雨の中、拾ったのは
会社からの帰り道。公園を通り過ぎようとしたその時、どこからか声が聞こえて足を止める。少しだけ声のする方へ近寄るとしゃがみこんでなにやらぶつぶつ言っている人……だと思われるなにかがいた。遠目からだとなにか分からなかったそれに少しだけ近づくとフードを被った人だと認識できた。
……変なものとかじゃなくてよかった……と、一人で勝手に安堵しているとまた声が聞こえてくる。
「なぁーネコ。お前もそう思うでしょ。めんどくさいし、勝手すぎ…はぁ……」
しゃがみこんでいるその人は猫に話しかけていた。
とはいえ、絡まれたら面倒だわ。気づかれないように早く通り過ぎないと。そう思って歩き始めると足元に何かが触れる。下を見るとそこには猫がいた。
もしかしてさっきの人に話しかけられてた子?
「ネコーお前はその人がいーの?」
猫から私に視線を移したその人は、深く被っていたフードを少し外し、私に近寄ってきた。
「……おれもあんたがいい」
その表情はどこかぼんやりとしていて、その危うい雰囲気に私の勘が危険信号を出していた。眼鏡のレンズの向こうにある瞳は焦点があっていないようにも見えるのに、彼の目にはたしかに私が映っていて、縋るような、それでいてなにかを訴えかけるような、そんな眼差しに見つめられ、呆気にとられそうになってしまう。
「ね、一晩だけでいいから、あんたの家に泊めてほしい」
その言葉と共に手が伸びてきて、思わず一歩後ずさった。指先がわずかに震えているように見えたのは、気のせい…よね。
それにしても…いきなり家に泊めてなんて……。
「帰る家がなくてさー。このままだとここで死にそー」
離れたはずの距離がまた縮まって、抱きつかれそうになり、彼の腕を払った。
「嫌よ。見ず知らずの…あなたみたいな人を家に泊めるなんて、ありえない」
「えー……。はぁ、おれだって好きでここにいるわけじゃないのに」
うなだれながらそう言われ、それでも泊める気にはなれずどうしようかと思っていたその時、頭上から雫が落ちてきた。……もしかして、雨?
「あーあ。雨まで降ってきた。ほんとサイアク……。メガネ濡れちゃうじゃん。なーネコ……あ」
彼が猫に触れようとしゃがんでいる間に猫はどこかへ行ってしまう。
「………ネコにも嫌われた」
しゃがんで丸まったその背中に胸を締め付けられた。
さすがに、このまま放置は気分が悪いわ…。
「…一晩だけよ。いいわね?」
私がそう答えると
「え、いいの…?」
と、自分から頼んでおいて予想外の返事だったのか、きょとんとしたような顔で聞き返された。
「そう言ってるでしょ」
けれどそんな顔は一瞬で消え去り
「……ほんとにいーんだ。わーい」
今まで見せていた表情が全て別人だったかもしれないと思うほど、無邪気に笑いながら彼が私に近づいてくる。
あの表情はなんだったのかしら……と、気になったけれど、今はそんな場合じゃないと切り替え、鞄から傘を取り出した。
「ありがと、あー、おねーさん?」
「自己紹介は後。傘に入って。急ぐわよ」
「はーい。………おれが持つよ」
私が持っていた傘を彼が取り、彼の肩が触れるくらいの距離まで近づいた。近くに来ると思っていたよりも彼の背は高くて、その横顔をちらりと見上げると、キレイな鼻筋に、長いまつ毛が見え、少しだけドキリとした。けれど、すぐに
「ふわぁ〜……ねむーい……」
そんな気の抜けた声が聞こえてきて私の気までどこかに抜けたような感覚になった。
……本当に、さっきまでのは一体なんだったの……?と、そんな疑問が膨らんでいく。ぼんやりとしていたのも、指先が震えていたのも…眼差しだって…今、横にいる彼とは全然違う。家に着くまでの間、私はそのことばかりを考えていた。




