3:”止まり木”で羽根を休めるのは誰?(2)
エディが薄く口を開いたのは、この一押しで決める、そう意気込んだ私の言葉を受けて返答するためだと思っていた。でも、これまで私の一挙手一投足を見逃さないかのごとく、こちらを睨み続けてきたエディの視線は、なぜか部屋の奥へとうつされている。
「クレマンス嬢はこう仰っていますが……どうしますか?」
ジャンが座っているソファがある方とは反対側の壁に向かって、エディがそう呼びかけた。室内に他に人がいるとは思いもしなかった私は、まさかの展開に驚きながら、慌ててエディが向けた視線の先を見つめた。
書棚やサイドボードがすき間なく並ぶ様子を目でなぞっていくけれど、人らしき姿は見当たらない。と、壁面に不自然に間の空いた箇所があることに気付いた瞬間、その一部分がきしむ音を立てながら開いた。
「なーんで俺に聞く? 自分で判断しろよ」
隠し扉の向こう側から現れた、その人。
”止まり木”で出会った時は、店内が薄暗い上に私が酔っぱらってしまったこともあったのだろう。ジュリアンにそっくりな容貌をしているように感じていたけれど、明るい光の下で見る限り、金髪と碧眼以外は似ても似つかない。
ただ、意志の強さを感じさせる切り上がった眉、きつい印象を和らげる少し目じりの下がったアーモンドアイに、薄くとがった鼻先は、あの子に瓜二つで――
「ラウ、ル……」
死に戻ってからずっと思い出せなかったその名が、自然とこぼれ落ちる。小さく呟いたと思っていたけれど、静かな室内では私の声は意外と大きく響いていたようで、その人は驚いたような表情をこちらに向けた。
「エディだけでなく俺のことも知っているのか。こいつはいよいよヤバいな!」
その挑戦的な表情は、よく覚えている。そう、その笑い方。片方の口角を上げるこの微笑み方がジュリアンに似ているような気がして、だから私はこの人をジュリアンの身代わりに選んだのだ。
こちらの時間軸に戻ってから数日。ルシウスの父親に関することは、思い出そうとしても頭にもやがかかったようにずっと曖昧だった。記憶が蘇ることはあっても、その時に言われた言葉や雰囲気、肌の感触という断片的なものが鮮烈に思い浮かぶのみ。私がルシウスの父親捜しになかなか手を付けられなかったのは、忙しいというだけでなく、取っかかりとなる具体的な手掛かりが何一つなかったからだった。
そんな状況がずっと続いていたのに、まさかこんな縁もゆかりもなさそうなこの場所で、今世で目標を成し遂げるためには必要不可欠の人に再会できるなんて。
嬉しい、とは思う。でもその反面、他にやるべきことがあるいまはちょっと困る、という思いを複雑に絡み合わせながら、エディの隣に並ぶラウルを見上げた。
こうして間近で見ると尚のこと、ルシウスの面影をはっきりと感じる。
あの子が大きくなったら、こんな感じの青年になっていたんだろうか。そう考えた途端、強い感情がこみ上げてくるのを感じた私は、それを抑えつけるために唇を強めに噛みしめた。
「さて、と。聞きたいことは色々とあるんだが……その前に、君の話を聞くのが条件なんだよな?」
「……え、ええ、そうです」
「その交渉のテーブルに着くのは、俺でも構わないか?」
「それはもちろん。王家の方にお話を通すことができるお立場でいらっしゃるなら」
「そこに関しては問題ない。俺が王家の人間だから」
「……」
さらっとすごいことを言われた気がして、思わず黙り込む。
「ただの王族じゃ不満か? 王太子がいいって言うなら、やっぱりエディの方が」
「えっ、あ、あの……お、王太子って」
「アランブール王朝のほまれを一身に背負い、 神の加護と国民の信託をその双肩に担う者! 国王陛下の名代、エドワール王太子殿下! ……ってのはコイツのことだ」
そう言ってエディの肩を強く叩き、満面の笑みを私に向けるラウル。
ご立派な口上でのご紹介を受けた私の方は、ラウルが王族であることに加え、さらにものすごい事実を重ねて詳らかにされたことにより、茫然と立ち尽くす以外の選択肢を失ってしまっていた。
「リオネル殿下、あまりクレマンス様をお揶揄いにならぬよう。驚きすぎて、固まっておられます」
いつの間にか私のそばまで来ていたジャンがそう苦言を呈すと、私の背中をポンと叩いて活を入れてくれた。でも、そんなもので私が正気を取り戻せるわけもない。全身を強く揺すぶるとか、何なら頬を張るくらいの強い刺激を与えてくれた方が、思考回路は正常に巡り始める気がする。
「ふーん、なるほどねぇ。俺とエディが”止まり木”に出入りしていることは知っていたが、どういう立場の人間か、ということまでは把握できていなかったか」
興味深げにそう呟き、私を覗き込むラウルの表情は、これ以上ないくらいに楽しそうだ。その反面、隣のエディ……いや、エドワール王太子は、呆れたようにため息をついて小さく首を横に振っていた。
「あ、あ、あの……ジャン」
「……何でしょうか」
もう”マルセルだ”と訂正する気も失せたのか、ジャンは私の呼びかけにため息交じりで応えた。
「その、無知をひけらかすようで大変お恥ずかしいのだけれど、リオネル殿下、というのは」
「あなたが”ラウル”とお呼びになったその方です。エドワール殿下の兄君にあたります」
もう驚きすぎて、頭も回らないし声も出ない。
お見合い前の面談にまさか王太子殿下ご本人が臨まれるとは思ってもみなかったし、王子殿下までが隠し部屋に潜んでいることなんて、さらに予想できなかった。
そして、今世において発覚した衝撃の事実。ルシウスが、庶子に当たるとはいえ、王族の血を引く子だったなんて。
交渉するにあたって重要なのは、その場の空気を自らが先導して作り上げること。そんな父のアドバイス通りには立ち回れないかもしれない、と思わせるような想定外だらけの展開に、私はただ頭を抱えることしかできなかった。




