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~思ってたようにはいかなくて~

嘘みたいだろ。まだプロローグなんだぜ、これで


━━━━━【重要】サービス終了のお知らせ━━━━━


   お客様各位


平素より「バベル オブ エタニティ」をご利用いただき、誠にありがとうございます。


2002年8月のサービス開始以来、16年の長きにわたり多くのお客様にご利用いただきました「バベル オブ エタニティ」ですが、誠に勝手ながら2018年10月19日(木)15:00をもちましてサービスを終了させていただくこととなりました。


「バベル オブ エタニティ」をご愛顧いただいておりましたお客様には、厚く御礼申し上げます。

サービス終了に伴い、未使用の有償パッケージはすべてジュエルに還元し、アカウントへ払い戻しとさせていただきます。


サービス終了までのスケジュールの詳細につきましては下記の通りとなります。

――――――――

―――――

―――




 黒く厚い、雲の下。

 雨上がりの海原を進む大型フェリーのデッキ上で、手摺りに寄り掛かっている1人の若い女性―――鮎川(あいかわ)言花(ことは)は、それまで見ていたスマホの画面から視線を外し、広がる雲と海とを恨めしげに見渡した。

 水平線を眺めながら、強めの潮風に踊らされる前髪を手で押さえる。船の上から虹なんか見えればロマンチックかもなんて思ったが、見えなければただの息苦しい曇天だ。その上、風は強いし冷たいし、良い事など1つも無い。

 軽い溜息を吐きつつ、トレンチコートのポケットにスマホを仕舞い、言花はデッキ中央部にあるベンチに腰を下ろそうと歩み寄り…その濡れ具合を見てやめた。

 今の季節は冬。暦の上では2月24日。

 真冬でこそないとはいえ、船上で浴びる潮風はとにかく寒い。濡れてしまえばもっとだろう。

 船内の客室に戻ればいいのかもしれないが、戻ったところでする事など無い。そのせいか、先程までそうしていたように、かつて入れ込んでいたオンラインゲームのサービス終了通知メールを眺めながら、ああしたかったこうしたかったなどと栓の無いことを、どうしても考え続けてしまう。だから綺麗な虹でも見れば気晴らしにもなろうと外に出たのだ。

 そもそも、こうして船に揺られて旅をしているのは、2週間ほど前に受験した医師国家試験の合格発表までの間、ゲームから距離を置くことでの気分転換が目的である。『バベル オブ エタニティ』がまだ続いていたなら、当然のように費やしたであろう試験から合格発表までの1ヶ月間だが、空いたのは予定だけではなく、心の中にも、自分が思っていた以上に大きな穴が空いていたのだ。

 こう言ってはなんだが、国家試験に落ちるよりも、今の彼女は落ち込んでいる。

 おかげで試験当日のコンディションも最悪の極みであったため、見兼ねた両親が、一人暮らしの言花を半ば無理やりアパートから引きずり出し、これまた半ば無理やりフェリーに押し込み、今に至っている。

「…………」

 再び小さく溜息を吐き、曇った空を見上げる。

 ゲームで落ち込んでいるのだから、ゲームから引き離せば良い気分転換に……なるわけが無かった。

 むしろ、他のタイトルで気を紛らわせるという選択肢さえ断たれ、トドメを差されたにも等しい。

 『ゲーム』や『インターネット』の類に否定的な両親のもとに生まれたことへの恨めしさを、何度目かわからない溜息で身体から吐き出し、代わりに冷たい潮の香りを大きく吸い込む。

 この深呼吸で気分転換っぽい事をした。そう自分に言い聞かせ、船内に通じるドアに向けて言花が歩を進めた時。

 大型船舶特有の重たい鉄扉を押し開けて、1組の母娘―――興奮気味にはしゃぐ幼い娘とそれを嗜める母が外に出てきた。

「わぁぁ!さむいー」

「走っちゃダメよ。危ないわよ」

 ピンクのダウンに身を包んでいる娘の方は小学校低学年ほどだろうか。子持ちにしては若く見える母の静止も、潮風の如くどこ吹く風と、冬の童謡で歌われる犬のように少女は駆け回る。

