聖女と聖域と背中
魔族の狙い。それは聖女様を誘拐して、人間と魔族の戦争をより激しく、後の引けないものにする事だ。
だが、ちょっと待て、それは本当に正しいのか?
聖女様を魔族に誘拐されれば、面子を潰された光神教が魔族を全滅させようとする。確かにその通りだろう。
でもそれは、別に聖女様を殺害しても同じだ。
いや、寧ろ、その方が都合が良い。聖女様を殺されれば、誘拐された聖女様を取り戻して終戦と言う終着点がなくなる。それこそ、お互いが全滅するまで殺しあうしかない。
戦争を過激化したいだけなら、その方が簡単だし確実だ。
「聖女様を誘拐するなんて面倒くさい事を企てるより……その、もっと楽な方法があるんじゃないかい?」
ヒルデルカは一瞬、聖女様を見て言葉を濁したが、その意味はここにいる全員が理解したようだ。
全員、眉を寄せて唸っていると、コーズが自身なさそうに言う。
「それは聖女様を味方にできる自信があるからじゃないかな?」
「どういう事だい?」
「ええ、と、なんて言うのかな。例えば、例えばだけどさ。聖女様が魔族に誘拐されて、向うで暮らし始めたとするよ。そうしたら、向うの知り合いとかも出来るよね?」
こっちを向いたコーズに頷く。
「多分な。侍女なのか、友達候補なのか、その他の何なのかは分からないが、誰とも知り合わない事はないだろう」
「だよね。そうなったら、聖女様が魔族にもお恵みを与える、と思ってるんじゃないかな。そうなったら、魔族も光神教の信徒になるから、光神教を味方にできると思ってるんじゃないかな?」
成る程、実際に聖女様が魔族にお恵みを与えるとは思えないが、可能性はある。聖女様を誘拐して全面戦争になれば、魔族は全滅するんだ。そうならないように、人間側の攻撃の手を緩める方法も考えていて可笑しくない。
もし、仮に、万が一にもないと思うが、聖女様が魔族を擁護するような発言をしたらどうだろう? 光神教の信徒は動揺するし、中には非戦論を掲げる奴らも出てくるはずだ。
しかも相手は聖女様だ。こっちとしては手荒な真似はできない。
問題は聖女様が魔族を擁護するほど心変わりされるかどうかだが、その辺を魔族は楽観視しているのかもしれない。元々、全面戦争できればなんでも良さそうな相手だ。心変わりできれば良し、出来なくても全面戦争になるから良し位に考えているのかもな。
ありえる話だな。
「それは無いわ」
しかしコーズの説を否定するリシェル。
「魔族には黒神の信仰者もいるから、全員を光神教の信徒には出来ないわよ」
「あんな邪神を信仰しているのか。流石、魔族、未開の原人の様な奴らだ」
嫌悪感を滲ませたレティシア様が吐き捨てる。
黒神と言うのは聖神と共に世界に存在する二大神だ。
聖神が祈りと願い、理知と情愛の具現者であるならば、黒神は欲望と渇望、暴力と憎悪の具現者だ。
二つの神は神代の時代から既に三期に渡る戦いの末、聖神が黒神を打ち倒し、この世に光と平和をもたらされた。その戦いは苛烈を極め、時には聖神が破れ封じられ、また時には黒神が敗北し逃走している。正に不倶戴天の天敵同士である。
それぞれの信徒も同じように犬猿の仲だ。たとえ聖女様が改宗を薦められても、黒神の信徒が光神教に下る事はないだろう。
残念そうにコーズが肩を落とす。
「そっか。それにしても、詳しいねリシェル」
リシェルの顔がしまった、と言うものに変わった。
俺も顔の筋肉が強張る。
くそ、コーズの奴、いつもは抜けてるくせに、いらない時だけ妙に鋭い。
「昔、魔族と取引のあった商人から聞いたのよ」
「へー、それじゃ魔族について詳しいんだ」
「ま、まぁ、コーズよりわね」
額に脂汗を滲ませたリシェルが、引きつった笑みをつくる。隠し事している感がありありだ。
おーい、グリン、早く戻って来てくれ! このままじゃ、バレるよ。絶対バレるよ。
「へー、そっか」
そんな俺の不安をよそに、コーズはあっさりと信じたようだ。
ふぅ、コーズがお人よしで良かったぁ。
「それじゃあ、魔族に詳しいリシェルはどう考えてる?」
