小屋から始まり主従契約で終われ
俺とリシェルは木製の外壁を潜り、街の中へと押し入れられる。もちろん、そのまま街の中心には向かわせてもらえず、入口脇に建てられた小屋に連れてこられた。
こじんまりとした小屋は、衛兵を十人も入れれば満杯になる程度の大きさだ。床に板張りはなく地面がそのまま肌をさらしており、木々の青臭い匂いにまぎれて土の湿った匂いが嗅ぎ取れた。
ごく最近出来た小屋だな。外壁を作る為の休憩所、いや、衛兵達の詰所になるのか。
目玉だけ左右に動かして、小屋の中を観察する。最悪、物陰に隠れた衛兵に襲われる可能性もある。
肩に力の入った俺を哂うように、小屋の中はがらんとしていた。
壁際に転がる中途半端な大きさの丸太が、二、三個。恐らく外壁の余りだろう。他は隅に食べ残しのカスと、薄汚れたリネンが何層もの層をつくっていた。
人が隠れるスペースはない。
「その辺の丸太に座るでござる」
俺達は背後に立つ少年に促され、適当な丸太に腰を下ろす。
少年は俺とリシェルの前でしゃがみ込んだ。
さりげなく、少年の足元を見る。予想通り、わずかにつま先が浮いているように見える。
俺達が暴れだしたら、後方に倒れてでんぐり返し。距離を取ってから反撃か。
「食事の前に確認したい事があるでござる。申し訳ないが、これも規則の為、付き合って頂きたい」
少年が頭を下げる。今度は先ほどと違い、首を少し曲げただけだ。
頭を下げるのにも種類があるのか、それとも、こちらを警戒してなのか。くそ、東国の風習なんて殆ど知らないから、判断のしようがない。
これは迂闊な事をやったら一発で終わるつもりで対応しよう。欲は出さず、無難に乗り切る事が第一だ。
「はい。かまいません」
「いいわよ。さっさと済ませて」
リシェルも同じ判断をしたのか、俺に続いて素直に頷いてくれた。
「拙者としては不要と思うのでござるが、ポンタ殿は秘密作戦中でござって、その存在は秘匿とされておるのでござる。その為反応が過敏になってしまい、真にもって申し訳ないでござる」
この確認やさっきの衛兵の態度はそれが原因か。
それにしては、衛兵の顔色は警戒や疑いじゃなかった。あれは恐怖だよな。
どういう事だ?
言ってる事に筋は通っているんだが、細かく見ていると粗がある。大体、本当に確認なら、この少年一人という事はないよな。こっちが抵抗する事を考えて、後二人、いや三人以上待機させるはずだ。
駄目だ。余計な詮索はやめよう。情報が少なくて、いくら考えても妄想にしかならない。
俺は内心の疑問を隠し、人当たりの良い笑顔で頷いた。
「そういう事情なら、仕方ないですよ」
「ま、早く済ませちゃって」
「うむ、それでは聞きたいのだ、ぶっちゃけ、ポンタ殿は人間だと思うでござるか?」
空気が真っ白に変わった。
あー、凄いのが来たな。とは言え、あのオーク顔のオークを見たら、誰でもそう思うよなぁ。
「確かにあの色物系は最初見たら度肝を抜かれますね。けど、人間ですよ」
俺は苦笑いを浮かべながらも、人間の部分に力を入れる。少年の目がスッと細くなった。
「ほう、南方から来たものを人間と言い切るのでござるな」
ああ、そっちか。てっきり、あの阿呆みたいな外見の事を言ってるのかと思った。
そういう事なら、答えは決まってる。
「南方から来ても、あいつは人間です」
これは譲れない。いくら外見がアレでもポンタはいい奴だ。
誰かを助けたい。誰かを癒したい。その気持ちだけで、勇者になるぐらい優しい奴が人間じゃなかったら、誰が人間だって言うんだ。
少年の表情が緩む。
「オヌシの心根は真っ直ぐでござるなぁ」
「普通です。感心されることではないです」
「いやいや謙遜は不要でござる。まったく、皆がオヌシの様であれば、良かったのでござるがなぁ」
どこか疲れた風情で少年は肩を落とした。
どうしたんだ?
リシェルも少年に態度に疑問を持ったのか、首を傾げていた。
俺達の疑問に気づいたんだろう、少年は取り繕った笑みを浮かべて喋る。
「こちらの者達は、拙者やポンタ殿の様に外から来たものを一段下に見るでござる。情けない事に兵の中には心無い陰口をたたくものまでいる始末」
「それは仕様がないでしょ」
嘆かわしい、と大きなため息を吐く少年を、リシェルさんはバッサリ一刀両断しました。
おーい、リシェルさん。俺達の処遇はこの少年の胸三寸だって忘れてませんか?
