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王女ゾフィ・クライン

 サードは学業を終えて、帰路についていた。


 アドルフとの戦いの後は特に問題もなく――DDがいないから当然と言えば当然だが――学業を終えることができた。


 沈みゆく夕日を背に、サードは家を目指した。

 階段を上ると、DDの部屋から話し声が聞こえた。女の声だ。

 サードは自分の部屋に荷物を置いて、DDの部屋をノックした。


 すぐに返事が聞こえる。サードがドアを開けて中を見ると、予想通りの女と、予想外の少女がいた。


「やぁやぁサード、お邪魔してるよ。しかし殺風景な部屋だね。もっといろいろ買った方がいいんじゃない? 観葉植物とかあると心が安らぐよ。あとは来客用の椅子とかあるとうれしいかな。まぁそれに関してはサードの家から借りたけどね。あと鍵はもうちょっとちゃんとしたのに変えたほうがいいよ。私が泥棒だったら椅子以外も盗んでたよ。そりゃ中にサードがいれば泥棒なんて倒せるだろうけど、ああいうのは家主がいない時に来るものだからね」


 ジェーンが椅子の上でゆらゆらと揺れながら言った。

 ジェーンがいることは予想通りだった。DDの部屋に誰かいるとしたら、ジェーンかアイラだろうと思っていた。予想外なのは、もう一人のほうだ。


 幼い顔と低い背丈、年はサードより五歳程度下だろう。金色の髪は長く腰まである。そこまで長いにもかかわらず、髪はきれいでよく手入れされているのが分かる。肌も白くきれいだ。この年の子供がきれいに手入れをできるとは思えないので、おそらく手入れをしてもらっているのだろう。つまり、使用人がいるような裕福な家庭――おそらく貴族――の娘だろう。


「この子は?」


「拾った」


 DDはこちらを向くことなく答えた。


「えっと、君の名前は?」


 サードは頭をかきながら、少女に話しかけた。はっきり言って、子供の相手は苦手だった。


「……あ、あの、わ……わたしは」


「ははは、怖がられてるじゃん。サードはいつもしかめっ面なんだから、子供と接するときは明るくしなきゃだめだよ。私みたいにさ、笑顔、笑顔が大事だよ」


「…………私には無理だ」


 サードはそう弱音を漏らした。苦手なものは苦手なのだ。


「はは、確かにサードはそういうの苦手そうだね。この子はゾフィ。ライダーを目指しているんだって」


 ――ゾフィ……どこかで聞いた名前だ。確か、幼いころに参加したパーティで、その名を。


「ぞ……ゾフィ・クライン……です」


 クラインという名の姓を聞いて、サードは即座に理解した。

 この国を作った、六人の英雄達、そのリーダーの名前は、グイド・クライン。グイドは国王となり、その子孫が代々国王の座を受け継いでいる。クラインの性、それはつまり王族の証。この少女は


