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ソファで夢を見る

タイトル決まった!

次話から移植して追記しました

(2026-04-17 01:55)




「最初に申し上げました通り、この少年は我が領で保護しています。幸い水が合ったようで、良縁と申しますか──身柄を引き受けたいという将来的な話もあるのですよ」


 まるで他家の話のような顔で、グステンは手元の書面を繰りながらそんなことを言った。


「実は、その家がですね」

「いい、いい。そこまで当方(うち)が関知することでもない。──そんなことまで調べてきたのか? 本当に相変わらずだな貴様は」


 資料を片手に説明しようとした男を、クラウディアは虫でも追うように片手を振って止めた。

 アレクサンデルの母、ヌーボルニュ公アンヌに古くから仕えるザウスナ家にとっては──その“受け皿”が聖女ハリエットの家であると知らされない限り──正直言ってどうでもいいことではある。ザウスナ家の側も調査を回したのだろうが、把握しているのはせいぜい、シュピーゲル家の庶子の性別や年齢、現在の身分、あとはざっくりとした外見的特徴(特にない)程度のものだろう。学院内の人間関係や成績まで調べ上げてくるヘーゼの諜報力が異常なのだ。

 代理伯の性格を見越して、遮られることを前提に話すポーズを見せたということだろうか。涼しい顔で元通り書類を伏せるグステンを、コーネリアスは遠い目で眺めた。

 危ない賭けすぎてひやひやする。「ほう。どこのどいつだ?」とか尋かれたらどうするつもりだったのだろう。……



  ⚸



 家族法の擁護者として、聖国各地の司教領は、管轄区域の児童福祉にも大きな裁量がある。悪質な事案には、立ち入り調査や被害者の保護権が認められているほどだ。

 もちろん教会は、能動的に戸別の監督に乗り出しているわけではない。訴えがあった事案や、救護などで教会の庇護下に入った者が主な救済対象である。

 エルトゥヒト司教領の中心部を割譲され誕生したヘーゼ領にも、管轄内で起きた重大事案に介入する責務があるのだ。原則として調査・関係者を集めた公聴会を執り行い、教会裁判にかけるまでが慣例となっている。


 もっとも──聖界も直接介入にそれほど前向きなわけではない。末端の教区には熱心な神職がいることもあるが、総体としての教会がいきなり立入検査や身柄の確保に踏み切ることはしない。

 是正勧告や説諭、家内での解決が困難であれば転居の斡旋をまず先に行う。有形力の行使や公訴に及ぶのは、隠蔽や証拠隠滅・再犯が疑われるような、特に悪質な事例に限られる。

 エルトゥヒト司教領は、世俗領地の線引きを超えて、いくつかの所領を包括的に管轄している。ホルフェーンは隣接するダインレム司教領の管轄にあたり、教会領が告発した際には自動的に越境事案になるはずだ。そうなれば教会全体に通達が走る事件として、聖界諸侯の耳に入るのも時間の問題である。

 選王選挙を控えた主家のことを思えば、ザウスナ家もそれだけは避けたいだろう──というのが、グステンの見立てだった。

 そして──この場におけるクラウディアの反応を見る限り、それは間違っていない。



  ⚸



「なるほどな。合法化(legitimare)か」


 グステンの持ち出した条件に、クラウディアは思案顔で顎を撫でた。

 彼は庶子の具体的な処遇について明らかにしていないが──婚姻にしろ、教育機関や名家への編入にしろ、身分が宙吊りの者は受け入れにくいという考えは充分に説得的なものだ。身分に瑕疵のある状態での受け入れは、後世に思わぬ火種を残す。父親側が後から口を出してこないという保証が欲しい家もあるだろう。

 長子相続が尊ばれるこの珀州大陸の文化においても、先に生まれた子を合法化したからといって、そのまま嫡出化されるわけではない。後継者の指名権はあくまで家長にある。家どころか領地を離れることが決まっている庶子を、一時的に家系に加えるだけで事なきを得るなら、反発する当主はそういないはずだ。


「妥当な落とし所だろうな。あの夫人は多少つつかれたくらいで折れる玉でもなかろうよ。少なくとも家には戻さない方がいいだろう」

「そうですね。家内監察としても、許可するわけには参りません」

「だろうな。今度こそ殺しかねん」


 面倒で仕方がない──という顔をして、クラウディアは気怠げなため息をついた。


「ディーターは、あれは朴念仁だが真面目な男だ。折り合いがいいとは思っていなかったようだが、妻と使用人がぐるになって虐待しているなどと想像したこともなかったらしい。ずいぶんと落胆していたと、調査にあたった者からは聞いている。家督にも影響せんしな。おそらくはすんなり呑むだろう」

「それは朗報ですが──家でここまでのことが起きていて、当主がまったく知らないということがあるんですね……」

「まあ──庇うわけではないが。護岸騎士は長期任務も多い。第一、皆が貴様のように人の顔色や空気を読めるわけじゃあないのだ。それにしても鈍すぎるとは思うが」


 苦いものでも食ったような顔で、グステンはわざとらしく眉間を揉みしだく。ギシッ、と音を立てて椅子にもたれかかったクラウディアが、笑みすら浮かべながら彼をからかってみせたのには驚いた。

 他領の子爵夫君、しかも教会監察の名を帯びてやってきたはずの相手を、いつの間にか身内のように扱っていることに──この人は気づいているのだろうか。

 この場での会話を聞く限り、グステンとクラウディアは完全に共犯関係になっている。「教会裁判に発展しないよう抑えてやるから、こちらの条件を呑め」と、突きつけている構図にはとても見えない。


 ──シュピーゲル家という、

 ──共通の敵を作ってしまおうと思う。


 あの日──。

 夫君の執務室で、クラウディア宛の書面を起案しながら、グステンは確かにそう言っていた。それがどんな行動を意味していたのか、ようやく分かった気がする。






ソファで夢を見る/STILLS & 千葉雄喜


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