「生き方が違えば、規律が変わるわ。こっちに来て、そっちの規律を押し通せば、わたし達から見て無作法に見えるんだから」
「いや、まったくその通りでござる。だが、共に戦う仲間に対してもそれでは、少々さびしいでござろう?」
「そうですね。ポンタは見た目で誤解されますけど、中身はいい奴です。いつまでも正当に評価されないのは、ちょっと元仲間としては嫌ですね」
俺が少年に同意すると、少年は嬉しそうに頬を緩めた。
「そうでござろう。そうでござろう。汝ならそう言ってくると思ったでござる」
「ハハ、それ位、当然ですよ」
俺と少年、どちらからともなく、笑い声がこぼれ出た。辺りの空気が軽くなる。
退屈そうに眼を細めたリシェルが頬杖をついたまま、脇から口をはさむ。
「で、確認は終わったの? 終わったんなら、さっさと食事にしてほしんだけど」
「うむ、確認は終わりでござるが、折り入って頼みたい事があるでござる」
少年が居住まいを正す。
こっちが本題か。それも他の衛兵には聞かれたくない類だな。一人で俺達の相手をしているのは、その為だろう。
俺は気合を入れなおして、少年の頼みに耳を傾ける。
「この先にある砦へ同行して頂けないでござるか?」
この先にある砦。つまり北にある砦の事だ。今は魔族との戦争の最前線になっている場所だな。
そんな所に、どうして俺達を連れていきたいんだ?
兵力が必要なら、俺とリシェルに声はかけない。
俺はリシェル曰く、歩き方で分かる程度の弱さ。
リシェルは勇者と同じ位強い。やり方次第では、戦局を左右するかもしれない、しかし少年はリシェルが魔族だと知らない。普通の紋章持ちだと思っているだろう。
普通の腕が良い紋章持ちなら、さっきまでいた門の前に傭兵がいる。質、量共にそろった彼らでなく、リシェルを選ぶ理由がない。
となると、ポンタ関係で何か理由があるのか? ポンタの知り合いでなければならない理由があるんだろうか。
「砦へ?」
俺が眉間にシワを寄せると、少年が理由を言う。
「砦に補給物資を運搬したいのでござる」
そんな事を俺とリシェルに頼むか、普通?
補給の護衛にはそれなりの人数が必要だ。見張り、見回り、斥候を一日中こなす。少人数でやれば、睡眠不足や疲労で二日と経たずに根を上げる事間違いなし。
どう考えても衛兵や傭兵達に頼んだ方が確実だ。
話がうさん臭くなってきたな。
「それ、軍の仕事じゃない? わたし達みたいな余所者にやらせる事じゃないわ」
リシェルが探る様に訪ねると、少年は戸惑った様子もなく、あっさりと答える。
「正論でござるな。だが現状、こちらの兵で手の空いているものがおらず、かと言って信用できないものに貴重な物資を預ける訳にもいかず、困っておるでござるよ。どうしても、信用できる者が必要なのでござる」
「なんで俺達なんですか? さっきも騒動起こしてますし、信用される事はやっていないと思うんですけど」
「いや、拙者ら外の者にも偏見がなく、ポンタ殿の知り合いとなれば、信用に足るでござる」
変な信頼だな。ポンタの事位で信用しすぎだろ。
もしかして、こいつ。人を疑えないタイプの馬鹿か?
俺の失礼な思い付きに対して、少年は斜め下の答えをくれた。
「何せ。お二人とも、かの勇者試験でポンタ殿と共に戦った方でござろう?」
「え?」
「はい?」
寝耳に水な事実に俺とリシェルは目を丸くする。
て、リシェル、なんでお前まで驚いてるんだ。自分の事だろっ!
