荒れ道から始まり講義で終われ
朝日を右手に、俺達はラネージュの北門を潜り出た。
北へ伸びる荒れ道が、緑の草原を一直線に割断している。道は大人三人ぐらいが並べそうな幅に、何条もの轍と人の足跡が刻まれていた。何度も人が通り、草が踏みにじられて、大地を踏み固められた結果だ。
周囲をさえぎるものはなく、遠くで空の青と草原の緑が接している。
あの地平線の先に砦が、そしてその先には魔族が居るわけか。
魔族に会った時、リシェルはどうするんだろうか。
やはり、魔族と合流するんだろうか? この補給の件も全て放り出して、敵になるのか?
俺は馬車を挟んで隣に居るリシェルに意識を向けるが、荷台に乗った物資の山が邪魔でリシェルの様子はうかがい知れない。
リシェルに剣は向けたくない。勇者に匹敵する実力もそうだが、一度仲間と認めた奴と殺す殺されるのやり取りはやりたくなかった。
抜けるなら、せめて、上手く抜けてくれよ。
馬車越しにリシェルに念を送ってみるが、当然、答えなんて帰ってこなかった。
「それでは行くで御座るよ」
先頭に立つジョウゲンが声を上げる。馬車が動き出し、それに合わせて俺も歩き出した。
俺達、補給隊の構成は、補給物資が乗った馬車が二台と護衛が六人。俺、リシェル、ジョウゲン、そして司祭様が手配した兵士が三人だ。
配置はジョウゲンが先頭、間に馬車が二台入って、殿に兵士が一人いる。馬車の左右を俺とリシェルが固めていた。残り二人の兵士は、それぞれ馬車の御者だ。
戦時中の前線補給隊としては、かなり小規模だ。
これは魔族に襲われたら、いや、ちょっとした魔物やモンスターが現れただけでも、逃げるしかないんじゃないか?
俺の背筋に冷たいものが流れ落ちる。ジョウゲンは安全は保障すると言ったが、この人数じゃあ保障のしようもないよな。
こりゃ、気合入れなと死ぬ。
生唾を飲み込む俺に向かって、ジョウゲンが振り返った。
「カール殿、リシェル殿、お二人は従軍経験はあるでござるか?」
「ないわ」
馬車の反対側からリシェルの声を上げる。
「俺もありません」
招待や、小規模な紋章持ちの荷物持ちならやった事があるが、軍の荷物持ちはやった事がない。そもそも、専門の輜重部隊がいる。一介の荷物持ちが仕事を貰いに行っても、門前払いが精々だ。
この前、聖女巡礼に参加したが、軍とは別物だ。
「それでは、本日の講習でござる」
ジョウゲンは俺とリシェルの顔を一瞥し、前を向き直る。
これから始まる講義は、報酬の一つだ。本当ならジョウゲンに稽古をつけて貰いたいのだが、そうもいかない。
聖女巡礼の時とは違う。
あの時は、無理にでも俺の技量を上げなくては、俺が殺される可能性が高かった。実際、それでも死んだんだ。無理やりな稽古でも、必要だった。
それに道中も安全な街道を使い、勇者が護衛についていた。
だが、今回は違う。俺もリシェルも危なければ逃げられるから、緊急の稽古をつける必要はない。
その上、最前線の砦へ向かっているんだ。いつ、魔族の斥候と接敵しても可笑しくない。そんな危険な状況で、ジョウゲンの体力を無駄使い出来る訳がなかった。
俺の体力?
