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1話 和傘職人の息子

 セレストは朝いつも、飼っている黒猫ツキに起こされる。

 すでに彼の両親は目覚めているのに、なぜかセレストにご飯を強請ってくるのだ。

 しかもセレスト以外の人がご飯をあげても、全く見向きもしない。

 だからお腹が空くと、ツキは彼の体の上でウロウロと歩き回るのだ。

 的確に、鳩尾を何度も踏みながら。


「ぐっ……ゔぅ…………やめろ、ツキ……

 起きるから、降りてくれ……」


「うに゙ゃあー」


 やっとのことでセレストが重い瞼を開けても、ツキの嫌がらせは止むことはない。

 仕方なくツキの頭を撫でてあげると、「やっと起きたか」と言わんばかりの顔をしてすぐに降りてくれた。

 そして餌やり係の様子を窺いながら、リビングの方に歩いていった。


「はぁーあ、親父とお袋が用意したもん食えばいいのに。

 一体何がそんなに気に入らないんだ? あの暴君は……」


 だがここでベッドからでないと、またツキの嫌がらせが始まってしまう。

 セレストはため息を漏らしながら起き上がり、寝間着のまま自室を後にした。



 田舎町らしい簡素なリビングには、すでに母親が朝食を準備していた。

 父親はいつものように工房で作業をしているらしく、ここには居ない。

 一方先程暴れまわっていたツキは、お皿の前でご飯を待ちわびていた。

 セレストは餌を保管している棚に向かいながら、母親に声を掛けた。


「おはよ」


「あら、おはよう。

 今日もツキに起こされたの?

 すごくふてくされてるけど」


「そーだよ……

 今日も俺の上で華麗なタップダンスを披露してさぁ。

 こいつのわがままには本当に付き合いきれないぜ」


「ふふっ、そう言いながら楽しそうに見えるのは気のせいかしら」


 セレストは嫌そうに彼女を一瞥した後、キャットフードを小さなお皿の上に入れた。

 追加で肉の小さな塊を何個か添えてから床に置き、ツキがむしゃむしゃ食べる様を眺めた。


「あ、そうそう。

 お父さんが『竹を取りに行ってくれ』って」


「へーい、飯食ったら行く」


 彼はそう言うと、食卓に座りすでに並べられている食事を食べ始めた。

 本当は家族で一緒に食べたいが、今日は近くの山に入らないといけない。

 こういう時はいつも、早めに出て日暮れまでに帰れるようセレストは早くご飯を食べてしまうのだ。

 食後、彼は着替えて腰くらいの長さのある灰色の髪を1つに束ねた。

 そして母親が作ったお弁当と道具を背負い、「行ってきます」と家族に告げて家を出た。




 セレストの家、ヴァスール一族は和傘職人の家系だ。

 今仕事を引き継いでいるのは父親だが、一人息子であるセレストはよく父の手伝いをしていた。

 小さい頃から工房に入り、和傘の作り方を教わり何度も練習を積んできた。

 11歳になった今では、骨組みに紙を貼る作業を任されることがよくある。

 だからセレスト自身も、工房に入り浸ることはしょっちゅうだ。


 だが今日みたいに、稀に材料集めを任されることがある。

 和傘を作るのに必要な紙は買っているようだが、漆と糊、そして一番重要な竹は別だ。

 全て近くの山で育った、質の良い植物を使用している。

 

 そのおかげで、ヴァスール家の傘は銃弾が当たっても壊れないほど頑丈で長持ちするという評判がある。

 都心から離れたのどかな田舎で質素に暮らしているが、顧客が多いから彼の家には余裕があった。



 しかし自分の裕福さを、両親だけでなくセレスト本人も鼻にかけることは一切しない。

 だから彼は、同じ村に住む人達にとても慕われていた。


「おう、セレスト!

 相変わらず元気そうだなぁ!

 今日は材料取りか!」


「おじさん、おはよう!

 もう腰は良くなったんだな。

 良かった、今日の収穫は程々にしろよ!」


「あらまぁ、セレストじゃない?

 いつの間にかこんなに大きくなっちゃって。

 もうお嫁さんは決まってるの?」


「おいおい、ばあちゃん。

 俺はまだ11だぞ?

 まだそんなの先の話だって」


「あらまぁ! てっきりもう18くらいになったと思っちゃったわ。

 だってこんなに背が高くて男前なんだもの。

 それにすごくしっかりしているから」


「褒めすぎだって!

 俺だって年相応の悩みと趣味を持ってるぞ!」


「……もしかして、女の子関係?」


「ちっげーよ!」


 話しかけてくる人達は近所の農家の男性や村長の女性、同い年の友達など多種多様だ。

 セレストは村を出るまで、誰かに話しかけられては軽口を叩くというのをずっと繰り返していた。

 そして大抵、山に入る時にはしゃべり疲れてしまうのだ。



 しかし今日は、ある同年代の男の子が少し真剣そうに話しかけてきた。


「そういえばセレスト、最近あの山で変な噂があるの知ってるか?」


「ん? 知らないけど」


 セレストは不思議そうに首を傾げた。

 それを見て男の子は一瞬言葉を詰まらせたが、少しだけ声のトーンを低くして話し始めた。


「……最近、あの森で一人の男を見かけたって人がいてね。

 古くなったボロボロの軍服に古い刀、そして長い髪の若い人だったんだって。

 特に何もしてくるわけではないけど、なんか不気味だったそうだよ」


「へー、軍人が彷徨いてるってこと?

 そんなの、ありえなくね?

 このあたりで戦争が起きたわけでもねぇし」


「うん、僕もそう思うんだけど……

 問題はその男の外見なんだ」


 セレストはなんのことか分からず首を傾げた。

 すると男の子はさらにトーンを低くして、相手に聞こえるギリギリの声量で呟いた。


「……お前に、すごくそっくりだったらしい」


「はぁ?」


 思わず呆れ返ってしまった。

 セレストは軍服を持っていないし、刀だってない。

 確かに11歳にしてはかなり高身長で大人びているから、大人に勘違いされることは多々ある。

 だからといって、その噂の人物が自分でないのは確実だ。

 あまりにもバカバカしすぎて、セレストは大きな声を上げて笑いだした。


「あははは! くっだらねぇ!

 それ、そいつがお前をからかおうとして作ったデマじゃねぇの?」


「うん、そうだといいんだけど……

 ドッペルゲンガーは知ってるでしょ?」


 不安そうに見つめる友達に対して、セレストはへらへらしていた。

 彼が言いたいのは、セレストにそっくりな人物がセレスト本人に成り代わろうとしているということだ。

 その際相手は本物を殺してしまうというおまけ付きで。

 だが、あくまでもただの怪談だ。


「あはは、大丈夫だって! 心配しすぎ!」


 セレストは笑いながら男の子の肩をぽんと叩いて、彼の暗い気持ちを冗談として吹き飛ばそうとした。

 男の子は少し不安そうな顔をしていたが、その気持ちを口に出すことなく「行ってらっしゃい」とだけ言った。

 セレストはそんな彼に明るく返事をすると、そのまま山の中へと入って行った。

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