殺陣から始まり爛漫で終われ
首を傾げ小馬鹿にしたジョウゲンの仕草に、魔族が我に返った。
大きく前に踏み込み、槍を前に突き出した。
引きの動作がない。
最短最速で突くことを目的とした技だ。
槍の先端が、ジョウゲンの体を突き抜けて姿を現し……いや違う、槍はジョウゲンの脇の下を通過した。
ジョウゲンの左わき腹の横を通過した槍が戻されるより早く、ジョウゲンが動いた。予備動作のない加速――IKADUTIだろう――で、魔族の懐に飛び込んだ。
魔族も槍を捨てて腰の剣で迎撃しようとするが遅い。
ジョウゲンはすでに剣を持っており、加速も十分、加えて魔族の左側からの攻めだ。剣は抜けても、それでジョウゲンの剣を受ける間はない。
ジョウゲンの剣が、魔族の剣をすり抜け左腕を切り落とした。
切り落とされた肩口から噴き出た血が、草原を朱で濡らす。
左右から他の魔族がジョウゲンに迫るが、ジョウゲンはすでにその場にはいなかった。
ザッ、と軽い足音を立て、右から迫りくる魔族の懐に入っていた。地を這うような低姿勢からの横なぎが、魔族の両足を鎧ごと分断した。
大地に魔族が転げ落ちた。
緑の草原に赤い池が出来上がった。
ジョウゲンは倒れる魔族の脇をすり抜け、崩れた包囲網の後ろへ回った。
「引くなら追わんでござる。此度は特別でござる。拙者、本来は命を絶つ専門でござるが、ジャック殿の遺志を継ぎ、命を紡ぐことにしたでござる」
魔族二人分の苦悶を奏でたジョウゲンは慣れた所作で剣を正眼に構えた。笑みを浮かべた顔は、二人切ったとは思えないほど、柔和で自然体だ。
魔族たちは動きを止め、お互いに目くばせをしあう。退くかどうか考えているんだろう。
数舜の停滞後、魔族は撤退を始めた。片腕を切られた魔族と、両足を切断された魔族に、それぞれ無傷の魔族二人が駆け寄る。
無傷の魔族の内、一人が怪我人を担ぎ、もう一人が傷口に回復魔法をかけ始めた。
その間、ジョウゲンは動かない。自分の言った約束を守ろと言うのだろうが、そうでなくても動けなかっただろう。
魔族たちは警戒を解いていない。少しづつ慎重に、俺たちから距離を取りながらも、ジョウゲンから片時も視線を外さなかった。
ジョウゲンが一足飛びでも刃が届かない距離まで離れた魔族は、俺たちに背を向けて脱兎のごとく逃げだした。
随分あっさり逃げてくれたが、ジョウゲンの強さに残り四人じゃ心もとなくなったんだろうか。
味方の俺が驚いたんだ。敵の魔族はもっと驚愕したはずだ。強い強いとは思っていたが、まさか、ここまでとは思わなかった。
紋章持ちでもないのに、鉄すらも切り裂く技のさえは身体の芯が凍えるほど恐ろしい。
ああ、味方で良かった。
「ジョウゲン、助かった」
俺がジョウゲンに駆け寄ると、ジョウゲンは困った顔をして魔族が逃げた方を指した。
「どうやら、やりすぎてしまったようでござるな。彼奴ら、魔法戦に切り替えたようでござる」
何が? と逃げた魔族の方向を見ると、大きく距離を離した魔族が力を打ち出してくるところだった。
この為に距離をとったのか!
力のこもった拳大の球体が俺とジョウゲンに迫って来てた。
躱す?
無理だ。
耐える?
できるか!
だったら、魔族の力で防ぐしかない。
旅の合間に、練習していた成果を試す時だ。
俺は左手を迫りくる力の方へ突き出し、イメージした。
回避
遮断
迂回
拡散
手のひらに集まった力を迫りくる力に向かって打ち出す。胴体程度の大きさでまとまった力が淡い光を放ちながら、歩く程度の速さで前に進んだ。
本当は障壁を作りたかったが、そんな技術を俺は持っていない。代わりに硬い力を打ち出して魔族の攻撃にぶつけて、軌道を逸らす。
「逸れろ!」
俺の意思を受け力は、僅かに震えながら一発目を上空に逸らせる。
二発目は、僅かに光を弱らせながらも地面にえぐりこませた。
三発目を右に弾き、前進が止まった。
四発目、正面からぶつかり合い相殺する。
続く五発目、六発目が眼前に迫った。
「クッ!」
再度、力を籠めようとするが間に合わない。目の間に迫る力の脅威に集中力は乱され、明確なイメージが出来ない。
左手に集まる力は、何の形も成さず、朝露のように消えてしまった。
当たる。
腕で顔を守り、衝撃に備えた。
しかし、待てども、待てども、俺とジョウゲンに力は当たらなかった。
「……カール、無茶。守る、ポンタちゃん、得意、任せて」
俺たちの前に飛び出したポンタが、緑槍の穂先に生み出した強力な障壁で力を受け止めていた。反対側が歪んで見えるほど強力な障壁を前に、魔族の力は次第に弱まり、跡形もなく宙へ溶けた。
第二波は来なかった。魔族は逃げたようで、草原のはるか遠くに黒い点が見えた。
「これで、追撃は撃退したか」
俺は肩から力を抜いた。
ここまでずっと逃げっぱなしで、恐ろしく緊張していたみたいだ。膝や腰が重い。
気のせいか、周りの景色も暗く感じられた。
「まだでござるよ」
「……肯定、本番、大きいの、来た」
ジョウゲンとポンタにつられて、俺は天を仰ぎ、へたり込んだ。
天を覆うように巨大な黒い塊が、俺たち目がけて落ちてきていた。何もかも飲み込みそうな深い黒色の塊が、空を覆い尽くしていた。見える範囲全てを覆いつくさんかという大きさだ。