荷物持ちの体力なんて、気にされるわけないじゃないですか。ただでさえ、体力馬鹿で戦力にならないんだからな。
「軍事にはいくつか注意点があるでござるが、最重要項目は目的でござる。お二人とも、此度の行軍は何の為に行われているでござるか?」
「砦に向かうためでーす」
馬車を挟んだ反対側からリシェルの声が上がる。
リシェル、もうちょっと考えろよ。あいつ、絶対わざと言ってる。
とは言え、どう答えたもんか。目的なんて、最初に聞いた砦に物資を送り届けるしかないだろう。
引っかけなのか、それともただの確認なのか、そこが問題だ。
暫く、悩んでいたが、他にいい答えが見つけられない。仕方なく、最初に出た答えを口にする。
「砦に補給をする為ですよね」
「うむ、それが直近の目的でござるが、拙者らが見据える目的としては近視眼的すぎるでござる」
じゃあ、何だって言うんだ。まさか、この戦争に勝つ事みたいな壮大な話にはならないよな。
「拙者達の目的、それは砦の戦力底上げでござる。武器、防具はそのまま兵の強さに、食料は体力と士気に直結するでござるからな」
「結局、砦にこれを運ぶ事に変わりないんだし、どうでもいいんじゃない?」
リシェルのやる気がなさそうな声に、俺も同意する。
やる事に変わりはないんだ。別にどれでも一緒だろう。
「いや、それは違うでござる。砦の戦力を上げる事と、砦への物資の運搬と、砦への到着は等価とは言えないでござる。
まず、砦に到着しても物資が使い物にならなければ話にならないでござる。日をかけすぎたり、保存が悪く傷んでしまえば、その時点で失敗でざる」
それはそうだ。鎧に使う皮や剣、槍なんかは水気に弱い。一雨振ったものを放置していたら、それだけで質が落ちる。食べ物なんかは言わずもがな。ちょっと手を抜いただけで直ぐに腐ってしまう。
俺達、荷物持ちが日々頭を傷ませている問題だ。
軍もその辺は変わらないんだな。
「仮に物資を砦に運搬できたとしても、それが砦の戦力を下げてしまえば意味がないでござる。この場合、例えば敵に遠目から拙者たちが入る所を観察されれば、砦内の間取りがバレてしまうでござる。他には、拙者達が敵から逃げて砦へ入れば、迎撃の為に砦の兵達が出てこよう。それで、戦力が減ってしまっては本末転倒でござる」
あー、確かに、砦の間取りを知られたら、水場に糞尿の投擲や木造の箇所への炎系魔法みたいな攻め方をされる。
商売でいえば、運んでいた商品と同じものをライバル商店が一足早く入荷したようなもんか。商品の価値が下がる。
「商売でいうと、支店の稼ぎを上げる事と、支店に商品を運ぶ事と、支店に到着する事は違うと言う感じですか?」
「分からんでござる。拙者、殺し以外はとんと疎いのでござるよ」
胸張って言う事じゃねぇ。
「胸張って言う事じゃないわね。まぁ、言いたい事は分かったわ。つまり、物資が駄目にならないように、砦に負担をかけないようにものを運べと言うわけね」
「それもあるでござるが、拙者たちが向かっても砦の戦力増強にならない。寧ろ、戦力を削いでしまう状態になれば、その時点でこの行軍は失敗でござる。即時、撤退が推奨されるでござろう」
ジョウゲンは、真に残念でござるが、と肩を落とす。
どんだけ最前線に行きたいんだろうか?
「なるほど、それにしてもこんな風に雑談してていいんですか?」
俺は馬車の上で手綱を握る兵士を見て訪ねた。
三人の兵士はここまで全く口を開いていない。背筋を伸ばし、道の先に向ける顔は真剣そのものだ。若干、血の気がない様にもみえるが、それは少人数での移動で緊張しているんだろう。
最前線に行きたい病にかかっているジョウゲンや、魔族に見つかっても大丈夫なリシェルが可笑しいんであって、正常な反応だと思う。
かくいう俺も、さっきから風で草が騒めく度に、そちらを見てしまっている。
「はっはっはっはっはっ、そんなに緊張していたら、すぐに疲れてしまうでござるよ。移動中は、だらけていなければ、それ以上は望まんでござる。気合を入れるのは、敵が見つかってからでござる」
恐ろしく緩い話だ。
そんなもんでいいのか? 街を見回る兵士達はもっと真剣にやってたし、これから街を出る時の行軍だってもっと毅然としてた。
「もっと整然としたものだったんですけど」
暗に、こんなに適当でいいんですか? と問う。
ジョウゲンはキョトンとした顔で俺を見る。すぐに得心いった様子で頬を緩ませた。
「ああ、街中での事でござるな。あれは示威行為でござるよ。基本、人間はしかめっ面をして無言の方が、恐怖を煽るでござるからな。その方が練度が高いように見せかけられる事も理由の一つでござろう」
そう言うものか。とは言え、ここも前線だ。もうちょっと、気合入れないと危なくないか?
ジョウゲンは未だ力の抜けない俺に苦笑する。
「もっと力を抜いて大丈夫でござるよ。ここから砦にかけては魔物もモンスターも生息しておらんでござるし、危険な野生動物もおらんでござる。いざと言う時、切り替えてもらえれば十分でござる。旅と大して変わらんでござるよ」
話は終わりとばかりに、ジョウゲンは前を向き直った。
確かに、ジョウゲンの言う通りだ。普段の旅でも、突然襲われる危険性はある。
寧ろ、森の中を横断する時の方が危ないだろう。
ここは平原、見晴らしは良くて奇襲は無理だ。その上、魔物やモンスターも出ない。冷静に考えれば、かなり安全な状態だな。
最前線の空気に当てられたな。
もう少し、気楽に行きますか。




