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愛の言葉もなく  作者: まやま 森
3/3

後編

完結。






生まれた地から世界を跨ぐほど離れた地で、今度は愛するひとから逃げて逃げて。

もう、どれくらい経っただろうか。



あの日、神子に身体を診てもらった。

こちらの世界に来てからストレスからか不安定になった月のものの調子では自分の周期なんてよくわからなくて。

あの日が、危険日だったかすらわからなくて。


それでも、

あの日の彼の責めはとても初心者に対してのものではなかったような気がするけれど、初心者である私には測る術すらなく。


神子に、なにも知らない少女に、診てほしいと相談した。


私のお腹辺りを診て、目を見開いた神子に、ああやっぱり、と思うしかなくて。

事情を聞きたそうな神子に、聞かないでほしいと拒絶した。


彼のことは諦めるから、どうか。

この子のことは、守らせて。


そうして、誰にも言わず、私は、逃げ出した。



元々、私の私物なんてものは神子とは違い、ないようなもので。

ああ、私は、もしかしたら。

ずっと彼女が羨ましかったのかもしれない。


一緒に降り立った地で、特別な部屋、調度品。何もかもを得られる彼女を、羨んだ。


それでも。


彼が、あの子を選んでも。

この子のことだけは。

誰も、奪わないで。




多くはない金貨を路銀に王都から離れられるだけ離れた地。

そこから、小さな村に出稼ぎから帰るという老人に同行させてもらった先は、名前すら知らない本当に小さな村だった。


ここならば、王都の話題もあまり入らないだろう。

聞けば、老人のように出稼ぎに行った者から聞くくらいしか、情報網がないと言うのだから。



「──この村に、医師か癒師はいますか?」


この身体を──この身に宿る小さな小さな命を守るためには、知識を持った人に側にいてほしい。


嬉しいことに、医師もいるし、その上手伝いを探しているらしい。

そこに住み込みで働かせてもらうことになった。

この村は、小さいながらに助け合っている。

困ったときはお互い様、という精神のようだ。


突然現れた私なんかにも優しくし、事情を聞かないでくれた。


医師には身体のことを話し、そこから村中に広がり、皆が助けてくれるようになった。


優しさに、苦しいのか嬉しいのか、わからなかった。






「──すこしお腹も目立ってきたね」


「はい」


優しい目を向けてくれる医師に笑みを返す。

この膨らみが、とてもいとおしい。

思えば、自分の体を疎んだことはあっても、こんな風に感じたことはなかった。


ああ、でも。


あの日あの晩。

彼が触れてくれた時は、とても嬉しくて。こんな自分でも好きになれそうな気がした。



「……」


ふとした時に、彼を思い出してしまうのは、もう仕方がないと諦めた。


彼を諦めたようで、その実全然これっぽっちも諦められていないことに気付いてしまったから。



お腹を撫でて、彼と離れてからの日々を思う。


噂で漸く入ってきたのは、王子と神子が婚姻を結ぶという話だけ。

討伐に行った仲間のことは何も入ってこない。…勿論、彼のことも。


ただ、すこし前に人探しをしているようだと、出稼ぎから帰った村人が行った先で知り合いの商人から話を聞いたらしい。

人伝に聞いたから定かではないが、女性を探しているようだと。


逃げられた女房でも探してるんだろ、と冗談めかして話す村人に、他人事のように聞いていた。


私を、探したりもしてくれてるんだろうか。

あの優しい神子ならば、もしかしたら、探してくれるかもしれない。


かれ、は。

どうだろうか。


居なくなった私を、どう思っただろう。

あの日から数日は、神子や私を避けていたし、気付いたら居なかった、なんて軽く思っているかな。

それとも、世話をしていた人間が急に居なくなったことで、気にしてはくれるだろうか。


(あの人は、優しいひとだから)


だからこそ、失望させてしまうのがこわい。

これは、裏切りだから。


お腹を擦り、目を伏せる。



(ごめんね、)


この子が、父親を知ることはない。

それでも、私は語ろう。


きみのお父さんは強く優しい、素敵な人だったと。


嘘は、言わないから。



(だから無事に、生まれてきて)







「──辛気くせぇ村だなぁ!」


突如響いた声に訝しげな視線を向ける。

小さな村では、大声を出せば大抵聞こえるから。


村の入り口からやけに偉そうな態度で入ってきたその男は、冒険者のようななりで後ろに仲間を連れていた。


男を入れて、五人のパーティの冒険者らしい。

この村はギルドもない小さな村。

補給か休息の目的だろうが、態度が横柄で好きになれないタイプだ。

それは、のどかな村を愛する村人たちも同じだった。


顔をしかめて家に入る村人とは反対に、村長だけが男たちに歩み寄った。


「旅のかた、お疲れでしょう」


「あ?」


「この通り何もない村ですが、食事と簡易な宿ならあります。どうぞ」


「はぁ?俺たちがそんな粗末なとこに寝れるかよ」


「ですが、」


「でもわたしィ、疲れちゃったぁ」


「そうですね、神子様にこれ以上歩かせるわけにはいかない」


じゃあ出てけよと言いたくなるような男の台詞と、困ったような村長の声。

次いで後ろにいた女メンバーが甘ったるい声を出す。


それに、わざとらしく聞こえる声で他のメンバーが言った台詞に、一瞬固まった。



(は?)



「み、神子様ですと…?」


「そうだ!こちらにいるのは魔族討伐を成し遂げた神子様だ!」


反応した村長に、ニヤリと口角を上げた男がいい放つ。


呆然と見やる私の視線の先には、先程甘ったるい声を出した女。


勿論、その容姿は見覚えのある神子の姿とは到底似ていない。



(あれが、神子?)


