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元パワハラ部長、転生したら最弱貴族でした 〜白もふ神獣と始める異世界放浪生活〜  作者: 桔梗


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2/2

嫌われ令息ですが、何か?

「レオン様なら、きっと素晴らしい従魔を召喚なさるでしょうね」


その声に、笑いを堪える響きが混じっていた。


俺は振り返らなかった。

振り返れば、そこで終わりだ。

相手の顔を見た瞬間、言い返したくなる。

言い返せば、また「乱暴者」「癇癪持ち」「貴族の恥」と陰で囁かれる。


もっとも、今さら評判など気にしていない。

なぜなら、俺、レオン・アズラエルは、すでに嫌われ者だからだ。


公爵家の次男で、年齢は十二歳。


血筋だけなら立派な貴族の子息だが、魔力量は兄たちの半分以下。

剣の腕も平凡で、礼儀作法は最低。

おまけに口が悪く、気性も荒い。

使用人たちは俺が廊下を歩けば目を伏せ、兄たちは俺を見下し、父は俺を失敗作のように扱う。


屋敷の人間は、俺のことを陰でこう呼ぶ。

”狂犬レオン”ーー悪くない。

犬は好きだし。


ーーそして、今日。


貴族の子どもにとって、一生を左右すると言われる従魔召喚の儀式が行われている。

俺が立っているのは、この国の神殿にある召喚の間だった。


十二歳になると従魔召喚の儀式が行われるのだが、貴族にとって、従魔召喚は成人前の通過儀礼である。

召喚された従魔の格は、そのまま将来の評価に繋がる。


魔獣を召喚すれば有望株。

精霊を召喚すれば天才。


では、何も呼べなかった者は?

答えは簡単だーー。


神殿の床には古い魔法陣が刻まれている。

壁際には父と母、二人の兄、そしてその他大勢の貴族たちが並んでいた。


(ここは、見世物小屋か?)


