけ困惑したような表情を浮かべ……しかし、身を守るように両手を胸元においたところではっとしたように目を瞬かせ、めぐるを振り返った。


「ね、姉さん! 姉さんが作ったんだよね!」

「ああ、そうだったな。よく兄妹水入らず、三人そろって食べたよな」

「うん!」


 どら焼きを食べながらめぐるが笑う。茶々も微笑ましそうにそれを見て、ささらもにっこりと笑って頷いた。



「確証が得られたよ、偽物」


 ――その瞬間、ささらは隣に居た茶々に羽交い締めにされ、酷く冷たい表情を浮かべためぐるに胸ぐらを掴まれていた。


「に、偽物……? 何言ってるの兄さん、茶々まで何をして……」

「いくら記憶までコピーしようと、二十年間の記憶を全て自由に引き出せるはずがない。ましてそれが他人の記憶ならなおさらだ。ある程度身近な人間の記憶まではしっかり用意していたようだが、残念だったな」

「それは、どういう」

「まだしらばっくれるつもりか? 仕方ないから教えてやるよ……俺ら兄妹は――三人じゃなくて、四人だ。少なくとも、あの頃はな」

「え……」

「ささら様にはめぐる様の他にもう一人兄がいらっしゃるんですよ。まあ疎遠になって久しいので咄嗟には出てこなかったようですが。……お守りに触れて咄嗟にかがり様のことは記憶から引き出したようですが、詰めが甘かったですね」


 “ささら”が息を呑む。めぐるは妹の顔をしたそれを凍り付くような視線で見下ろすと、「よくも人の妹の顔勝手に使いやがったな」と地を這うような声で彼女を恫喝した。


「さあ、観念して本物のささら様を出しなさい!」


 茶々が拘束する力を強めてそう言うと、黙り込んで俯いていたささらがゆっくりと顔を上げた。

 そこには困惑も焦りも何もなく――ただ、それは薄っすらと笑みを浮かべた。


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