ヘルムート
俺は迫りくるブレスを眺めていた。
死は恐ろしくない。より強いものに殺されるのは仕方がないことだ。俺は十分に殺してきた。殺されるのが嫌だとは口が裂けても言えない身だ。
それに何より、本当ならあの時、三千年前のあの日に死んでいた命なのだから。
死んだ大地の上を、六頭のドラゴンが、ライダーを乗せて飛び回る。そいつらを狙って、俺がブレスを吐いている。
懐かしい景色だ。きっとこれを走馬燈というのだろう。
ほどなくして俺は地に落ちる。これは俺が初めて負けた時の記憶。落ちながら真っ黒な空を見上げる。
俺の世界はいつもこうだった。死の匂いと、腐葉土のような匂い。死のドラゴンである俺の周りには、死しかなかった。
だからまぶしかったのだ、協力し助け合う六頭のドラゴンと、六人のライダーが。まぶしくて、見とれていたら負けてしまった。彼らが作り上げていた封印魔法に気が付かなかったのだ。
倒れた俺に、ライダーの一人――グイド・クライン――がやってくる。死んだわけではないというのに、無警戒に近づいてくる。今思えば、実にこの男らしい。
「いまでで一番の強敵だったぜ」
「ドラゴンにも乗らずに寄ってきて、死にたいのかお前は?」
「あんたはそういうタイプじゃねぇだろ。あんたみてぇな奴は、潔く負けを認めるはずさ」
「悪あがきは嫌いじゃねぇが、負けた後に騒ぐのは好きじゃねぇな。ところで、なんで殺さねぇ? 俺を殺しに来たんだろ」
「まぁ最初はそのつもりだったんだけどよ、お前、別に悪い奴じゃねぇだろ」
この男は、俺の目をのぞき込んで、そんなことを言う。グイドという男は、国王になる前から無茶苦茶な奴だった。
「カカカ、俺をそんな風に言ったやつはお前が初めてだぜ」
「悪い奴じゃないつーか、クズじゃないって言った方が正しいか。お前に挑む前に色々調べたんだけどよ、お前、弱い者いじめ嫌いだろ」
「弱ぇ奴倒して何の意味があるんだよ」
「それが好きな奴もいるのさ。お前はそうじゃない。それだけでずいぶんまともだぜ。それにお前、悪党どものトップってだけで、特に何もしてねぇだろ。単に強い奴求めて戦ってたら、そうなっただけって聞いたぜ」
「いいから殺せよ。お前たちは勝った、それでいいだろ」
俺が言うと、グイドは一歩前に出た。剣の届く距離。この時、俺は死を覚悟した。
だが差し出されたのは剣ではなく――
――握手を求めるように開かれた右手だった。
「俺たちと組まないか。ここに国を作るんだ。俺の夢である、人間とドラゴンが手を取り合って生きれる国だ。楽しそうだと思わないか」
「カカカ、そりゃいい夢だ。だがその夢に俺はいられねぇよ。俺がいると、みんな死んじまうぜ」
「なら封印されたままでいろ。今の状態なら瘴気も出ねぇんじゃねぇのか。お前なら封印された状態でも戦えるだろ」
「カッ、封印されてても俺は俺だぜ。壊すことしか知らねぇ死の竜だ。国を作るだなんてできねぇよ」
俺は戦うことしか知らなかった。最強の竜として生み出され、その力で最強を証明し続けた。何かを作ったことなんてなかった。やってきたことは、壊すことばかりだ。
「ならば悪を討てばいい。悪を狩る悪、ダークヒーローみたいでかっこいいじゃないか」
「カカカ、分かったよ。手を組めばいいんだろ。後悔しても知らねぇぜ」
俺は魔法で人間の姿を取った。そしてグイドの手を取った。
この時の手の温度を俺はまだ覚えている。
生まれて初めての握手は、温かかった。
目を開ける。
まず自分が生きていることに驚いた。
ヘルムートのブレスを食らって、無事ということはない。食らえば確実に死ぬ、それは俺自身がよく知っていることだ。あのブレスをまともに食らって、生き延びたやつはない。
次に目に入ったのは、目の前に立つ仲間の姿だ。サードが、ゾフィが、ガイが、ジェーンが、ガヴィが、俺をかばうように立っている。
全員がぼろぼろで、満身創痍といってもいい。腕が折れ、足が折れ、全身ぼろぼろで、それでもなおい俺をかばうように立ちふさがっている。
