友達
ゾフィは夢を見ていた。夢の中で、父がゾフィの頭を撫でている。
温かな日が差す王宮の庭で、二人で空を見ていた。空には訓練中のライダー達が、ドラゴンに乗って飛び回っている。
澄んだ空、白い雲、温かな風。あの空を飛んで回りたいと、子供心に夢見ていた。
「あんな風になりたいかい?」
目を輝かせて空を見ていたら、父がそう声をかけた。
「はい。私もあんな風に、空を飛びたいです」
「私にそっくりだな。私もそんな風に思って、ライダーを目指したものだ」
父もゾフィと同じように、澄んだ空を見上げていた。
「空はどうでしたか? 大きかったですか?
「・・・・・・最初は怖かったよ。なにせ私の背中に翼はないんだ。ドラゴンが私を落とそうとすれば、地面まで真っ逆さまさ。空を楽しむ余裕なんかなくて、とても怖かったよ」
それは意外な答えだった。ゾフィにとって父は、立派な国王であり、勇敢に空を飛び回るライダーであった。父が怖がる姿など、想像できなかった。
「でもね、今は怖くないんだ。私はドラゴン達を信じているからね。何かあっても、私を助けてくれると信じているんだ。その代わりドラゴン達になにかあったら、今度は私がドラゴン達を助けるんだよ」
ゾフィに語りかけるように、それでいて独り言のように父は言った。
今にして思えば、それは父の理想だったのだろう。いい人間と悪い人間がいるように、いいドラゴンがいれば悪いドラゴンもいる。人間が好きなドラゴンがいれば、人間が嫌いなドラゴンもいる。人とドラゴンの諍いは、いつもどこかで起こっている。
だからこそ父は夢見ていたのだろう。
すべての人とすべてのドラゴンが手を取り合う、夢のような未来を。
「私はね、人とドラゴンの架け橋になりたいんだよ」
それは独り言で、声に出した決意だった。
「ごめんね、だいぶ話がそれてしまった」
「・・・・・・それじゃあ、私も目指します」
ゾフィは笑顔で言った。
父はいつも忙しく、ゆっくりと話す機会はあまりなかった。父が自分の話をする所など見たことがなかった。それだけに、こうして話してくれたことがうれしかったのだ。
ゾフィにとって大きな父は、あこがれであり、目標であったから。だから父が目指すものを、ゾフィが目指すのも当然のことだった。
「私も、人とドラゴンの架け橋になります」
父はゆっくりとゾフィの頭をなでて、ありがとうと口にした。
父の手は大きくて、暖かった。ゾフィはもっとなでてほしくて、父にもたれかかった。
「・・・・・・ところで、架け橋ってなんですか?」
ゾフィがそう聞くと、父は声を上げて笑った。
ゾフィは暖かなベッドで目を覚ました。泣きながら寝ていたのか、頬がぬれている。
すべてが夢ならばいいのにと思うが、手に残る父の冷たさがそれを否定する。
ゾフィはベッドから起き上がろうとして、手を誰かが握っていることに気がついた。父よりも小さいけれど、温かな手。それはサードの手だった。
「起きたか」
「・・・・・・・・・・・・サード・・・・・・さん」
「もうしばらく寝ていろ」
「・・・・・・大丈夫、です」
そう言ってゾフィは起き上がろうとしたが、何かに押さえつけられたように、体が動かなかった。
布団をどけるとそこには、ジェーンが猫のように丸くなって寝ていた。
起きているときは元気な印象が強いが、寝ているとかわいらしい。同性であるゾフィが見てもどきりとするかわいさだ。
「起こさないでやってくれ。私たちの帰りを、寝ずに待ってたらしい」
ゾフィはジェーンを起こさないように、ゆっくりとベッドから這い出た。
立ち上がると、サードと目が合った。ゾフィはとっさに目をそらしてしまった。
言葉が出なかった。あまりにも多くのことが起こり、何を言っていいか、どのように振る舞えばいいか、何もわからなくなった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい」
何を言うべきかわからず、言葉も考えもまとまらず、出てきた言葉は謝罪だった。
「何を謝る必要がある」
「・・・・・・迷惑を、かけました」
「迷惑をかけるのは子供の特権だ。気にしなくていい。それに、私たちは好きで協力している。むしろ謝るのは私の方だ。父を救えなくて、すまない」
「・・・・・・謝らないでください。サードさんは悪くありません」
足下がふらつく。自分がどうやって立っているかも分からない。
「寝ないのなら、せめて座っていた方がいい。無理をするな」
「いえ、休んでいる場合では」
父という支えを失ったゾフィを、義務感が支えていた。国王が死んだ今、国王の娘であるゾフィがしっかりとしなければならない。そう考えて、ゾフィはふらつきながらもたっていた。
だが体は言うことを聞かず、大きくふらついた。
するとサードがゾフィのことを抱きしめた。