と思ったら、まだ続きますわよ危機的状況。聞いたコーズに悪気がないのが、逆に腹立たしい。
頼むリシェル。無難に答えてくれ。
俺は祈る気持ちで、リシェルを見つめる。
「そうね。今、考えているのは、実は聖女様の誘拐を目的としてなかった可能性ね」
「は、そりゃどういう事だい?」
目を丸くしたヒルデルカが問い返す。
「さっきの話でも出たけど、わたし達が街道から山に逃げる時、後詰が出なかったわ。けど、それって可笑しくないかしら? ここは魔族にとって敵陣のど真ん中よ。そんな所で聖女様の誘拐を狙っていたんだから、万に一つも失敗は許されないわ。当然、山に逃げられる事も考えていなくちゃ可笑しいわ」
「それは山に逃げられたら追跡するつもりだったんじゃないのかい? 山の中に不慣れな聖女様なら、逃げてもすぐに捕まえられると思ってたとかね?」
「はっ、ヒルデルカ。そんな楽観的な事考える馬鹿なんて普通いないわよ。聖女様が一人で逃げるなら、必ず護衛が、それも強い護衛がつくでしょう。例えば、勇者とかね。そいつに運んでもらえたら、移動速度なんて幾らでも上がるわ。それを予想してなかったとは思えないわよ」
確かに、式典まで行って勇者が護衛に着く事を宣伝してたんだ。それが偶々、魔族の耳に入らなかったなんてのは考えづらい。
「それじゃ、あそこで誘拐しきれる確信があったんじゃないかい? あたい達の粘りが予想以上だった可能性だよ」
「それはあるかもしれないわね。だけど、二度目の土砂崩れからわたし達が聖女様を助けるまでに随分と時間があったわ。そしてその間に、コーズの仲間が援軍に来ている。普通ならこの時点で、何らかの対策を考えるはずよ」
「ん、んん~~~~」
ヒルデルカが押し黙る。
「だから、わたしはこう考えたの。あの場で聖女様を誘拐する事が目的じゃなくて、聖女様以外に足止めさせる事が狙いだったんじゃないか、てね」
どういう事だ? それじゃあ、近衛兵や勇者達とその仲間と徹底的に戦いたかった見たいじゃないか。
「魔族の強さは今更言う必要はないわね。魔族に対抗できるのは、研鑽を積んだ限られた紋章持ちだけ、それも人数が魔族より多くて何とかなる状況よ。そこに表れた一人で複数人の魔族と戦える勇者は、魔族にとって脅威のはず。だから、その勇者を殺す事が目的だったんじゃないのかしら。聖女様の殿となれば、不利だからと言って逃げる事は出来ないでしょ」
「そうやって、逃げられないようにして、勇者を何人か殺すつもりだったと言いたいんだね?」
「ええ」
ヒルデルカの言に、リシェルが重々しく頷いた。
何処まで本気の話か知らないが、リシェルの言った事はありえない。
「勇者が死ねばその紋章は、元の安置所に戻るからそれはないぞ。安置所に戻った紋章を他の奴に渡したら、また勇者が生まれる。なりたての勇者を殺されても、国としてはまるで痛くないんだ」
リシェルの顔が崩れた。
「だね。子供でも知ってる事だけど、もしかして忘れてた?」
コーズの補足で、リシェルの頬から汗が一筋落ちる。
「嘆かわしい。経典、ガディウスの手紙二十章十六から二十九だ。演劇にもなっている有名な話だぞ。それぐらい憶えておけ」
レティシア様の呆れた視線で、リシェルの目が泳ぐ。
「はっ」
最後にヒルデルカが鼻で笑った。
「ああああぁぁぁぁあぁぁ。五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い。いいじゃないのちょっと忘れてただけでしょ。そんなに言うなら、あんた達は何か思いつくものがあるって言うの!」
「いや、あたいはそれが分からないから聞いたんだけどねぇ」
「僕はさっき言った通りだし」
「ふん、魔族の考えなぞ知るか」
三者三様の答えがリシェルを襲う。
「うー、ならカール、カールはどう考えるわけ」
頬を膨らませたリシェルがやけっぱちに聞いてくる。
「あー、そう言われても」
いきなり振られても、何も考えてないぞ。そう簡単に魔族の狙いが分かってたまるか!