サードの前には、残骸となった鞍があった。死の属性は腐食に近い。腐食に耐えるクロムの鞍を盾としてブレスを防いだのだろう。
俺は言葉を忘れた。サードがブレスを防ぎ切ったことにではない。命を懸けて俺を守ったことにだ。
「……お前ら、どうして」
ゾフィが言った。
「今度は私が守る版です」
ガイが言った。
「金は弾んでくださいよ」
ジェーンが言った。
「好きな相手を守るのに理由が必要?」
ガヴィが言った。
「勝てる可能性があるのはあなただけです」
サードが言った。
「なぜも何も、そなたは私のドラゴンで、私はそなたのライダーだ。それだけだ」
あの日の光景がまたよみがえる。
俺が見とれたあの景色。俺が美しいと思ったもの。
あの時手を取ったのは、きっと憧れていたからだ。ドラゴンとライダーの、美しき友情に。
「私はもう限界だ。そなただけでも逃げろ。お願いだ、そなただけでも生きてくれ」
ぼろぼろで、今にも死にそうなくせして、俺に逃げろという。
ちっぽけな存在のくせして、俺を守ろうとする。
「逃がすわけがないでしょう。特にDD、あなただけはね」
ギルベルトがゆっくりと降りてくる。逃げられてもすぐに追いつけるという自信の表れだろう。俺はこいつのこういうところが嫌いだ。弱者をいたぶるのは強者にしかできないことだ。だがそれは強者の生き様ではない。ただのクズのやることだ。
「俺もだ。お前は殺す。もしサードの奴に止められても、お前だけは殺すぜ」
「頭が狂いましたか? あなた程度がどうやって私を殺すのですか?」
「いいからかかって来いよ。殺してやるからよ」
「……分かりましたよ。殺してあげます……ただし、あなたのライダーからです!」
ギルベルトは地面をけり、サードに向かって飛び掛かった。
俺はすばやく間に割り込み、ギルベルトの腕をつかんで止めた。
「そう来ると思ったぜ。クズの行動はいつも同じだな」
「読みは素晴らしい。だがその程度の力で守り切れますか!?」
ギルベルトが腕に力を込めてきた。力で押しと通るつもりなのだろう。
「俺はお前に倒されてもよかった。俺は人もドラゴンもドラゴニュートも数多く殺してきた。いつか俺よりも強い奴が現れ、俺を殺すだろうと考えていた。殺されることに文句はない。殺されるだけのことはしてきたつもりだ」
俺に生きる理由はなかった。グイド達六人の英雄は死に、彼らのドラゴンもまた死んだ。
やるべきことはなく、ただ無意味に生きてきた。
「だがもうだめだ。死ねねぇ理由ができちまった。生まれて初めて、守りたいもんができたからな」
だが今は違う。俺が憧れた美しいものが、戦いを忘れて見とれたあの景色が、今俺の中にある。
「何の話をしているのですか?」
「お前の敗因だよ!」
俺はギルベルトの腕をつかみ、地面にたたきつけた。
巨体が地面に沈み、地響きが鳴る。
「な、なんなんだその力は!?」
「ただ返してもらっただけだぜ。お前が奪った、俺の力をな」
俺は力を押さえることをやめた。全身から瘴気が立ち上り。周囲のものがことごとく死んでいく。
草や木、昆虫、何もかもが死んで腐り消えていく。そして目の前にいるギルベルトも例外ではない。ギルベルトの鉄の体が、どんどんと錆びていく。俺の近くにいるだけで、ドラゴンまでもが死んでいく。
あらゆるものを殺す死の竜。それが俺の本来の姿だ。
「へ……ヘルムート」
「そうだ。俺が死竜へルムートだ。お前のような借り物ではない、本当のヘルムートの力を見せてやるよ」
俺は大きく口を開け、死のブレスを吐いた。
まがまがしい光がギルベルトを直撃する。ギルベルトのブレスのように周りを巻き込んだりはしない。収束したブレスは、あらゆる命を一瞬にして死に至らしめる。
「フィ……リシ……ア…………」
ギルベルトは最後に女の名前を呼んで消えていった。あいつがいた後には、風化しきった骨しか残っていない。
