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クレマンスの告白~公爵夫人に”成り下がった”人生をやり直して、最愛の子を取り戻します  作者: 四ツ橋ツミキ
【第7章】力 ―鷲獅子を飼いならす交渉術

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3:”止まり木”で羽根を休めるのは誰?(1)




 感触に驚いたように、エディの手がピクリと小さく跳ね上がる。手首を拘束する力は更にやわらぎ、私は何の抵抗を感じることもなくエディの指をほどくことに成功した。


「何度も申し上げますが、あなた様と敵対するつもりは(いささ)かもございません。ただ、私の話を聞いて頂きたいのです」

「それがあなたの望みですか」

「その先を求める下心はもちろんございます。あわよくば、王太子殿下、もしくは王家のどなた様かに私のお話を通してほしい、とは思っておりますけれど」


 私がそう言うと、エディは不思議そうに私を見つめ、首を傾げた。


「まずは、あなた様がこの提案が有用なものであるかどうかをご判断下さい。その上で拒絶なさると仰るなら、」

「話が見えないな」


 怪訝な表情は変えないまま、私の言葉を遮ると、エディは一歩分後ろに下がりながら腕組みをした。


「あなたが今日、この見合いを受けたのには、何か目的があるはずと踏んでいました。しかし……我々が考えていたような理由で宮殿に潜り込んできたわけではなさそうですね」

「潜り込むだなんて、私が間者か何かに見えていたと?」

「ええ、まあ」


 思いもよらないレッテルを貼られていたことに驚き、言葉を失ってしまう。エディはそんな私に苦笑いを向けながら、小さく息をついた。


「私が言うのもなんですが、王太子との見合いなど、サントクロワ公との婚約成立を延ばしてまで臨むものではありませんからね。王家を優先した、と聞こえのいい話が世間には流れていますが、正直、良からぬ思惑を隠すための苦しい言い訳としか思えませんでした」


 ジュリアンとの婚約については、現在ではまだ交流のないはずのセレスティーヌですら知っていたことだ。王家、もしくはそこに仕える人が知らないはずはないとは思っていたけれど、まさかそれがあらぬ疑いを掛けられる要因になっていたなんて。


 まずはこの障害となっているところから取り除かなければ、話は進まないどころか聞いてもらうことすら難しいだろう。疑念を払い、突破口を見出すためにも、ここはきっちりと情報を修正しておかなくては。


「一つ訂正をさせてくださいませ。私はサントクロワ公爵と婚約の契りを結んではおりませんし、今後もその予定はございません」


 私がきっぱりそう言うと、エディは呆れたような笑みを浮かべて小さく首を横に振った。


「それはあり得ない。より高位の立場の人間からの申し入れは、断らないのが流儀のはずです。貴族として歴史深いヴェルレー家が、そのような対応をとるとは思えませんね」

「その流儀を覆したまでですわ。たとえ世間から愚かだと揶揄されることになろうとも、果たしたい大義がございますゆえ」

「大義、ですか」


 エディの目が細められ、その表情はさらに険を含んだものになる。まるで強く責められているような感覚に襲われた私は、思わず肩をすくませた。


「つまり、ヴェルレー家はその”大義”とやらを果たすためにサントクロワ公との婚約を破談にし、王家に近づこうとしているわけですね」

「……」

「クレマンス嬢、あなた自身はそれがどれほど大きなことであるのか、分かっていらっしゃるのですか?」


 エディが私に問うているのは、貴族同士の派閥だとか、権力争いのなにがしだとか、ということだろう。ヴェルレー家のこの国における政治的立場がどのようなものなのか、なんて、温室でお茶の飲み方しか教えられてこなかった私が知る由もないことではある。


 だけど。


「これは、私の一存で進んだお話ではございません。父たるヴェルレー伯爵が采配を振り、この選択を取ることになったのです。私が状況をどう理解し受け止めているかなどは、いまは関係ないことです」

「なるほど。あなた自身、ヴェルレー伯の駒のひとつに過ぎないと仰る」

「ええ、そう捉えて下さいませ。私の言葉はすべて、ヴェルレー伯爵のそれを複写したものであると」

「ならばその心の奥底には、サントクロワ公への思いが押し隠されているかもしれない」


 私の言を遮り、エディがそう言った。


「あなたは表立ってはヴェルレー伯に従っている素振りを見せているが、その裏でサントクロワ公から受けた(めい)を果たそうとしている。あるいはヴェルレー伯自身が、そういった二心を胸に潜ませているかもしれない」

「……何が仰りたいの」

「ヴェルレー家自体がサントクロワ公の手先、という可能性もあるということです」


 衝撃的な主張を受けて、私は息を呑んだ。


 どうやら、エディが恫喝に近いかたちで私を問い詰めようとしたのは、あのような下町の居酒屋で働いていることを知っていたから、というだけではなかったらしい。


 一切の弛みを見せない鋭い目つきに、高圧的な口調。そこから見いだせる強い警戒心は、いまこの場にいる私、()いてはヴェルレー家そのものを通して、背後で糸を引いている人物に向けられているような気がした。


「可能性の話ですよ、そう怖い顔をしないで下さい。王太子との見合い、という場であるにもかかわらず、腹には違うものを抱えて登城なさったのですからね。いまのところ、あなたの言葉を鵜呑みにしていい要素は何一つない状態ですので」

「そう思われるなら尚のこと、私の話を聞くべきではございませんか?」


 王家とサントクロワ公爵家の間には、何かある。そしてその”何か”について、ヴェルレー家はサントクロワ公爵側についていると疑われている。そこに気付いた私は、その疑念を払うため、という(てい)を装って話を持ち掛ける作戦に打って出ることにした。


「先ほども申し上げましたが、今日ここに馳せ参じたのは交渉のためです。私が……いえ、ヴェルレー伯爵が信頼に足る人物であるかどうかは、私の話を聞いてからのご判断でも遅くはないかと」

「……」

「さあ、お答えください。私の話を聞き、その上で情報を得るのか。それとも強引な手段で私の口を割らせるか」







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