狐は化かす
ゆったりとした赤い着物を揺らしながら、女が嗤う。
緩やかに編まれた小麦色の、足首まで覆える長い髪。三日月のように笑む金の瞳。艶やかな弧を描く口元に指を当てる仕草は色気すら孕んでいて、その様はどう見ても男には見えない。
セルヴィスをさっきまで嬲っていた男は、今や完璧に美女だった。
「見事に騙されてくれましたねぇ。こうも見事にひっかかってくれると、騙しがいがあるというものです。」
上機嫌にほざく狐耳の女。さっきまでと態度も雰囲気も、ましてや性別まで正反対。甚振られて死ぬ覚悟までしていた身としては、その急激な変化に直にはついていけない。
「……ちょっと待ってくれないか。あんた、さっきの男だよな? 試すって、どういう事だよ。」
「あら、物分かりが悪い子。」
クスクスと微笑う姿は色っぽい。色っぽいけど、あの男だと思うと『ドキッ』より『ムカッ』しか感じない。
「つまりですね。リリアーナの墓や家、そしてリリィをこれからも任せられるか試させてもらったんですよ。だって私は貴方の事を遠くから見てはいても、直接は知りませんから。本音をどうしても聞きたかったんです。」
「本音?」
「えぇ。リリアーナの墓参りは欠かさずしていたけれど、それだけではあの子をどれだけ大切にしているかはわからないでしょう? 生半可な者に任せる事はできません。……あぁ、許せないってのは本当ですよ? 貴方がいなければリリアーナは死なずにすんだのは事実ですから、傷を負わせて死んでも良いと考えていました。」
「……っ」
一応手加減しましたけどね、とサラリと微笑むけれど、その目は本気だ。今も容赦なく言葉で切り刻んでくる。
言われずともわかってる───自分でも何度も考えたんだから。考える度に胸に刻まれた見えない傷を、的確に抉られて唇を噛んだ。
この時、俯いていたオレは気づかなかった。ナギがオレの事を一瞬、酷く痛々しい者を見る目で見ていた事に。
「……でも、貴方が本気でリリアーナを慕っているのは理解しましたよ。捻り殺したいほど腹は立ちますが、認めてはあげましょう。なにせ弱っちい人間のくせに、頑として出ていこうとしませんでしたしねぇ?無様な姿に免じて許してあげます。 ────リリアーナと一緒に暮らしていたのが男だと知った時の顔なんか、嫉妬丸出しで、特に無様で笑えましたし?」
「……はぁ!?」
後半、何故かオレだけに聞こえるように囁かれた揶揄いの言葉に、それまでの落ち込んだ思考なんて吹っ飛んだ。熱が一気に顔に集まってそれどころじゃない。思わず凝視したその顔はニマニマと嫌な笑いを浮かべている。しかも、ものっすごく愉しそうに!
「良かったですねぇ?一緒に暮らしていたのが女で。ま、貴方はリリアーナに全く男と意識されてなかったようですが?」
「……っ」
ヒク、と頬が引き攣る。 この、狐…っ!!
オレのリリアーナへの気持ちや関係性を、この狐はバッチリ把握しているらしい。それをわかった上でわざわざ男の姿で現れたのかよ!
男で現れたのも何かを試すためだと思ってたけど、ニヤニヤと笑う姿に確信する。絶対その方が面白いからだ……!!
「あ、一応提案したのは本当のことですよ。気が変わったらいつでも、」
「必要ありません!!」
「あらフラれちゃいました。」
反射的に叫ぶオレにコロコロと上品に笑う狐を睨みつける。間違いない、男だろうが女だろうが、コイツは敵だ。色んな意味で!
威嚇するオレの姿すら面白そうに眺めて、わざとらしくため息を吐いた狐は、徐にいまだ固まったままのリリィの方へと向き直った。
「仕方ないですね。リリィの怒りも凄い事になっていますし、虐めるのはこれぐらいにしてあげましょう。」
。 ゜ 。 〇 。 ゜ 。
『ピーピピピピピッ!!』
「怒らないでくださいな、リリィ。貴女が悲しむから殺してはいないでしょう? これも全て、貴女への愛ゆえです。」
『ピピッ、ピィピィピー!!』
「むぅ。死んでも弱いのが悪いんです。リリアーナをあのような目にあわせた人間に、あの程度の報復ですませるんですから、むしろ褒めてほしいところですよ。まして可愛いリリィを預けるんですから、試すのは必要事項です!」
麻痺を解かれたリリィが、オレにしたことを物凄く怒っているらしい。あの狐と比べると、輝いて見えるリリィの優しさ。プヨンプヨンと跳ねて抗議する姿も可愛くて、あの狐とはまさに雲泥の差。
対して狐は抗議され、顔を逸らして拗ねたように答えている。
……なんかあの狐、リリィに対してはやたら甘くないか?
知り合いっぽいとは思ってたけど、スライムのリリィと狐がどういう関係なのか全然わからない。どうやらさっきのはリリィを預ける試験を兼ねていたみたいだし。
「もー、リリィちゃん。良い物を持ってきてあげたので、いい加減に許してくださいな?」
『ピピ?』
「えぇ。お土産ですよ~。」
そう言って狐がリリィに乗せたのは、淡いピンクの魔石が嵌った銀の輪。流動体の体に当然のようにぴったりと、サークレットのように納まる……どうやら魔法のかかった品らしい……が!
「おい、勝手にリリィに変なもの着けるな!」
なんだかリリィがコイツに首輪でもつけられたみたいじゃないか! 気に喰わなくて食って掛かったら狐が馬鹿にしたように嗤う。
「失礼ですね、変なものなんかじゃありません。あなたがリリィの言葉も思考も理解できないお馬鹿さんだから、リリィの為に用意した便利アイテムですよ。ね、リリィ?」
誰が馬鹿だ、と文句を言おうとして────驚きに、言葉が霧散した。
『セルヴィスはお馬鹿さんなんかじゃありません! 失礼なことを言わないでください!!』
唐突に頭に響いてきた、その第三者の声に。
凛と響く力強い女性の声。あまりにも懐かしく、二度と聞くことが出来ない筈だったその声音。
────リリアーナの、声に。