「いや、いや、隠さなくてもいいでござる。オヌシら勇者 ヒルデルカ殿と荷物持ち カール殿でござろう。お二人とも信に足る人物だと、ポンタ殿が良く話されおったでござる」
あー、そういう勘違いか。確かにあり得るよな。
俺の疑問は綺麗さっぱり解けて流れた。
俺の名前はポンタの手紙に書いてあったし、衛兵も知っていた。そして少年はポンタから勇者試験について聞いていたみたいだ。そこから、俺がポンタと一緒に戦った一人だと察したのだろう。
そして、荷物持ちの俺が前線に若くて腕の立つ女と一緒に来た。
若くて、腕の立つ、女で、尚且つ戦争じゃあ足手まといにしかならない荷物持ちの俺を連れている。ここまで条件がそろえば、ヒルデルカと勘違いされても可笑しくはない。
ヒルデルカは俺より一つか二つ年上だが、勇者試験で仲間だったもう一人の勇者 アースタに比べれば何倍も若い。そして勇者なら前線に来ても可笑しくない。その時、勇者試験で仲間だった俺を連れてくる事も考えられない事態じゃない。
少年の読みは、少ない情報から繋げたにしては鋭いものがある。
でも、残念だったな、少年。こいつはヒルデルカじゃない。
そのヒルデルカさんと喧嘩ばっかりしてたリシェルさんです。
「……ハッ! ちょっと待った! その誤解は酷過ぎるわ。なんでわたしがあんな男言葉交じりの筋肉ガテン系姉ちゃんと一緒になるのよ」
暫く、目を白黒させていたリシェルだが、少年の誤解が頭にしみ込んだのだろう。唾を飛ばして抗議する。
本当にヒルデルカの事、嫌いなんだなぁ。いくら真実だからって、もっとこう、言い方があるんじゃないか。
「え?」
リシェルに唾を飛ばされた少年は、捨てられた孤児の様な目を俺に向ける。
俺は絡みつく少年の視線を首を横に振ってほどく。
「こいつはリシェルでヒルデルカじゃありません。ヒルデルカは今頃、聖女巡礼の護衛をしているはずです」
「え?」
少年が今度はリシェルに視線を移す。リシェルがはい、イエス、ウィと頷く。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇぇぇえぇぇぇ」
腰を浮かせた少年が、頭を抱えて絶叫する。
暫く、そのままの格好で固まっていた少年だが、落ち着いたのか、手近な丸太に腰を落とした。
「手紙にはカール殿の名前があって、その隣にいる気の置けない若い女性なので、拙者てっきり……」
頭を抱えて呻く少年に、俺は多少同情する。
同じ情報だけで先読みしようとしたら、俺も同じ間違いをしていたに違いない。
「その条件だけなら、合致するな」
「はなはだ不本意ね」
俺のフォローに、リシェルは苦々しい顔になるが、否定はしない。
「ま、まぁ、それでも話は変わらないでござる。どうか、拙者に協力して頂けないでござるか?」
「うーん、さっきも言ったけど、それ軍の仕事じゃない。わたし達にメリットはあるの?」
「正直、大きなメリットを示すことはできんでござる」
「最前線の砦に行くのに、それはちょっと……」
流石にそれでは頷けない。砦に行く必要はあるが、簡単に頷いてしまえば、悪い前例にしかならない。
ここで俺とリシェルが抵抗もなく少年からの依頼を受ければ、それが実績として残る。軍はその実績を盾に他の紋章持ち達と交渉するだろう。荷物持ちと若い女の紋章持ちは云々、と言ってだ。
物事には適正価格がある。それは親の手伝いから、開拓まで全てにおいてだ。それを自分の都合だけで潰すわけにはいかない。
潰せば、ギリギリで商売をしていた沢山の人達が路頭に迷うだろう。
そんな事の片棒は担げない。
「しかし、このまま補給がなければ、砦に居るポンタ殿は飢えて死んでしまうでござる」
そう言われると俺は困る。
チラリと横目でリシェルを見ると、わずかに上半身引いた。
受けるかどうかは俺に任せるという事か。
ここまで連れてきた事に対する恩返しなのかもしれないが、ありがたい。
ここラネージュから北に進めば、二週間もしないうちに魔族の軍とぶつかるだろう。北に一週間歩いた砦が最前線になっているのだ。どれだけ遠くても、それ以上の距離は開けていないと思う。
その程度の距離ならリシェル単独でも帰れる。この話に乗っても乗らなくても大した差はないのだ。
だったら人間側を不利にする為この話を断った方が、魔族のリシェルとしては都合がいいはずだ。
その都合を曲げてくれている。これ程ありがたい事はない。
「カール殿、そしてリシェル殿、卑怯を承知でお頼み申すでござる。ポンタ殿を、いや、砦におる多数の兵を助ける為に、そのお力貸して頂けないでござろうか? お二人のご安全は拙者が守り通すと約束するでござる」
少年が再度、大きく頭を下げた。
確実に砦に入れる保証。移動にかかる諸費用の負担。砦の補給による人間側の戦力上昇。
この話、俺にはメリットしかない。受ける事は確定だ。
問題は落としどころだな。
