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素描1





 トントン、と、軽く記録机を叩く指の音がした。

 見上げると、いつの間にか壁伝いにすぐ傍まで来ていたアンドリースが、何食わぬ顔で後ろ手を組んで立っているのが見えた。視線の先を追うと、今まさに本題に入ろうというクラウディアの宣言が耳に飛び込んでくる。


 ──あ、そうか。


 アンドリースの代わりに、従者の役を振られていたことを思い出した。思い出させてもらった、の方が正しいか。話を聞くのに没頭していて、自分の役目を忘れていた。

 書籍鞄にまとめてあった紙束と筆記具を取り出し、グステンの前に並べていく。「ありがとう」とわざわざ振り返って礼を述べる主人に、無言で一礼して速やかに席に戻った。

 アンドリースは、と見れば如才なく、元いつの間にかいた壁際の位置に収まっている。

 隙がない。




 気を取り直して、目の前に広げた筆記道具に目をやる。

 備えつけの木製インクスタンドに、来訪者が持ち込んだペンとインク入れを設置するようになっている。渡した紙資料を手に取る長卓の2人をちらと目の端に確認して──コーネリアスはふ、と小さく息をついた。

 中央の砂箱を挟んで、腰に提げて持ち歩くタイプの背の低い小(びん)を2つ並べる。

 指を切りそうな薄い縁の真鍮製の壜には、さらさらとしたテクスチャの青黒いインクが三分の一ほど注いである。肉厚の陶器でできた、小ぶりながら重厚な壜には、もったりと重たいテクスチャの濃褐色のインクが、八分に少し満たないくらい充填されていた。

 指先に弱い魔力を集める。

 細い蝋燭に火を灯すような、針の穴を通すような、小さな光の泡をひとつ膨らますイメージ。あと少し力を込めたら弾け飛ぶというところで注力をやめ、ひと息にシンボルを描いた。



挿絵(By みてみん)



 平たい長方形の上に、樅の葉のような穂が2本立ったシンプルな図案だ。原初の古代文字で「言葉・書く」を意味する表意記号なのだと、「塔」の禁書庫に出入りするようになって知った。

 軍用無線として発達した魔法使いの通信魔法。その補助技術として生まれた、音声を言葉として書き起こす転写の魔法である。

 俗に〝空綴(そらつづり)〟と呼ばれている。


 非常に原始的な技法で、人の声から獣の鳴き声、無生物のあげる物音まで、感知した音を端から言葉に残す。高音域と低音域の区分のみかろうじて認識してくれるものの、特定対象の発言だけ抜粋するような小器用な真似はできない。

 元はといえば負傷や悪環境下などの聴き取りが困難な時、差し当たり文字に起こして読むことができるように作られた応急処置のような魔法だ。多少改良して議事録に使えなくはない程度に整えたけれど、聞こえたものを手当たり次第書き起こす性質だけは直っていない。


 船乗りの星朴、紙職人の本の修繕など──「塔」の建立よりはるか昔から、民間で培われてきた学閥にまつろわぬ魔法がある。ほとんどは労働者階級や職人の手技として伝わり、多くは魔法とすら思われていない。禁書庫に入り浸り、古代固有魔法の資料は端から読んだけれど、どこにも記載のないものの方が多かったくらいだ。学術的には失伝しているということだろう。

 人使いの荒い師に知られたが最後、嬉々とした顔で「お前がまとめろ」と軽く命じられたものだった。嘘でしょと思う。何年、何十年かかるか知れたものではない。


 チリチリ、と、真鍮の薄い壜が震える。振動を集め増幅する、これらの器は受信器だ。青黒いインクが豆の芽のような細い蔓をするすると壜の口から伸ばした。紙の表面に着地する頃には、現代文字──ここでは低地諸邦語(共通語)──の形をとっている。



  馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、これほどだとは思わなかったぞ。いっそ感心する。



 いきなりストレートな罵倒が書きつけられるところから始まって、なんとも言えない顔になってしまった。

 ……とりあえず、感度は良好なようだ。






素描1/牛尾憲輔


星朴(初出)

https://ncode.syosetu.com/n7462km/16/


本の修繕

https://ncode.syosetu.com/n7462km/88/


シンボルは古拙文字をベースにしています

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