俺は心の中で舌打ちした。


***


ーー黒瀬真人。


それが、前世の俺の名前だった。


大手食品メーカーの営業部長。

結果がすべて。数字がすべて。使えない奴はいなくても同じ。

そう信じて、部下を詰め、追い込み、黙らせてきた。


そして最後は、愛犬を庇ってトラックに轢かれた。

そのハクを抱きしめたところで、俺の人生は終わった。

終わったはずだった。


次に目を覚ました時、俺はこの世界の赤ん坊になっていた。

貴族の三男で、前世の記憶持ち。


いわゆる転生者だーー。


普通なら、ここから人生やり直しの第二幕だろう。

だが、俺は変われなかった。

赤ん坊からやり直した程度で、魂が変わらなければ、世界が変わっても結局同じみたいだ。


社内でのあだ名は、”地獄の黒瀬”。

そして今世でも、俺は見事に嫌われている。


前世で使えない人間を切り捨ててきた男が、今世では使えない人間扱いされている。

因果応報というやつだろうか。

神様とやらはどうにも悪趣味すぎる。


「レオン・アズラエル。召喚陣の中央へ」


俺は召喚陣の中央に立つ。


足元の紋様が淡く光った。

円の外では、すでに召喚を終えた貴族の子どもたちが、それぞれの従魔を連れている。


炎をまとった鷹。

角のある黒馬。

白く大きな大蛇。


どれも貴族らしく、見栄えがいい。


中でも、一番注目されていたのは俺の兄、ギルバートだった。


アズラエル家の長男。

金髪碧眼。

品行方正。

魔力も高く、父のお気に入り。


二年前の従魔召喚の儀式で、ギルバートが召喚したのは、紅蓮鳥エリュートと呼ばれる炎属性の鳥だった。

羽ばたくたびに火の粉が舞い、周囲の令嬢たちがうっとりしていたのをよく覚えている。


「レオン。せめて虫より大きい魔獣を呼べるといいな」


「兄上こそ、その鳥に頭を焼かれないようお気をつけください。中身が軽いと、よく燃えそうですから」


兄の笑みが固まった。

周囲が息を呑む。

だが、俺は気にしない。


こういうところが嫌われるのだと、よくわかっている。

だが、わかっていることと直すこととは話が別だ。


神官が眉をひそめる。


「静粛に。これより、レオン・アズラエルの召喚の儀を始める」


俺は右手を前に出す。


神官に教えられた通り、召喚陣へ魔力を流し込む。

体の奥にある、ぬるい水たまりのような魔力を押し出す感覚があるが弱い。


自分でもわかる。

兄たちが川なら、俺の魔力は雨漏りだ。

天井の隅から、ぽたり、ぽたりと落ちる程度だ。


召喚陣の光も弱かった。

周囲から、くすくすと笑い声が戻ってくる。


神官でさえ、困ったように咳払いをした。


「レオン・アルベール。残念ながら、召喚は――」


その言葉は、最後まで続かなかった。


召喚陣の中心に、小さな白い光が灯った。


最初は、淡く、頼りなく、今にも消えそうな光。

けれどその光は、ゆっくりと膨らんでいった。


大広間の空気が変わる。

笑っていた者たちが、ひとり、またひとりと口を閉じた。


白い光は、瞬く間に広がっていった。


光の中に、何かがいる。

それは、小さな影だった。


四本の足。

丸い耳。

ふわふわの毛。


そして、雷のような光の雨が降り注いだ後、そこに現れたのは、一匹の白い仔犬だった。


「……犬?」


誰かが呟いた。


次の瞬間、大広間にまた笑い声が起きた。


「犬だ!」

「落ちこぼれが犬を召喚した!」

「しかも子犬じゃないか!」


貴族たちは笑っていた。


兄も笑っていた。

父は額に手を当てている。


だが、俺には何も聞こえなかった。


白い仔犬は、召喚陣の中央でゆっくりと顔を上げた。


雪みたいな毛。

黒く澄んだ瞳。

少し間の抜けた、けれど妙に賢そうな顔。


その目を、俺は知っていた。


忘れるはずがないーー。


「……ハク?」


白い仔犬の耳が、ぴくりと動いた。


そして次の瞬間、仔犬は俺に向かって駆け出した。

短い足で、大理石の床を滑りながら、一直線にこちらへ走ってくる。

俺の胸に飛び込んできた白い毛玉を、反射的に抱きとめた。


温かくて、とても柔らかい。

それは、前世の最後に腕の中にあった温もりと、同じだった。


「ハク……本当に、ハクなのか」


仔犬は俺の顔を見上げた。

それから、嬉しそうに尻尾を振った。


「そんなものを召喚して喜ぶとはな」


兄の声が聞こえた。


その瞬間、ハクの体がぴたりと止まった。

俺の腕の中で、白い仔犬がゆっくりと兄の方を向く。


小さな喉から、低い唸り声が漏れた。


<ぐるる>


ハクの唸り声に反応するかのように、大広間の魔石灯が一斉に揺れた。


床に刻まれた召喚陣が、再び光を放つ。 

白銀の輝きが、ハクの体を包んだ。


ふわふわの毛が淡く輝くきだし、額に、月のような紋様が浮かび上がる。

神官が、信じられないものを見たように目を見開いた。


「まさか……」


その声は震えていた。


「白銀の毛並み。額の聖月紋。魔力ではなく、神気を帯びた獣……」


神官はその場に膝をついた。


白銀神狼アルリュオス……!」


 ざわめきが、大広間を駆け抜けた。


白銀神狼アルリュオスだと?」

「神獣ではないか!」

「伝説上の存在だぞ!」

「王家でも召喚できなかった神獣を、なぜあの落ちこぼれが……!」


さっきまで笑っていた貴族たちの顔から、血の気が引いていく。

兄の紅蓮鷹が、突然翼をたたみ、ハクを見るなり怯えたように床へ伏せる。


他の従魔たちも同じだった。

黒馬も、大蛇も、まるで王の前に出た臣下のように頭を下げている。


ハクは俺の腕の中で、ふんす、と鼻を鳴らした。

その得意げな顔に、俺は覚えがあった。

前世で、散歩中に近所の小型犬を追い払った時と同じ顔だ。


「おまえ……神獣になっても、そこは変わらないんだな」


俺が呟くと、ハクはまた尻尾を振った。

 

父が一歩前へ出た。

その声は、さっきまでとは別人のように柔らかかった。


「レオン」


俺はハクの毛に顔を埋めたまま、父を見た。

父は笑っていた。

初めて見る顔だった。


「よくやった。お前は我が家の誇りだ」


”誇り”だと?


さっきまで失敗作を見る目をしていたくせに。

神獣を召喚した途端、誇りかよ。

俺はゆっくりと起き上がった。


「レオン様、先ほどは失礼を――」

「素晴らしい召喚でしたわ」

「ぜひ我が家とも親しく――」


手のひら返し。

見事なものだ。

ここまでくると、もはや職人芸である。


父も、兄たちも、誰ももう俺を見下していない。

だが、その目が見ているものは明らかだった。


ハクの力、神獣という価値、アズラエル家にもたらされる名誉ーーそれだけだ。


「この神獣は、我が家の宝となる」


その言葉に、ハクの耳がぴくりと動いた。


「我が家の宝?」


俺は父を見上げた。


「違いますよ、父上」


部屋が静まり返る。


俺はハクの頭を、慣れた手つきで優しく撫でた。

前世で何度もそうしてきたように。


「こいつは俺の相棒です」


ハクが、嬉しそうに目を細める。


俺は続けた。


「家の道具なんかじゃない」


父の顔から笑みが消えた。

兄たちが息を呑む。


「ハク」


俺が呼ぶと、白銀神狼は尻尾を振った。


「行くぞ」


どこへ、とは言わなかった。

まだ何も決めていない。

だが、このままここにいれば、このくだらない家族にハクは利用されてしまう。


ーー公爵家のため。

ーー領地のため。

ーー名誉のため。

ーー王国のため。


きっと、いくらでも理由をつけられる。


冗談じゃない。

前世で最後に俺が願ったのは、ハクを守ることだった。

今世でも、それは変わらない。


背後で父が叫ぶ。


「待て、レオン! どこへ行くつもりだ!」


「今までお世話になりました」


それだけ言って、俺は振り返らなかった。


ハクさえいれば、家も名誉も、周囲の評価も何もいらない。

背後では、父上や神官たちがまだ何か叫んでいる。


そんなこんなで、俺はこの日、家族を捨てることにした。

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