移動にかかる諸費用は全部向う持ち。往復二週間と砦での滞在期間……二日か三日位だろうから、拘束賃として一人当たり銅貨二、三枚までは確定だ。多少ぼってるが、普通の旅ではなく最前線への移動だ。高くしても問題ないだろう。
「そうですね。往復の移動にかかる諸経費は軍持ちで、拘束賃として銅貨五枚」
「移動費は構わんでござるが、拘束賃は可笑しくないでござるか? オヌシはポンタ殿に会いに来たのでござろう。そうでなければ、こんな前線に荷物持ちが来るとは思えんでござる」
「偶々、こっちに用事があったから寄ったにすぎません」
俺は微笑みを崩さないまま、平然とした口調で言った。
この辺りの面の皮は、人一倍厚いつもりだ。そうでなくちゃ、やり手の商人や紋章持ち達に尻の毛まで抜かれてる。
「同業者達との兼ね合いがあります。拘束賃は頂かず、受ける事はできません。悪しき前例となりかねませんから」
少年は顎に手をついて、虚空を見上げる。この申し出の損得を計算していんだろう。
相場を知っていれば、値段交渉が入るかもしれないが、受けない道理はないはずだ。
「その条件を加えて、上とは掛け合ってみるでござる。ただ、あまり期待なさるなでござる。こちらも無用な出費が出来るほどの余裕はないでござるからな」
「いえ、上に掛け合って頂けるだけで十分です」
ここまでは軍の負担だ。それとは別に、少年からも対価を貰う必要があるんだが、さてどうする。
正規のルートを通さない横紙破りな依頼で、しかも他の傭兵を無視して荷物持ちに話を持ってきた。俺とポンタが知り合いだと言う事を加味しても、それなりのものを貰わなくては割に合わない。
しかも、貰うものは相手に痛みがなくては駄目だ。相手が価値を見出し、俺が欲しいものを貰うから、この横紙破りが普通は許されないものだと、周囲にも自分達の目にも見える。
「それと、今回の件は非正規の方法で依頼がされています。軍の上層部、今雇っている傭兵や紋章持ち。彼らを全く無視した話です」
「その通りでござるが、拙者から話を通す故、カール殿が心配することはないでござる」
少年は、任せよ、と薄い胸板を叩く。
もしかして、と思ったが、分かってなかったか。そういう問題じゃないんだ。
「話すだけでは駄目です。今回の一件が特殊である事を内外に知らしめる必要があります。そうでなければ、彼らの面子が立ちません」
「ん、んん。確かにそうでござるな。では、どうしろと言うでござるか?」
「一時、今回の依頼中だけ貴方の私兵として、雇ってください」
少年の私兵となれば、言い訳は立つ。主人が受けた任務に、私兵がついてく事は可笑しなことじゃない。むしろ当然だ。傭兵達にしたって、軍に雇われるのは傭兵団の団長で、以下は私兵と言う扱いになる。それと同じ事をするだけだ。
「しかし、拙者はオヌシらを雇えるほどの金を持っておらんでござる」
少年が眉をハの字にした弱り顔で、俺とリシェルを見る。
金がないのなら、あれしかないか。金で解決できれば一番だったんだが、仕方ない次点でいくか。
「そこは俺達が貴方の強さに惚れこみ、下についた事にして下さい。あくまで対外的な話になりますが」
「なるほど、弟子入りみたいなものでござるか。それなら……ん」
俺の言葉で明るさが戻った少年の顔が再び曇る。
あ、気づかれたか。
「そうなると、拙者はオヌシらに稽古をつけなくてはいけないでござるな?」
「はい。いくら振りとは言え、周囲にきちんとした主従関係がある事を示す必要があります」
俺は素直に頷いた。これが少年が俺達に払う対価だ。
自分の戦闘技術をタダで、しかも見知らずの奴らに教える。それは技術の秘匿性を薄れさせる。早ければ数年後、遅ければ百年以上後、少年の持つ技術は普遍的なものとなり、対策が取られてしまう。
それは少年の弱体化と同義だ。だがそれ位の対価は必要だ。
それに戦闘技術の向上は、今の俺にとって課題の一つだ。出来る機会を逃したくない。今は戦争中だし、戦争が終われば職にあぶれた紋章持ち達が出てきて、治安は悪くなる。そんな時、一人でも逃げられるくらいの強さは絶対必要だった。
暫く悩んでいた少年だったが、覚悟を決めたのだろう。鋭い目つきで俺を見据える。
「その条件でお願いするでござる」
少年が大きく頭を下げた。俺も合わせて頭を下げる。
頭を上げた俺は、一つ、疑問に思っていた事を訪ねる。
「ですけど、俺達が護衛に回らなくて、意味があるんですか? と言うか、二人増えた位じゃ、兵が足りないんじゃないですか?」
「そこは大丈夫でござるよ。拙者がお二人を連れて上に進言したならば、必ずや上も動いて頂けるでござる」
少年の口角が吊り上がった人の悪い笑みを浮かべる。
何か悪い事を考えているんだろう。
「それでは拙者について来るでござる」
丸太から腰を上げた少年は、何かを思い出したように中腰で止まった。
「まだ、名を申しておらんでござった。拙者の名はジョウゲン、これから暫くお力を借りるでござる」




