サードの友人
一か月後、サードは刑務所の入り口に座っていた。入り口の守衛室から椅子を一つ拝借し、刑務所から出てくる者を待っていた。
待つこと五分。一人の男が警備員一人連れず、歩いてやってきた。
「なかなか見違えたじゃないか」
歩いて来たのはDDだ。手に手錠はなく、髪は整えられている。目は相変わらず怖いが、それだけに特徴的だ。顔の造形の良さもあってか、集団の中でも目立つだろう。悔しいが男前だ。
「あまりにも遅すぎて忘れられたんじゃないかと思ったぜ」
「手続きには時間がかかるんだ」
サードはポケットから指輪を二つ取り出した。
サードは片方を自分の指にはめ、DDに向かって指輪を投げた。
「なんだこれは、呪われているぞ」
「生命共有の魔法がかかっている。簡単に外されては困る代物だ、呪いは我慢してくれ」
生命共有とはその名の通り、命を共有する魔法だ。指輪をはめた二人の命がつながり、片方が死ぬともう片方も死ぬようになる。主に裏切り防止に使われる魔法だ。
「指輪をはめると、俺とお前の命が繋がるということか、…………つまりお前を殺せば俺も死ぬと」
「理解が早くて助かる。凶悪犯を野放しにはできないんだ。分かってくれ」
「ここで俺が逃げたら?」
「看守が数十人体制でお前を見張ってる。これを付けずに本来の姿に戻ったら、すぐにそなたは蜂の巣だ」
「だがお前は死ぬ。俺に殺されてな」
「覚悟の上だ」
DDはおとなしく指輪をはめた。ほっとしたが、安堵は顔に出さない。
サードの指輪が熱を持ち、輝いた。熱いほどだ。おそらくこれでDDとサードの命はつながったのだろう。
「人間ってのはずいぶんと小さい命だな」
「分かるのか?」
「つながってる命ぐらい分かるさ。めんどくせぇな。ちっぽけすぎて踏みつぶしてしまいそうだぜ」
DDがサードを見下ろしていった。人間の姿でも、DDのほうが一回り大きい。
「元来、人間とはそういう種族だ。さて、宿は用意しているが……飛んでいくか?」
「そうだな、久しぶりに大空を羽ばたきたい。いい天気だしな。だが、鞍はないぞ」
ドラゴンの鞍は基本的に個体に合わせた特注だ。馬などと違い、個体差が非常に大きいため他のドラゴンの鞍を流用するのは難しい。
「私はライダーだ。激しい飛行でなければ問題ない」
「自信満々だな。せいぜい振り落とされないように気を付けろよ」
風が吹き、砂埃が舞う中、瞬時にドラゴンに姿が変わる。
漆黒の翼、闇色の鱗、黒く輝く爪。そして何よりも巨大な体躯。爪一本が、サードと同じ大きさだ。その巨大な体は、それだけで他者を威圧する。
見るものに恐怖を覚えさせるその姿は、まさに暗黒竜といった出で立ちだ。
「悪人面ではあるが、なかなか格好いいではないか」
「中身も悪人だがな」
「知ってるさ。さて、飛ぶのなら乗るぞ。案内する」
サードはDDの背に乗って、両手で鱗を掴み、足を鱗にひっかけた。サードの鍛え上げられた肉体なら、鞍がなくともある程度は耐えられる。
だがDDの飛翔はサードの予想をはるかに超えるものだった。たった一回の羽ばたき、それだけでDDの巨大な体が浮かび上がる。二回目の羽ばたきで山より高く浮かび上がり、三回目には音を置き去りにした。
サードは魔法を唱える暇もなく振り落とされ、大空を舞った。サードは落ち着いて浮遊の呪文を紡ぐ。ライダーにとって高所からの落下はよくある事態だ。落下死を防ぐための呪文は、ライダーなら誰でも習得している。
サードが呪文を完成させると同時に、DDが戻ってきて、サードを受け止めた。
「早すぎだ」
「まさかあの程度で振り落とされるとは思わなかったんでな」
「挑発のつもりか? おとなしくゆっくりと飛べ。私が落下死したら、そなたも死ぬぞ」
「まったく、人間は脆弱で困るぜ」
サードは振り落とされることのないように、周囲の魔力を集め、呪文を唱えた。
「風よ、わが身を守れ。テンペスト」
サードの周囲を風が舞い、風がサードを守る。風を操ることで、空気抵抗を減らしつつ、姿勢の制御も可能となる。
「早くて、正確な詠唱だな。教科書通りの動きだが悪くない」
「これでも学園では上位なのでな。目的地は南東の山のふもとだ。一分もあれば着くだろう」
「お前がいなければ十秒で着くがな」
「五十秒程度我慢してくれ」
サードの友人、アイラは学生寮で料理を作っていた。サードのドラゴンが寮にやってくると聞き、歓迎会の準備をしているのだ。
アイラは口から火を噴いて、薪に火をつけた。アイラはドラゴニュート、つまりは竜人族だ。二足歩行で歩く、親指が手の平と向かい合う構造をしているなど、人らしい構造をしている。だが皮膚はうろこで覆われ、大きなしっぽと翼があり、口からは火を噴くというドラゴンとしての特徴も併せ持っている。