何の冗談だ。

その間にも話は進んでいたようで、男たちは神子の名をかさに寝床や食糧、果てには装備やら馬まで用意しろと宣う。


いい加減、聞くに耐えないと、私は村長たちの前に立った。


この村には恩がある。

黙って略奪されそうなのを黙って見ているわけにもいかなかった。


それに、こんなやつらが神子や彼の名を騙ることも。



「村長、彼らは偽物です」


「!」


「な、何てことを」


「本物の神子様一行には、王子がついていっていたの。あなた、王子だとでも言うつもり?」


「ぐ、」


「それとも、王子はいないと?婚姻を結んだばかりで神子様が外に出ているのもおかしいよねぇ」


「っ、」


怯むパーティ。

どうせこの辺境の村なら騙せると思ったのだろうが、顔を知ってる私がいる。


残念でした、と舌を出そうとしたら、神子と名乗る女が後ろにいた大柄な男にすりよるのが見えた。

神子様、の一行の、大柄な男。


(まさか、)



「ちょっとーあの女、やっちゃってよぉ」


「まかせろ、神子」


ずん、と立ちはだかる巨躯からは知性や品位、騎士の誇りすら感じられない。


彼は、騎士でありながら、貴族の心得もあり、何より、騎士であることに誇りを持っていた。


なのに。

こんな木偶の坊が。



「お前、神子に逆らって、バカだなぁ。騎士である俺が斬ってやるぞ」


彼、を騙るな。


「ふざけるな。あの人は、騎士であることに誇りを持ち、私みたいな女でも、容易に切り捨てたりしない!」


「はあ?ガキがいんのにでしゃばったのが運のつきだな!」


「!」


ハッとお腹を庇うようにしゃがみこむ。


剣を振り上げる大男に、くそったれ、と吐き捨てて。


だけど、こんな。

この子の顔を見ずに、死にたくない。


歪んだ笑みを向ける奴らを睨み付けて。


「私が愛した人は、お前みたいに不細工なくそやろうじゃない!そんな汚い剣を掲げて、あの人を騙るな!」


見上げた醜悪な顔を更に歪めて、ひくり、頬をひきつらせる大男。


「言いたいことはそれだけか!くそがぁ!」


振り上げた剣を見て、それでも、目を背けはしない。


(あなたは、誇り高き騎士の子だから)


(お母さんは、負けないよ)



ああ、でも。



(本当は、)


たすけてと、さけべたら。



「──!」


「?」


何か、聞こえたような。

蹄の音。

叫ぶような怒鳴るような声。


必死な声。


聞いたことのないような激しい声はしかし、聞きたかった彼の声。



「な、なんだ?」


どよめく男たち。

剣を振り上げていた大男も、躊躇うような隙を見せた。

その隙に、村人が私を男たちから遠ざけるように手を引く。


私は、驚きにか動きも鈍く。

それでも、視線は後方から見える馬を、馬上にいる彼に縫い付けられたように動かなくて。


「なん、で」


「そこまでだ!」


ざ、と現れた彼は、間違いなく。


「神子の名を騙り、各地で悪行を働いていると報告を受けている」


「王国軍近衛騎士!?なんでこんなところに」


すこしやつれたように見えるその姿は、それでも凛々しい彼のもの。


ふ、と視線をこちらに向けて。

その瞳には安堵と、そして怒り。



「だが、お前たちの罪は…俺の愛する家族に剣を向けたことだ」


「!」


目を見開いた私の前で、彼は、その冷たく光る瞳を男たちに向ける。

剣の切っ先は大男に向けられて。


敵わないと察した男たちは、膝を折った。



「お前たちは王都に連行だ。牢屋で罪を改めよ。…もしその剣を振り下ろしていれば、命はなかった」


冷たく言い捨て、後ろ手に縛り上げ。

そしてこちらに意識を向けた。


目を細める彼の真意はわからない。

なぜ、ここにいるのかも。



「…」


「さがした」


「なんで、」


「あなたに、伝えたいことがあったから」


頬に伸ばされた掌が、あつい。


あの日も、あつかったなあとぼんやりと思う。



「傷付けて、すまなかった」


「え?」


「俺は、自分の気持ちに気付かないふりをして、あなたを傷付けた」


「気持ち?」


「ああ。あの夜、抱いたのはあなただろう」


「っ」


おぼえているの、おもいだしたの、

口は開けど声には出せず。

見つめる先には泣きそうに笑ういとしい人。



「……あの夜のこと、」


「あやまらないで、だって、私だって…」


謝罪の言葉を聞きたくなくて、遮って俯く。

無意識にお腹を覆う手に、彼は目を細めて。


「違う。謝りたいのは…あの夜の記憶が朧気なことだ。あなたを抱いたことは、謝らない」


「え…」


「抱きたいから、抱いた。あなただからだ」


「なに…言って」


「愛している」


「!?」


「愛しているんだ。ずっと、探していた…あなたがいない日々は、地獄のようだった」


「…っ」


「もう、放さない。俺に、その子の父親にならせてくれ」


そして、あなたの夫に。

そう囁いてそっと抱き締める手は、出会った頃から私を安心させてくれる。

しかし、その手が今は、震えているのがわかったから。


この人のそばにいたいと、本当はずっと願っていたから。




「わたしも、すき…愛してる」




漸く告げられた愛の言葉は、あの日の口付けとは違い、甘くて癖になりそうだな、と

思った私に、降り注いだ口付けが甘すぎて。


どっちも捨てがたいなぁと、お腹を撫でながらわらった。










名前を出さずに終了。


いつか加筆修正して長編にできたら、と思ったりしてなくもないです。


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