強者の生き方
砂煙が舞っている。静かなのは、誰もが息をのんでいるからか。
その一瞬の静寂の後、轟音が鳴り響く。空から砕けた氷の塊が降ってきたからだ。
サードはDDの勝利を確信していたが、それでもこの結果は予想外だった。今の戦いを見ても、DDの強さの底が見えなかった。勝負内容だけ見れば辛勝だが、DDはまるで本気ではなかった。本気ならば、最初の一撃で勝負はついていただろう。
「これで勝ち、でいいんだよな」
DDが空から降りてきて、低空にとどまった。
「ああ、ドラゴンかライダーが地面についた時点で勝負あり。そなたの勝ちだ」
DDは地面に下りて、翼をたたんだ。よく見てみれば、つららは表面に少し突き刺さっているだけで、肉には食い込んでいない。つまりDDはほとんどダメージを受けていない。
「言った通りに勝ってやったが、何か褒美はあるか?」
「金が欲しいのか?」
「金なんて必要になれば適当に稼ぐさ。それよりももう少し歯ごたえのある相手がほしいぜ。せっかく刑務所から出てきたのに、このままじゃなまっちまう」
「龍神祭前に大会がいくつかある。出場を検討しよう」
サードは倒れているアドルフに声をかけた。
「さて私達の勝ちだが、賭け試合は禁止されている。そこでだ、代わりにギーズ家が経営する孤児院に寄付してくれ。一万ゴールドぐらい、はした金だろう」
負けたことがショックなのか、アドルフは答えない。だが聞いてはいるようで、震えながら小さく頷いた。
震える拳を高く上げる。だが振り下ろす先がないのか、拳は虚空にさまよったままだ。
「…………………………お、お、お前だ、お前が悪いんだ。俺の魔法は完璧だった。なんで弱った相手にすら勝てないんだお前は」
アドルフは震える拳で地面を殴り、そしてガイを殴った。
「……申し訳ありません」
ガイはそう言って頭を下げた。
「ドラゴン単騎に負けるなんてひどい恥だ。お前のせいだからな、役立たずが、役立たずが!」
アドルフは懐から鞭を取り出して、ガイを打った。
対竜魔法が付加してあるのか、ガイの皮膚は裂け血が滴った。
「お前には高い金を払っていたのに、何だこの体たらくは」
アドルフは再び鞭を振り上げた。
見かねたサードが止めに入ろうとしたその時、何かが横を通り過ぎた。
振り下ろされる鞭、それを止めるDD。DDは鞭を前足で握りつぶした。そしてその足でアドルフを捕まえ、巨大な口を開いた。
人を丸のみにできるほど大きな口が、アドルフに向かって開かれている。鋭い牙は人間など紙のように引き裂くだろう。
「ひ、ひいぃ」
「久しぶりの人肉だぜ」
悲鳴をあげるアドルフ。アドルフを食おうとするDD。
「やめろDD!」
サードはとっさに叫び、サーベルを引き抜いて自らの首に当てた。
サードが死ねばDDも死ぬ。やれば殺すぞという脅しだ。
DDの牙が、アドルフの首を貫く直前で止まった。DDがあと少しでも顎に力を入れれば、アドルフの命は終わる。
DDは舌打ちをして、アドルフを口から吐き出した。
「命拾いしたな」
DDは人型に変身して、不満そうな足取りでサードのもとへ歩いて来た。
人の姿では爪も牙もないが、底冷えするような鋭利な目は変わらない。その目でにらまれるだけで、サードの額には汗が流れる。
「なぜ止めた」
「殺そうとしたからだ」
「それだけの価値があいつにあるか?」
「そんなこと私にわかるものか。神にでも聞いてくれ。だが私にも分かることもあるぞ。殺せばそなたは刑務所に逆戻りだ。殺す価値はない」
その答えに納得したのかは分からないが、DDはつかつかと歩いてその場を去っていった。
「用があったら呼べ」
静まり返った校庭に、鐘の音が鳴り響く。授業の終わりを知らせる鐘だ。
突然の出来事に我を忘れていた人たちも、鐘の音を聞いて慌ただしく動き出す。サードは一人去っていく後姿を眺めていた。