8話 さようなら
青年はまず、少年と自分の衣服を入れ替えた。
偶然にも少年の服は破れておらず、大量に血を吸い込んでいるだけだった。
そのため彼は、体についた熊の血液と共に川で全て洗い流した。
体を拭き着替え終わった後、彼は軍服を着た少年の遺体を地面に埋めた。
誰にも気付かれず、野生動物に掘り起こされないように。
墓標を立てることはできなかったが、代わりに少年が眠る場所の光景を目に焼き付けた。
更に青年は、自分が野営していた場所を音を立てずに壊し始めた。
ここに誰かがいた事は誰にも知られてはいけないから。
簡易的なテントは潰して材料を至る所に撒き散らし、鍋などの道具は土を掘って埋めた。
残したのは、自分の刀と少年から貰った和傘のみ。
どうしても捨てられないものだけだ。
気が付くと、日が沈みかけていた。
夜の森は暗くて歩くのは危険だ。
早く山を降りて、セレストの家に向かった方がいい。
だがその前に、青年は少年が居る場所へと向かった。
最後の別れの挨拶をするために。
「…………っ」
青年は一瞬拳を握りしめたが、すぐに力を抜いて手を合わせた。
そして心の中で何度も謝り、彼の死を無駄にしないと誓いを立てた。
「必ず……お前の苦しみも……全部、背負うから……」
いつの間にか心の声が漏れていたが、彼は一切気付かなかった。
できることなら時々会いに行きたいが、恐らくそんなことはできないだろう。
なにせ自分には、やらないといけないことがあるから。
だからこそ、青年は思い残すことがないようにずっと少年に語り続けていた。
すると突然、遠くから知らない男女の声が聞こえてきた。
「セレストー! どこにいるの!?」
「ここは危険だ! 早く出てきてくれ!」
青年は気配を消して、刀と傘を持って近くの茂みの中に隠れた。
そして彼らが来るのを待ち、様子を窺った。
来たのは銃を持った猟師と思われる男数人と、40代くらいの夫婦だった。
さっきの呼び声から察するに、少年の両親だろう。
家に居ないのに気づき、心配してここまで探しに来たらしい。
熊が出ても対処できるように、慎重に進みながら。
誰もが自分と少年の区別をつけられないという自信が、青年にはあった。
見た目だけでなく、髪の長さまでほとんど変わらないのだから。
だから上手く少年のように明るく振る舞えば、自分はセレストになれる。
そう自分に言い聞かせ、なるべく肩の力を抜いて笑顔を作った。
そしてひょっこりと、偶然を装って皆の前に姿を現す。
「……親父、お袋!」
「——!」
突然人が出てきて驚いたのか、猟師達は咄嗟に銃を構えた。
一瞬青年の肩が跳ねたが、必死に感情を隠してへらへらしているように見せかけた。
向こうは一切動かない。
両親も唖然としている。
青年は慌てて少年ならどうするかを考え、「あれ?」とわざと情けない声を出して目線を泳がせた。
そんな中、最初に動いたのは少年の母親だった。
彼女は咄嗟に青年へ駆け寄り、強く抱きしめた。
「無事でよかった……
居なくなったときは、どうしようかと気が気じゃなかったわ」
「——」
青年は何も言えなかった。
胸が痛すぎて辛い。
唇を噛みたい衝動を必死に我慢して、唖然とするので精一杯だった。
彼はリラックスするように何度も自分に心の中で呟き、今までで一番自然な笑みを浮かべた。
「……悪い、心配かけて。
実は大事なものを忘れちゃってさ、どうしても戻りたかったんだ」
そう言って、青年は和傘を皆に見せた。
それに反応したのは、父親だった。
「それ、お前が最初に作った傘か?
何でそのことを素直に言わなかった?
俺も母さんもどんなに心配したか分かっているのか!?」
「あはは……ごめんなさい」
すると両親は驚いて顔を見合わせていた。
多分セレストらしくない言動だったのだろう。
青年は背筋がゾッとしたが、できるだけ平然を装った。
父親は更に追い打ちをかけるように、青年が持つ刀に視線を向けた。
「それ、どうした?」
「えっ? あぁこれ?
さっきこの辺りで拾ったんだ!
ほら、ぼ——俺、軍学校に進学するじゃん?
だからその時に役に立つと思って!
あはは……」
咄嗟に言い訳を考えたせいで、かなり不自然になってしまった。
すごく空気が重く、視線が痛い。
誤魔化すのもきついかもしれないが、それでも青年は笑顔を崩さなかった。
例え、少年らしからぬ飄々とした印象を与えたとしても。
長い沈黙が流れた。
しかし少年の母親が、青年の頭を優しく撫でた。
「くまも酷いし、疲れているのね?
無理もないわ、熊に会ったばかりなんだから」
「はぁ……それもそうか。
言いたいことは山ほどあるが、もうすぐ太陽が沈む。
取り敢えず、家に帰ろう。
説教はそれからだ」
「……うん!」
セレストになった青年は、他人の母親と手を握り父親の元へと向かった。
そして呆れる猟師たちに囲まれながら、一緒にその場を立ち去った。
少年の両親は本当にいい人だ。
山を降りるまで、彼らは今日の夕飯の話や世間話をしてくれた。
怖い思いをしたはずの息子の気を和ませるために。
セレストは心の激痛で足が止まりそうになりながらも、何とか明るく振る舞った。
そのおかげか、両親の疑いの目はどんどん弱くなり、村に出た時にはもう和気あいあいと接してくれた。
セレストはそのことに喜ぶふりをしながら、誰にも聞こえない小さな声でこう呟いた。
「……さようなら、セレスト」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
本作は連載小説「黄金が再び輝く時」のサイドストーリーとなっております。
彼は一体何者で、何を目的にセレスト少年を殺そうとしていたのか?
全ては本編で語られます。
ぜひシリーズのリンクから本編を読んでいただけると嬉しいです。