――王女だ。


 サードはすぐさま膝をつき、頭を下げた。


「ギーズ家の長女、カリム・ギーズです。王女だとは知らず、数々の無礼、お許しください」


「え、ええと、あの、顔をあげてください。王女と言っても、数いる後継者の一人ですし………………それに、私は、たぶん……」


「まぁまぁそんな硬くならないでさ、楽しくいこうよ。王女様もこういってるしさ」


「分かった。ただジェーンは少し砕けすぎだがな」


 サードは立ち上がり、大きく深呼吸をした。とりあえず状況を把握したかった。


「……それでは王女様」


「ぞ、ゾフィでいいです」


「ゾフィ様は、どうしてここにいらっしゃるのですか? DDは拾ったと言っていましたが」


「え、ええと、逃げていたら、DDさんに出会って、その、えっと」


「……何から逃げていたのですか?」


 質問をするとなぜか、ゾフィは一歩後ずさりし、おびえた様子を見せた。


「けけっ、まだ怖がられてるぞ」


「そなたも似たようなものだろう」


 ゾフィの座っている場所は、DDから大きく離れている。おそらくDDも避けられているのだろう。

 サードは自分の顔や振る舞いが子供を怖がらせることを分かっているが、それでもDDよりはましだという自信があった。


「俺は悪いドラゴンだからな。恐れられなくなったらおしまいさ」


 サードはまず姿勢を低くして、ゾフィと目線を合わせた。


「とりあえず事情を聞かせてください。事情が分からない事には、私達も手助けできません」


 ゾフィは答えず、その場でうつむいた。

 サードはゾフィが答えるまでじっと待った。サードは子供の扱い方が分からないので、ただ信じて待つことにしたのだ。


 待つころ一分。ゾフィが静かに口を開いた。


「……………………父が……病気なんです」


「父というと、現国王のネイト・クラインですか」


「はい…………このまま悪化すると、最悪の場合……………………」


 最悪の場合、死に至るのだろう。言葉を濁したが、ゾフィの様子を見ればその先は想像がつく。


「父が倒れてすぐ、兄の、リオンの命令で王宮が封鎖され……父の部屋には見張りの兵士がいて、見舞いに行くことも、王宮を出る事もできずに……」


「お兄ちゃんに軟禁状態されちゃったんだよねー。それから仲間の助けを借りて頑張って逃げ出したんだけど、仲間はみんな捕まって一人ぼっちになっちゃって、一人で逃げ回っていたら、DDと出会って現在に至るってわけ。こんなにちっちゃいのに頑張ったね~」


 ジェーンが後ろから抱き付いて、ゾフィの頭を撫でた。髪の毛がぐしゃぐしゃになっているが、ゾフィはされるがままだ。


 リオンと言えば、王家の長男だ。国王が死んだとき、順当に行けば王になるのは彼だ。動機は十分と言える。


 後継者争いで死人が出るのは、貴族でも珍しくはない。料理に毒をもる、事故に見せかけて殺す、暗殺者を雇うなど、さまざまな方法で他の後継者候補を殺すのだ。


当主になれば金も権力も思いのまま。人が人を殺すのに十分な理由だ。 王族となればなおさらで、軟禁ですんだのならましな方かもしれない。


「事情は分かりました。それで、私たちに何をお求めですか。安全をお求めならかくまいますし、国王の救出を望むのなら手を貸しましょう」


 サードは膝をついたまま言った。貴族とは王に使え、国民のために生きるもの。王女を守ることも、王を助けることも貴族の使命だ。


「……では、まず……敬語は、大丈夫です。堅苦しいのは……あまり好きではないんです」


 王族ほど堅苦しい生活を強いられているものはいない。その反動かはわからないが、堅苦しいのは嫌なようだ。


「…………分かった」


「そこでため口にすぐ切り替えるのがサードの思い切りのいいところだよね。他の人なら、いやしかしそんなわけには、とか言って困ってそう。まぁ私は上下関係とか苦手だから初めからこんな感じだけどね。それにしてもゾフィちゃんの肌すべすべで気持ちがいいよ。やっぱり石鹸とかすごくいいの使ってるのかな」


 ジェーンはまだゾフィを撫でている。ゾフィが抵抗しないことをいいことに、ほっぺたを触ったりして遊んでいる。


「おお~、ゾフィちゃんのほっぺたはやわらかいねぇ。さすが王女。王女様はさすがだよ。ゼリーのように柔らかくて、クリームのようにしっとりとしている。すごいよすごいよ、最高だよ」

「抵抗してもいいんだぞ」


「はい、でも、メイドは風呂にまでやってきますし、断っているのに着替えも手伝ってきますし……なんというか、慣れました」


「……そういうものか」


「いやー肌がすべすべで羨ましいねぇ。私が男だったら襲っちゃうよ。女でも襲うけどね。あ~なんか幸せ。幸せってこういうことを言うんだね。ねぇねぇ、今からでも私の妹にならない? ねぇ、ねぇ」


「ジェーン、少しは落ち着け。ゾフィ、事情は分かったが、私達にどうしてほしんだ? 匿ってほしいなら、宿と護衛ぐらいは用意するが」


 サードはDDに向かって目くばせした。あまり信頼できないが、実力は確かだ。DDが護衛なら、大概の敵には勝てるだろう。


「…………サードさん、無茶を承知でお願いがあります」


「……言ってみろ」



「父の救出を手伝ってください」



 祈るように、ゾフィが言った。


「病気の父を見舞うこともせずに、権力争いをするような人に、王になる資格はありません。私はリオンを倒し、父を助けたいです」


 ゾフィは父を愛しているのだろう。父が生きているうちに、権力争いをするなんて許せないのだろう。しかも軟禁という、暴力的な手段を用いているのだからなおさらだ。


「ふふ、父思いのいい娘だね。泣かせてくれるよ」


 サードの胸に思い浮かぶのは在りし日の父の姿。幼く、弱かったゆえに守れなかった幸せな日々。


「こんな健気でいい子を見放したら、神様におこられてしまうな。私でいいなら、協力しよう」


 サードはゾフィに向かって手を伸ばした。

 ゾフィは驚いたように後ずさったが、すぐに差し出した手を握った。


「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 緊張の糸が切れたのか、ぽたり、ぽたりとサードの手に水滴が落ちる。ほっとしたような、疲れ切ったような、そんな年相応の泣き顔が目の前にあった。


ここからは毎朝0時に投稿します。

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