「それは私の力を求めてでしょう」
答えに窮する俺の代わりに、聖女様が答えた。
「歴代の聖女には、聖神の力の一端が受け継がれています。勇者の力と同種であり、その力は世界を光で満たせる量があります。聖域巡礼とはその力に一部を各聖域へ移し、聖神の加護を与える為のものなのです。魔族はその力を求めて、私を狙うのでしょう」
聖女巡礼にそんな理由があったとは知らなかった。
だが、それなら納得できる。
光で満たせるほどの力を手に入れる為に、部下に聖女様を誘拐させて殺害する。そうなれば、聖女様の力はその魔族の元へ飛んでいく。
俺が道中の特訓で手に入れた力の何千、何万倍もの力をだ。
そうなれば、恐らく、最強の勇者コーズだって太刀打ちできない。こっちは負けるしかなくなる。
それだけの強大な力があれば魔族の意思も統一されるだろうし、こっちはこっちで光神教が何が何でも徹底抗戦をとなえる事は確実だ。
「私は力の使い方を知りません。貴方達、とくと守りなさい」
「「「「はい」」」」 「はい」
俺とコーズとヒルデルカとレティシアが同時に、リシェルが一拍遅れて返事を返した。
深々と下げた頭を上げると、
「ッガ」
レティシア様の胸から剣が突き出ていた。
飛び散った血を頬に受けながら、俺は何も出来ないでいた。
何なんだ。
何なんだ、これは?
レティシア様の背後から人影が躍り出る。手には、レティシア様の腰に下げてあった剣が握られていた。
「コーズ」
「ああ、ヒルデルカ」
白と紅の光が辺りを満たす。
敵に察知されるとか、体力配分とか、そんなものはもうどうでもよかった。
宝剣と武甲を身につけた勇者が、敵目掛けて突撃をかける。
敵が剣を振るい。
風が吹き荒れた。木々の葉を吹き飛ばし、石すらも吹き飛ばそうとする烈風に耐え切れず、俺はその場に倒れ込んだ。
どうして?
こちらが動けない間に敵は大きく後方に跳んで、距離を取っていた。その手には首を掴まれた聖女様がいる。
「動くな。動けば、この場で聖女を殺す」
コーズとヒルデルカの動きが止まる。
どうして、なんだよ。
どうして、お前がそんな事してるんだよ。
俺が助けを求め、隣を振り向いた。隣ではリシェルが同じように呆然とした顔をしている。
次第に状況が理解出来てきたんだろう。瞳に力が戻って来ていた。
俺はまだ、何も理解したくない。
「グリン、あんた何のつもり!?」
リシェルが敵に向って叫ぶ。その手にはいつの間にか剣が握られていた。
ああ、やっぱり、間違いじゃないのか。
敵はさっきまで一緒に戦って、逃げて、愚痴を言って、笑ってたグリンだった。
「聖女を純黒 サーキ・ドーミネート様に捧げます」
「過激派の頭じゃない…………そう、最初からそのつもりで今回の任務に同行したわけね」
「はい、あの死だけは納得出来ません。この任務の報酬として事の真相を教えてもらえます」
リシェルの顔が強張る。
「リシェル様もこちらへ来て下さい。今なら、何とでもなります」
「断るわ。私は剣に誓ったから、あんたは違うのグリン」
リシェルが剣の腹を正面に向けて掲げる。その双眸は真っ直ぐグリンの目を射抜いていた。
「誓いましたよ。確かに、誓いました。それでもっ! それでも、納得できないんだっ!」
グリンは血を吐くように叫ぶと、その場から消えた。
代わりに、辺りを無数の気配が襲う。
「カール、リシェル」
呆然とする俺にヒルデルカが鋭い声を浴びせてきた。
そうだ、ここにはヒルデルカやコーズ、それにレティシア様も居たんだ。
「なんだい、さっきの話は?」
「そ、それは~」
「えっとだな」
脂汗を滲ませる俺達を交互に睨みつけていたヒルデルカが背中を向ける。
「とり合えず、話は後だね。まずはこいつらを片付けるのが先さね」
紅輝武甲の輝きが増す。
「……ヒルデルカ」
「カール、レティシア様の護衛任せたよ。それとリシェル、背中はあんたに任せたからね」
ありがとう、ヒルデルカ。
まだ俺達を信じてくれる仲間に頭を下げて、レティシア様の側で剣を抜いた。
闇の中から一人、魔族が飛び込んできた。




