理想の街 三日目の夜
その日の夜、パパは、ママと長い電話をした後、ちょっと疲れたように長いため息をついた。
「ママはいいって?」
「もちろんだ。」
それからパパは飲み物に口をつけた。私が思うに、たぶん気分転換をしたかったんだろう。ふいに私になぞなぞを出してきた。
「二人でいると喜びが倍になるっていうの分かる?」
「それってなあに?」
「例えば一人にいいことがあったとする。一人が喜ぶと、隣にいる相手もそれを見て自分のことのように喜ぶ。だから二倍だ。」
「自分が喜んで、相手も喜ぶ。だから二倍。うん、分かるよ。」
「相手が喜んだのを見て自分もさらに喜ぶ。それを見て相手もまた喜ぶ、それを見てまた自分も喜ぶ。じゃあ結局、喜びは何倍なんだろう。」
「こだまみたいにずっと続くんだね。」
「喜びの数はきっかけの一つ、それを二人が受け取るから二になって、それぞれの相手の喜びで倍、だから本質的には四倍だと思うんだ。」
私は頭の中で喜びの数をイメージしてみようとしたけど、どうもパパのスピードに追いつかなかった。
「ふうん。」
「何か喜びがある。それで喜んだ相手を見て、自分もまた喜ぶ。それって繰り返しで喜びが増えているように思えるだろう。でも、そうじゃないんだよな。一つのいいことがあった喜びが二つ分、その喜びを手にした相手を見て新しい喜びで四つ分。そこまでさ。喜んでいる人っていうのは二人だし、喜びの種類は二つなんだから。」
「そうだね。」
私がすでに理解するのをあきらめていて適当に聞き流す。私が興味を持たなかったことで、パパは何かを発見したように言い出した。
「ハナちゃん、あんまり理屈っぽいの好きじゃないだろう。」
私はさんすう病なのに、と頭の中で思ったけど、私が何か言うより早くパパの話が続いた。
「わざと好きになろうとしてるのかな? 人の心とかが簡単な数字だったらどんなに楽だろうって、無理やり当てはめようとしているだけなんじゃないかな。」
「私、ママにはよく理屈っぽいって言われるわ。」
そこでようやく私が口を挟んだけど、パパはお構いなしに話を続ける。
「人が嫌になったから数字を好きになったふりをする。でも、本当に数字が好きなやつもいるからさ。結局、何かにしっかり向かい合わないといけないんだよ。ちょっと視線を変えたくらいじゃ、一休みできるくらいさ。」
「なんの話か分かんない。」
「簡単さ。しっかり向き合えばいい。とことん嫌いなら嫌いになればいいさ。痛いのに痛くないふりしたらいけない。厄介ごとに立ち向かってもいいし、たいした話じゃないと本当に納得できれば、放っておいたらいいんだから。」
パパが言っているのはきっと学校のことだ。学校での嫌なことを、私にもっと考えてほしいんだろうか。それとも、放っておいた方がいいってことだろうか。今日のパパの話はちょっと意味が分からない。
「例えば、あのおばあちゃん。あの人が不安定な理由があるはず。それを見つけてごらん。」
「・・うん、そう考えてみるのもいいかもね。」
私はその場をごまかすためにそう言った。おばあちゃんが不安定な理由、それはアリジゴクの絵本が図書館にないからに決まっているのに。だけど、そのことをパパに言うのは勿体ないと私は思った。