フィリシア……五百年前に俺が食った、ギルベルトのライダーの名前だ。ライダーなどいらないと言っていたくせに、最後までこだわっていやがった。
「おいお前ら、生きてるか?」
「生きているし、今すぐ死ぬということもない。だが無事とはいいがたいな。そなたに乗ることすら難しそうだ」
サードが倒れたまま答えた。立ち上がることすらできないのだろう。
「ならつかんで……いや、俺の瘴気で死ぬな。ガイ、他の奴らは大丈夫か?」
「ゾフィお嬢様も、ジェーンもガヴィも無事ですよ。ただお嬢様は魔力切れですね。しばらく起きないと思いますよ」
ガイの腕の中でゾフィが寝ている。どうやら俺を守るのに力を使い果たしたようだ。無茶をするのはガキの特権だが、ゾフィはやりすぎだ。
「なら看病しておけ。雲が晴れたら救援も来るだろう」
「私が見ておくよ。得意じゃないけど、簡単な回復魔法なら使えるからね」
ジェーンが寝転がったままそう言った。今は自分に回復魔法をかけてるようだ。見たところ、ジェーンの傷が一番重い。
「レースはどうなるのですか?」
ガヴィが聞いてきた。ガヴィは鱗が少し腐食している程度で、傷は深くなさそうだ。
「負けだ負け。サードもゾフィも動けねぇし、俺は俺でこんな体じゃ誰も乗せられねぇよ」
現状、俺の体からは死の瘴気が流れ続けている。力が強すぎて、封印なしでは力を押さえきれない。
「強すぎるというのも考え物ですね」
本当に考え物だ。おそらくはレースを終え、儀式を完成させれば再封印はできると思うが、それでは間に合わない。
「DD、私を乗せていけ。まだ腕は動く。鞍の残骸にでもしがみつけばゴールまでは持つはずだ」
サードが足を引きずったままやってきた。
「俺をまだその名で呼ぶのか」
「DDでもヘルムートでもそなたはそなただろう。力を取り戻しても、私にとってそなたはDDだ。さぁ早くしてくれ。レースに負けるぞ」
真っ直ぐに俺を見つめる目を見て思い出した。レナ・ギーズと同じ目だ。俺を倒した英雄の一人で、気の強い女だった。
「そういえばお前は、レナの子孫だったな。強情なところがよく似てるぜ。で、どうすればいいんだ? 鞍はもうボロボロだぜ」
「英雄レナに似ているか、言われてこれ以上にうれしい言葉はないな」
サードは一瞬だけ、少女のような笑顔を浮かべた。
しかしそれはすぐに消え去り、いつもの鋭い顔つきでぼろぼろになった鞍を指さした。
「無事な部分を固定すれば、そこに私がしがみつく。そなたがある程度力を押さえていれば、鞍の上まで瘴気は来ないはずだ」
「死んでも知らねぇぞ。後悔すんなよ。ガイ、鞍ごと凍らせろ。お前の氷なら一時間は持つだろ」
「途中で溶けても責任は持てませんよ」
俺は鞍の破片を背負った。そこにガイが氷のブレスを吐いて凍らせる。分厚い氷が、鞍の回りにできて、鞍が固定された。
死の瘴気は生物を殺し、それ以外を腐らせ、錆びさせるが、氷は腐ることも錆びることもない。体の熱で溶けていくだろうが、ドラゴンが作った氷が一時間も持たないということはないだろう。
心配なのはサードの体力だが、こいつなら気合で乗り切るはずだ。
「さぁ乗れよ。勝たせてやるぜ」
「伝説のドラゴンが言うと、実に頼もしいな。任せるぞ、DD」
俺が姿勢を低くすると、サードは鞍の残骸に剣を突き刺した。そして突き刺した剣を取っ手がわりにしがみつく。
任せる――それだけの言葉が今は心地が良い。
「行くぜ。振り落とされるなよ」
俺は翼を広げ、羽ばたいた。
雲の上に出ると、何組かのライダーが見えた。ギルベルトと戦っている間に抜かされたようだ。
だが今の俺には全盛期の力と、全盛期にはなかった相棒がいる。
まるで負ける気がしなかった。
龍人祭のゴール地点、会場の真ん中に漆黒のドラゴンが降り立った。
響き渡る歓声。駆け寄ってくる龍人祭の運営スタッフとアイラ。
アイラの回復魔法を受けながら、サードは右腕を空へ掲げた。
DDは空へ吠えた。
会場を震わす歓声を浴びながら、サードは気