これは魔王の力だ。
巨大である。 それがどれだけの威圧感を、絶望感を与えるのか、俺は知っていたはずだった。
勇者試験に現れた人の三倍くらい大きなゴーレムに受けた衝撃は未だに忘れられない。
だが、目の前の力はそんな衝撃は塵芥程度だと俺に教えてくれた。
勇者試験の時は何とか奮い起こせた気力が、今は湧いてこない。
規格外すぎて、どうしてのいいのかまるで分からない。
「これを斬るのは無理でござるなぁ」
ジョウゲンが頬を緩め、剣を腰に戻した。
気持ちは分かる。俺もたぶん笑っているはずだ。
ああ、人間、本当にどうしようもなくなると笑うもんなんだな。
余りにあり得ない攻撃に、悲鳴を上げるだけの恐怖も沸かない。
空を埋め尽くす黒色を諦観とともに眺めていると、緑のシミが現れた。シミは次第に色を鮮やかにし、頭上を覆った。
力による障壁だ。それも、恐ろしく強力なものだ。
「ポンタ?」
俺は力の発生源に目を向ける。
槍を天に掲げたポンタの体中から溢れる力が、緑色の障壁に吸い込まれ、障壁の光がより鮮やかに、より輝いていった。
「……ポンタちゃん、守る。緑花儚槍、花、咲け、満開にっ!」
ポンタが吠える。
ポンタの手にもった槍が震える。捩じれた槍の先端が四つに割れて、まるで花弁を支える茎のようになった。
「LAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ポンタが聞きなれない声を奏でる。
四つに割れた槍の先端から吹き出した力が、満開に咲いた。巨大な力が蕾のように集約し天へと上る。
本体の数倍の長さまで伸びた力の蕾が、黒い塊へ突き刺さった。
金属を軽く指で弾いたような涼やかな音で、蕾が歌い出す。魔王の力に触れた先端から、ポンタの作り出した蕾は崩れ、細かい光が風で散りゆく花のごとく舞い落ちた。
「AAAAAAAAAAAAAAAAA……GNINNNNNNNNNNNNN!」
ポンタの全身が震えた。槍を持つ手は震え、膝が笑っていた。
ッ! ヤバイ。ポンタは限界だ。
俺は崩れ落ちそうになるポンタを抱きかかえ、支えた。
途端、両腕から大岩を持っているような重みを感じた。
ポンタの体重じゃない。いくら、ポンタがオーク姿だからって、これほど重いわけがない。
ポンタの重さが大岩程度もあったら、ポンタは身体を満足に動かせない。
つまり、こんな重さに耐えながら、ポンタはとんでもない量の力を天に穿ち続けていたんだ。
俺は腹の底に力を込めて、少しでもポンタが楽になるように支えた。腕の重みを受けることは出来ないが、足腰に来る負担は軽減できているはずだ。
天を仰ぐ。
ポンタの力では魔王の力に抗えないのか、黒い塊はゆっくりとだが、確実に距離と詰めてきていた。
黒い力には陰りは見えず、このままでは潰されるのも時間の問題だ。
ポンタの体が力に耐えられなくなったんだろう。ポンタの体のあちこちがはじけて、白い塊が吹き出た。
まずい、もう持たない。
何か、何かないのか?
俺の力を使う? 無理だ。俺の力程度じゃ、散り落ちる花弁の一片程度の効果しかない。
この化け物級の力の弱点をつく? そんなもの分かるか。分かるなら最初からそこを狙ってる。
ポンタを連れて逃げる? ポンタが支えているから勢いが弱まっている。ポンタをこの場から動かしたら、一気に力が俺たちを飲み込む。
くそ、八方塞がりだ。どうする? どうしたらいい?
「うむ、この距離、この速さなら、拙者が削り飛ばせるでござるな」
ジョウゲンの嬉しそうな声と同時に、剣が鞘を走る音が鳴った。
「拙者が到達せし、盗人技術にて、原点でござる。
我術 空間スライド法
その神髄、とくと御覧じろでござる」
ジョウゲンの剣が天を凪ぐ。
黒い塊に穴が開いた。
俺は自分が見たものが信じられなくて、頭を振って気持ちを落ち着けてから、再度天を仰いだ。
黒い塊には子供一人が入れそうな穴が、ぽっかりと産まれていた。
さらに、ジョウゲンが二度三度と剣を振るう。
ジョウゲンが剣を振るうたびに穴は大きくなった。黒い力は引きちぎられた羊毛のように、大小幾つかの塊に変わっていった。
ついには魔王の力は霧散し、大地に振れた微かな欠片が小さく弾けるに終わった。
すげぇ。なんだこれ? 力は感じられない。つまり魔法じゃない。
なのに魔王の力を魔法のように削り取っている。
何なんだこの技は?
千切れ細切れになった黒い力に意識を奪われていた俺に、ポンタが不意にのしかかって来た。バランスを崩した俺は、二、三歩たたら踏む。
「ポンタ?」
声をかけるが反応がない。
ポンタの体は、所々オークの分厚い皮膚が破れ、中身が噴出していた。開いた瞳に力はなく、馬鹿でかい口から吐息が感じられない。
まさか力を使いすぎて、死……いや、そんなわけない。
「おい、ポンタ? 返事しろ。おい、おい!」
「カール殿! ここはまだ戦場でござる。追の攻撃が来る前に逃げるでござるよ」
ポンタの体を揺する俺の肩をジョウゲンが掴んだ。
俺は胸から沸き上がる不安を胸に押し殺し、ポンタを背負い、その場から逃げだした。