アイラはエプロンを着て、鍋を火にかけた。中には水と様々な野菜が入っている。
一部のドラゴニュートには変身能力があるが、アイラにはない。そのため、鱗に引っかかって破れないように、ゆったりとした服を着ている。ゆったりとした清楚な服と、おっとりとした表情がかみ合って、親しみやすい印象を与える。
遠くから何かが羽ばたく音が聞こえてきて、アイラは外を見上げた。羽ばたき音は次第に大きくなり、巻き上がる砂埃と共に寮の前に巨大な黒龍が着地した。
黒龍は巨大で、大きな口はアイラを一飲みに、鋭利な爪はアイラを紙のように引き裂くことができるだろう。だが何よりもおそろしいのは、底なし沼のように濁った眼だ。アイラを殺しても眉一つ動かさないだろう。女子供関係なく襲い、たとえ命乞いされようが耳をかさずに殺す、そんな悪人であることが目を見るだけで分かった。
――ああ、洗濯物を干し直さなければなりませんね。
アイラは事態に耐えられず、現実逃避をし始めていた。頭の中は幼少期の思い出が駆け巡っていた。
「出迎えご苦労。こいつが私のドラゴンだ」
アイラを現実に引き戻したのは、友人、サードの声だった。女の身でありながら、ライダーとして男と同等に戦う、アイラにとってのあこがれだ。
「え、さ、サードさん!? え、じゃあ」
「ああ、連れてくると言ったドラゴンがこいつだ。なかなかかっこいいだろ」
「ど、どどどどこから連れてきたんですかっ!」
「見た目で想像がつくだろ。刑務所だ」
「なななんてドラゴンを連れてっっ」
そこまで言ったところで、問題のドラゴンがすぐそばにいることに気づき慌てて頭を下げた。
「す、すいません。許してください食べないでください」
アイラが頭を下げると、黒龍は声をあげて笑った。
「ははは、これが普通の反応だよな。サードがビビらないもんだから、長い監獄生活で、迫力がなくなったのかと思ったぜ」
最初は恐ろしい怪物に見えた黒龍だが、笑っている姿を見ると、マフィアのボスのようだ。実力があり、余裕があり、少々のことでは怒らない。だが敵に回せば、なによりも恐ろしい。そんな風格を感じた。
「分かってると思うが、食べるなよ」
「ドラゴニュートってのは、ドラゴンのように力強い味と人間の柔らかさがあって美味いんだがな」
「私の友人だ」
サードは左手をDDに向けた。そこには生命共有の指輪がはまっている。
「安心しろよ嬢ちゃん。監獄にぶち込まれてからは、悪人しか食ってねぇよ」
「それは悪人しか周りにいなかっただけではないのか?」
「改心したんだよ。その証拠に看守は食べてない。あ、いや、女囚をいじめてたやつを何人か食った気もするが、悪人だからノーカウントにしてくれ」
それはつまり悪人ならば食べるということだ。しかもその判断はこの黒龍によるもの。黒龍から見て悪人ならば容赦なく食べられるということだ。
背筋が凍る思いだ。アイラはこわばった表情のままサードを見た。
「紹介がまだだったな。このドラゴニュートはアイラ。ドラゴンの整備士だ。体調管理から鞍の作成まで何でもできる優秀な奴だ。困ったことがあったらこいつに言えばいい」
アイラは黒龍を見上げた。鞍の作成となったら、採寸や仮仕立てに協力してもらわなければならない。常にサードがいてくれればいいが、二人きりになる時もあるかもしれない。それはかなり恐ろしかった。
「こいつはDD。見ての通り悪人だが、クズではないから安心しろ。意味もなく殺しはしないさ。それに、なにかやらかしたら刑務所に逆戻りになるからな」
アイラはDDという名に聞き覚えがあった。ディヤルバウル刑務所のD棟に、一万年を生きるドラゴンがいるという。神話の時代を生きたエルダードラゴンの一人。彼を知るものは死に絶え、もはや誰も彼の本当の名前を知らないという。
だからDD。ディヤルバウル刑務所D塔のドラゴンとだけよばれる。話は聞いていたが、実在するとは思っていなかった。
「その様子だと、名前ぐらいは知ってるみたいだな。俺がDD、最後のエルダードラゴンだ。よろしく頼むぜ、アイラ」
DDが人の姿に変身した。姿が小さくなっても、彼が放つ威圧感は変わらない。
DDが右手を差し出してきた。
「こ、こちらこそ……よろしく、お、お願します」
アイラは恐る恐るその手を取った。
「さて、自己紹介も済んだことだし、飯にしようか」
サードの言葉でアイラは鍋の事を思い出し、慌てて鍋の様子を見に行った。
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