「…あっ!」

 と、案の定、その小さな身体は水溜りに足を取られてバランスを崩した。

「……!」

 咄嗟に走り出す言花。柔らかいダウンが水飛沫を上げる前に、なんとか両腕が間に合った。

柊和(ひより)!」

 遅れて、子供の名を呼びながら駆けてきた保護者に、言花はスマホを取り出しながら、支え起こした柊和を(まか)せる。

「ありがとうございます。柊和、だから走っちゃダメって言ったでしょ?」

「ごめんなさい…」

 言花に礼を言い、低い目線に合わせて屈みながら叱責する母と、バツが悪そうに俯く娘。

 その母の方の肩を、言花の手が2度叩く。

「…はい?」

 怪訝な顔で振り向く彼女に、言花のスマホが向けられた。画面ではメモ帳らしきアプリが起動している。

『足首を捻挫しているかもしれません。痛みや腫れの有無を確認してもいいですか?』

 大袈裟かもしれないが、柊和が転倒した際に見えた足首の角度が、少し不自然に思えて気になったのだ。

 言花は素早くスマホを操作し、再び入力した文字を読ませる。

『ご安心ください。簡単な診察だけですので、すぐに済みますよ』




「本当にありがとうございます。まさかお医者さんだったなんて」

 濡れたベンチに腰掛け、柊和の足首に自前の包帯を巻き終えた言花に、若い母は何度も頭を下げていた。

 少々むず痒さを感じつつ、医者の卵は例によって無機質なスマホに言の葉を乗せる。

『まだ資格は取ってないので、、、。ともあれ、症状もヒドくはないようなので、このあとは出来るだけ動かさないようにしてあげてください』

 次いで言花のスマホは、喋らない女医とその代わりに言葉を話す端末を不思議そうに見比べる柊和に向けられた。

『なおるまで、走っちゃダメだよ。やくそくしてくれたら、いいものあげる』

「いーもの?」

 興味が移り、『いーもの』への期待に目を輝かせる少女に言花は微笑み、一目に実用性重視とわかるビジネスバッグから、それを取り出す。

『わたしの女子力のすいをあつめた、コレをしんてー☆』

 片手にスマホ。もう片手には…。

「…はこ?」

 見慣れない、アニメキャラのような絵柄がプリントされた小箱を前に小首を傾げる柊和に対し、言花は優しげな微笑みから変わって得意げに笑う。

『優勝とまではいかなかったけどね。環境に真っ向から抗いつつ決勝に残ったファイナリストたる私の女子力デッキだよ(`・v・´) ドヤッ!』

 スマホを置いた言花が楽しそうに箱―――若年層向けのとあるTCGの公式デッキケースを開ける。中身は、見る人が見れば、思わず唸るか驚くかという、カードのみならずスリーブやスリーブガードに対戦マット、……とサプライ品にも拘った代物だった。

「…カードゲーム、ですか…?」

 柊和の母は、心做(こころな)しか顔を引き攣らせている。どうやら、若くは見えても、彼女は『見る人』には当てはまらないようだった。

「これが、いーもの?」

 しかし、幼い柊和はその品物より、それを嬉しそうに披露する言花の表情に惹かれたらしい。キラキラした目で一式を受け取り、子供らしく無邪気に喜ぶ。

「はしらない!やくそくする!」

 貰った小箱を大事そうに抱える柊和。母は少しの呆れが滲む愛想笑いだったが、喜んでいる娘を見て、それで良しとしたようだ。

 と、そんな和やかな雰囲気の中。

「…あっ!」

 不意に、柊和が空を指差し声を上げた。

「お日さま!にじ出てる!」

 少女の指が示す先を、大人2人の視線が追う。

 そこでは厚く空を覆っていた黒雲がわずかに裂け、その隙間から差し込む陽光が、ささやかながらも鮮やかな虹を浮かび上がらせていた。

「あら、本当。良かったわね、柊和。見たかった虹も見れて、オマケも貰えて」

「うん!」

 返事とともに、無邪気な少女はベンチから跳ね降りる。

 ほぼ無意識なのだろう。『走らない』という約束はすでに忘れ、そのままデッキ端の手摺りまで駆け出していく。

 しょうがない子だ。と声にせず言花は溜息を吐く。だがそれは、それまでの溜息とは別種のものであることを自覚していた。

 この船旅も、的外れなだけではなかったようだ。そう過保護な両親の親心に感謝しかけた時。

「…………!」

 柊和の進行方向。その足元の水溜りがキラリと、陽の光を照り返した。

 当の柊和は虹に夢中で気付いていない。立ち上がり柊和を追う母も、視界の角度のせいか水溜りに気付かない。


 ……言花が、声を掛けることが出来れば、2人は危険に気付いたかもしれない。


 しかし、彼女は声を掛けられず、代わりに無言のままで駆け出した。

 直後に、柊和が足を滑らせた。デッキの端で。

「柊和っ!!」

 ようやく娘の危機に気付いた母親の顔が青ざめる。その横からは言花が飛び出し、あらん限りに腕を伸ばす。

 お世辞にも大柄とは言えない、むしろ小柄な女性の短い腕だが、自身のバランスを犠牲にしたことが功を奏した。手摺りの下をくぐり海に投げ出されかけたピンクのダウンを、辛うじてその手に掴んだのだ。

「…~~~!!!」

 歯を食いしばり、無茶な体勢のまま、自らが床を滑るのも構わずに、全体重を乗せる勢いで腕を引く。そして離す。

「―――ぅあうッ!」

「―――!?柊和ッ!」

 幼い少女の甲高い悲鳴。それを娘の身体ごと母が抱き留めているという期待通りの光景を。


 言花は、船から身を投げ出した空中という期待に反した場所から見届けていた。


次の次の話くらいからいよいよ女子力の奔流が始まる、、、予定

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