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作戦会議

 ジェーンは寮の屋根の上に寝ていた。空には欠けた月が控えめに光っている。満月まではまだ遠そうだ。

 冷たい風が吹いて、ジェーンの長い髪を揺らす。寝転がったまま王宮の方を見るが、人間の目では見えるはずもない。探査魔法を使えば見えるだろうが、見る気にはならなかった。


 サードとDDという戦力がない今、何かがあった時、ジェーンが対処しなければならない。探査魔法で王宮を見れば、その分周囲の警戒が手薄になる。だからジェーンは探査魔法をすべて周囲に張り巡らし、サードの事はただ信じて待っていた。


 夜が更け、誰もかもが寝静まる頃、空高くからドラゴンの羽ばたく音が聞こえてきた。

風がうなり、木々が揺れる。喜びでジェーンの眠気が吹き飛ぶ。これだけ豪快に羽ばたくドラゴンはDDしかいない。


「やぁジェーン。私のいない間に、なにかあったか?」

 空からサードが降ってきた。DDの背から飛び降りたのだろう。


「何もなかったけど、しいて言うなら私が寂しかったね。アイラは疲れてるからすぐ寝ちゃうし、私の話し相手がいないんだよ。ゾフィちゃんもいないからハグできる相手もいないしさ。ねぇサード、ハグしてもいい、抱きしめてもいい?」


「その様子なら何事もなかったようだな。ハグはしてもいが、私は今鎧だぞ」

 ジェーンはためらいなくサードを抱きしめた。鎧がごつごつとしているが、人を抱きしめているという感覚は味わえた。人の温かさとは、物理的なものだけではない。こうしているだけでも、どこか暖かい。

 だがそれだけに心が、翼が、傷む。正体を隠したまま付き合っている罪悪感が、心を締め付ける。


「いやー暖かいね。冷たいんだけど、暖かい。人のぬくもりっていいね。私って結構人間嫌いなところはあるんだけどさ、それでもやっぱ人のぬくもりって好きだね。あっ今人間嫌いとは思えないとか思ったでしょ。これでもジェーンちゃんは悩める女の子なんだぞ。表には出さないだけで、いろいろあるんだぞ」

「動くぞ。離すか、でなければしっかりと捕まっておけ」

 ジェーンはサードの背中側に回って、おぶさるような形をとった。サードが動くと言えば、ものすごい速度で動くので、しかりと捕まっておかなければならない。


 次の瞬間には、ジェーンは空を舞っていた。人一人抱えているとは思えないスピードで飛び跳ね、サードはDDの背に登った。

 そして鞍の上で寝ていたゾフィを抱えて、飛び降りた。


「なんだか浮かない顔だね。悪夢でも見てるみたい」

「父を亡くしたんだ。仕方がない」

「まさか、国王が死んだの?」

「その通りだ。間に合わなかった」


 苦虫をかみつぶしたような顔で、サードが言う。

 空気が一気に重くなる。無事に帰ってきたので、作戦はうまくいったのだと思っていた。さすがにジェーンも茶化すことはできない。何も言えず、ただサードを強く抱きしめた。


「ゾフィのことも後で抱きしめてやってくれ。私は何というか、そういうのには向いてない」

「鎧を脱げばいいだけだよ。心の鎧もね」


「…・・・そういうのは、よくわからん」


 サードはゾフィを抱えたまま、部屋に向かって歩いて行く。

 DDは人間の姿に変身し、その後に続く。


「これからどうするの? それと何があったのかを知りたいな。私だけ仲間はずれなんて許さないよ。私は誰よりも知りたがり何だから、私の前では秘密は禁止なのさ。嫌でも話してもらうし、話してくれなくて調べるぞ」