「今は休め」
「・・・・・・・・・・・・はい」
サードの体は硬かった。がっしりとした戦士の体は、まるで父のようだった。
突然、涙が流れてきた。それは収まることなくあふれ続け、サードの服を濡らした。
「こういうのは慣れてなくてね。嫌ならやめるが」
「・・・・・・もう少し、このままでいさせてください」
ゾフィもサードを抱きしめた。涙はもう止まらない。嗚咽まで漏れる。
ゾフィは父の名前を何度も呼んだ。年相応の子供のように、泣いて、泣いて、泣きじゃくった。その間サードはずっとゾフィを抱きしめてくれた。
抱き方はどこかぎこちなくて、そんなところまで父に似ていた。
両腕で強くサードを抱きしめ、父に甘えるように泣き続けた。
ゾフィが泣き止むまでサードはじっと抱きしめてくれた。
「一つだけ、わがままをって良いですか?」
涙を流しきり、沈んでいた願いを思い出した。あの日のことを夢を見たのはきっと、体がゾフィのことをせかしているのだ。やるべきことをやれと、約束を果たすときは今だと。
父がよみがえることはない。ならばゾフィが父にできることは一つだけ。父の無念を晴らすのだ。
かたき討ちをしようというわけではない。それは父も望まないであろうことを、ゾフィは知っている。だから、志を継ぐのだ。父がやれなかったことを、ゾフィが成し遂げる。
「私の後ろ盾になってください。私は国王になります」
父の代わりに、ゾフィが人とドラゴンの懸け橋となり、父が目指した国を作り上げる。それがゾフィにできる、父への手向けだ。
「……一時の感情で決める事ではない。兄への復讐なら、やめたほうがいい。復讐に意味がないとは言わんが、それで人生を決めると後悔するぞ」
「……兄を恨んでないとは言いません。刺し殺してやりたいぐらい憎んでいます。…………でも、それだけが理由ではないです。父のやり残したことを、私が継ぎたいのです」
サードがじっとゾフィの目を見た。まるでゾフィを見定めるように、真っ直ぐに目と目を合わせている。
「……実はケイトから同じことを頼まれていてね。本当はこちらから聞くつもりだったんだよ。断られたときの事や、そなたの人生を大きく変えてしまう事、いろいろ悩んでいたのだが、取り越し苦労だったな」
サードがゾフィの前で片膝をつき、首を垂れた。
そして腰から剣を抜き、ゾフィに差し出した。
「私、カリム・ギーズはあなたの剣となり、盾となり、戦い抜くことを誓います」
ゾフィはその言葉を、一度だけ聞いたことがあった。それは騎士が忠誠を誓う時の言葉だ。
ゾフィ剣を受け取り、差し出したなら、サードはその剣にキスをするだろう。そしてサードは、ゾフィの騎士となる。
だがゾフィは差し出された剣を受け取ることをためらった。サードが仕えてくれることはうれしい。だが同時に、それを望んでいない自分がいることに、ゾフィは気が付いた。
「…………顔を、上げてください」
ゾフィには友達がいなかった。周りにはゾフィを子供として扱うだけの大人か、ゾフィを王族として敬うものしかいなかった。
DD、サード、ジェーン、アイラ、ここに来て出会った人たちは、ゾフィを王女としてではなく、ただのゾフィとして見てくれた。それが嬉しかったのだ。
騎士の誓いを受ければ、サードはゾフィの配下になってしまう。ゾフィが上で、サードが下、その関係性が出来上がってしまう。それは嫌だった。
だからゾフィは、一つの提案をした。
「友達では、だめですか?」
ゾフィの言葉がよほど意外だったのか、サードはきょとんとした顔で、ゾフィを見た。ゾフィは初めて、放心した状態のサードを見た。
サードは剣を鞘に戻し、嬉しそうに笑った。
「ならばこちらだな。よろしく頼む」
そう言って、サードが右手を差し出してきた。
今度はうれしくて涙が出てきた。涙をぬぐい、サードの手を握った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
サードは痛いぐらいの力でゾフィの手を握って、振り回した。
「よろしく頼むぞ」
サードの力は強く、体の軽いゾフィは大きく振り回された。上下左右に振り回し、それで満足したのかゾフィから手を離した。
「おっと、すまないな。友達なんてものとはあまり縁がなくてな。自信をもって友達と呼べるのは、ジェーンとアイラぐらいのものだ」
つまりゾフィで三人目になるわけだ。
「DDさんは入らないのですか?」
「そのような気の置けない間柄ではない」
「でもDDさんがサードさんと話すとき、すごく楽しそうですよ?」
DDはよく笑うが、一番楽しそうに笑うのはサードと話しているときだ。サードといるときだけは、人を食ったような笑いではなく、普通に笑っているように見える。
「・・・・・・きっとDDにも、対等な相手がいなかったのだろうさ」