 サードは無言で歩き続けた。部屋の前までたどり着き、片手でゾフィを抱えて、空いた手で扉を開けた。

 ゾフィをベッドに寝かせて、サードはベッドに腰掛けた。背中に抱きついていたジェーンもベッドに落ちる。


 サードはそっとゾフィの頭をなでた。


「外で話そう」

「側にいてあげたほうがいいんじゃないの?」

 サードがDDの方を向いた。


「子守を押し付けるな」

「起こさないように話せばいいでしょ。私だって、小声で話すことはできるよ。黙ることはできないけどね」

「自慢げに言う事ではないな」

 サードはそう言って、その場に腰を下ろした。





「流れは分かったよ。大変だったんだね」

 話し終えたころには、夜は明けかけていた。もうすぐ部屋に朝日が差し込んでくることだろう。

 ジェーンはサードの頭を撫でようとしたが、きれいに避けられた。


「俺はまぁ暴れられて楽しがったがな。結末には納得してねぇがよ」

「国王を守れなかったこと? 敵を逃がしてしまったこと? どっちもDDのせいじゃないと思うなぁ。話を聞いた限り、どうしようもなかったでしょ」


 そう言って、DDの頭を撫でようとしたが、その前に頭を押さえつけられた。ジェーンの身長では、跳ばないとDDの頭には届かない。

「仕方がなかったとか、どうしようもなかったなんてのは弱者の言葉だ。お前らは好きなだけ使えばいい。だが俺は強えからよ、全部思い通りにならなければ気に入らねぇんだよ」


 ジェーンがしつこくDDにからんでいると、ついに突き飛ばされた。そしてそのまま、真後ろにあったベッドに倒れこんだ。


「仕方がないとは言いたくないが、失敗したことはどうにもなるまい。これからどうするかを考えようではないか。幸いにも、犯人ははっきりとしている」

「ギルベルトの奴だな。あのガキは分かってんのか?」

「アドルフは、そう大それたことができる器ではない。利用されてるだけだろう」

 アドルフは自信家だが、度胸のある男ではない。国家にたてつくようなことをして、冷静でいられる器ではないだろう。

 少なくともジェーンはアドルフには惹かれない。彼は強い人間ではない。


「私もそうだと思うな。それで、これからどうするの? ギルベルトを倒しに行く? 居場所なら分かってるよ。まぁアドルフの実家なんだけどさ。攻めに行くなら学園のほうがいいよ。さすがに貴族の家は守りが硬いからねぇ。授業中に事故に見せかけて、こう、なんとかしようよ」

「いや、国王の遺言を優先する。最後の頼みを聞いてしまったからな」

「どうせ妨害してくんだから、先に倒した方が楽だと思うがな」

「それも考慮に入れる。龍神祭の完遂を優先するというだけだ。そのためにギルベルトの討伐が必要ならそうするさ。だがあんな奴でも出場者だ。犯罪の証拠でもあれば追い落とせるが、できれば物騒な真似は避けたい。共倒れはごめんだ」


 もしもサードがギルベルトを襲撃した場合、ギルベルトは倒せてもサードも捕まるだろう。そうなれば最終的に得をするのはリオン王子だ。サードがいなければリオン派が龍人祭に優勝し、宰相の座を勝ち取るだろう。

 後先考えずにアドルフとギルベルトをぶちのめしてやりたいとジェーンは思うが、そうはいかないようだ。

 サードがベッドの上に座った。そのままベッドに手をついて、天井を見上げた。


「しかし、ヘルムートの復活だなんて現実感に欠けるよねぇ。子供の頃はおとぎ話でよく聞かされたけどさ、本当にいるとは思わないよね。私なんか子供の頃に悪さいっぱいしてさ、でもヘルムートなんてやってこなかったから、おとぎ話の怪物なんかいないんだって確信したよ。なんというか悪の組織って、ロマンチストだよね」


「仮にいたとしても、生きているかどうか。尤も、ヘルムートがいようがいまいが、ギルベルトのしていることは、決して見逃せるものではない」

 サードもジェーンと同じように、ヘルムートの存在は信じていないようだ。所詮はおとぎ話、いう事を聞かない悪い子をしつけるための創作だろう。


 だが、DDはそう思ってはいないようだった。


「ヘルムートは不死だぞ。不死のドラゴンが死んでるわけねぇだろうが」

 不死、その言葉にジェーンは驚いた。そしてそれはサードも同じだったようだ。

 薄暗い部屋に、ランプの明かりがゆらめく。ジェーンはごくりとつばを飲み込んだ。 


「……不死、だと」

「……初耳だね」


「なんだお前ら。おとぎ話で聞いてたんじゃないのか?」

 DDが首をかしげる。DDはヘルムートのおとぎ話を知らないようだ。


「おとぎ話にはヘルムートに関する詳細な記述はない。悪人のもとに突然現れて、そいつを食らう。悪を狩る悪、正体不明の怪物だ」

「まぁそうだね。ちょっと付け足すと、ヘルムートのブレスを食らった泥棒が、どろどろに溶けて死んだって話があるから、DDと同じ腐食の属性かなとは思っていたんだけど」

 DDは呆れたように肩をすくめた。


「ほんとになにも知らねぇんだな。グイドの野郎め、話すならちゃんと話しやがれ。…………まぁいい、ヘルムートは死の属性のドラゴンだ。腐食ってのは半分正解で、死は腐食の上位互換だ。腐食は死を早めるが、ヘルムートは死そのものを叩き付ける。ブレスを食らったやつが腐るのは、細胞が全て死んでいるからだな。不死なのは、ヘルムートが死そのものだからだ。死体が死なないように、ヘルムートが死ぬこともねぇ」


「詳しいのだな」

「俺はお前達とは生きてきた時代が違うんでな」

 DDは現存する唯一のエルダードラゴンだ。つまりDDはおとぎ話が言う、昔々のその時代を生きているのだ。


「そなたはヘルムートを知っているのだな。ヘルムートとはいったいなんなのだ?」

「私も教えて欲しいな。好奇心がうずくよ」

 おとぎ話の怪物であったヘルムートの真実を知れる、これほど心が沸き立つ者はない。

 ジェーンはギルベルトのことなど忘れて、DDの話に聞き入った。


「俺が生まれる前の話だが、最強のドラゴンを作ろうとする一派があった。目的は知らんが、まぁ争いの絶えない時代だから力が欲しかったんだろう。そいつらは炎、氷、電気など様々なドラゴンを掛け合わした。お前ら人間だって、優秀な子供を作るために、優秀な者同士が結婚することがあるだろ。それの拡大版だな」


 異なる属性のドラゴンが子供を作った場合、その子供は両親どちらかの属性を受け継ぐことが多い。だがまれに、両方の属性を併せ持った子供が生まれることがある。

 そうした子供は強力なドラゴンに育つことが多い。


「あらゆる属性のドラゴンが掛け合わされ、出来上がったのがヘルムートだ。絵具を無茶苦茶に混ぜ合わせると、真っ黒になるだろ。あらゆる属性が合わさり、真っ黒な闇になった。それこそがヘルムートだ」


「……それから、どうなったの?」

「ヘルムートは圧倒的な力で、世界を支配した。悪人を狩る怪物というのは創作だろうな。ヘルムートは、ただ支配していただけだ。ヘルムートが支配することで、無秩序だった悪の世界にルールができた。だから、必要悪と言えば必要悪と言える。ヘルムートは弱い者いじめを好まなかったからな。配下のドラゴンも、弱者をいたぶることはしなかったはずだ」


 強く、悪く、だが弱い者いじめは好まない。きっと誇りや信念のある悪だったのだろう。

 ――DDに似ているわね。

 強者としてただ君臨する、それはDDの生き方と同じだろう。DDはヘルムートに憧れていたのかもしれない。


「…………そこからはお前らも知っての通り、ヘルムートは英雄グイド・クラインによって討たれ、封印された。封印の場所も、仕組みも俺は知らねぇ。だがヘルムートが不死である以上、生きていることだけは確かだ」


 にわかには信じがたい話だ。だがDDは嘘を言っているように見えないし、嘘をつく理由も見当たらない。

 おとぎ話だけの存在だと思っていたヘルムートが生きている。それが重い現実となってのしかかる。


「……そなたの話をすべて真実だとして、話を進める。まず、ギルベルトは今の話を知っているのか?」

「知らねぇか、知ってても一部だけだな。あいつは所詮、二千歳程度のガキだ。あの時代に生きてたわけじゃねぇ」


「次の質問だ。封印を解くことは可能なのか?」

「できるだろうな。そもそもまだ封印が持ってるのが奇跡なぐらいだぜ。封印なんてものは、手入れをしねぇとすぐ錆びるもんだ。外から開くことなんざ造作もねぇ」

「ギルベルトにもできるって事だね。なんだか難しいことになってきたね。頭おかしい狂信者を倒して終わりだと思っていたのにさ。ギルベルトは倒しつつ、封印も守らなきゃいけないなんて大変だね。国王の遺言もあるしさ」

 ジェーンがそう言うと、人を食ったような笑みでDDが笑った。


「めんどくさい事なんて何もねぇよ。ギルベルトを倒せばいい。それだけだ」

「雑な考えに賛同したくはないが、おおむねその通りだ。ただ付け付け加えるならば」

サードが話している最中に突然、ベルのような音が鳴り響いた。甲高い音が、私を見つけろとでもいうように響き始める。

 突然の騒音に驚く中、サードだけがためらいなく音の発生源を見つけ、手に取った。


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