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作家交流会 前


 とびぃ菜の行動範囲は基本的に大阪市の南部である、(てん)(のう)()駅を中心にしている。難波(なんば)とかが全国的にも有名ではないだろうか。知らんけど。


 そんなとびぃ菜にとって、大阪市北部の(うめ)()に出ることは珍しいことだった。梅田はJR大阪駅のある、大阪市の拠点である。新幹線の通る新大阪駅まで一駅で、ビジネスの場としても賑わっている。どうやら西日本最大の繁華街らしい。そんな梅田と天王寺の違いは、端的にいうならば客層の違いである――ように、とびぃ菜には思われる。


 百貨店の中身は、梅田も天王寺も大きな違いはない。けれど行き交う人の群れが、どこか違うように思うのだ。天王寺は親しげな雰囲気が漂っている。どこか庶民的で、ずうずうしいけれど憎めない、大阪らしさが出ているように思うのだ。その一方で、梅田の客層はお高くとまっているように見える。たとえばそう……。


「……ハイヒール率たっか」


 ぺたんこ靴で地下鉄東梅田駅を出たとびぃ菜は、思わずぼそりと呟いていた。いや、東梅田はまだいいのだ。この辺りはまだ天王寺の匂いが残っている。だが、ひとたび阪急百貨店の付近に足を踏み入れると、そこを行き交う人々のお洒落率の高さに腰が引ける。なんでそんな盛装でくんねん、と突っ込みたくなるほど、きっちりした格好の老若男女が歩き回っている。普段着でも浮かない天王寺付近が慕わしい。


 梅田近くのホテルで行われる、『関西作家交流会』に参加するために来ているので、当然とびぃ菜の格好もいつものジーパン姿ではない。肩までの黒髪を解き、地味な紺のワンピースとぺたんこ靴で、無害オーラをかもし出している。交流会で目立たないための服装ではあるが、梅田を歩くとなるとなんとも野暮ったい気がしてくるから不思議だ。これならむしろジーパンの方が適切だったのでは、という気までしてくる。だが、梅田でジーパンならばヒールのある靴は必須だろうな、とため息をついた。しかも黒くないやつ。赤とか黄色とか、そんなやつが最適解なのだろう。知らんけど。


 さて、そんな雑踏を阪急線沿いに歩いてしばらく行った辺りに、さる高級ホテルがある。『関西作家交流会』はそこで毎年開催されているのだ。各出版社がそれぞれ支援していて、主催はさる大物文学作家である。関西在住の小説家ならば参加資格があり、出版社を通して招待状が送られてくるのだ。だが、ここ最近この会はきな臭い。去年痛い目を見たとびぃ菜は、今年は欠席しようとしていたのだが、担当編集に諭されたのだ。メールで。


『どうしても出席していただくわけにはいきませんか?』

 というメールに、


『サンドバッグになるのは嫌です』

 と返したのだが、その返事が秀逸だった。


『安っぽい悪役の観察になると思えばいいのでは? お土産も豪華なものをご用意していますよ』


 思わず笑ってしまった。恐らくはとびぃ菜ら弱小作家を出席させるべく圧力があったのだろうと思われるが、それをこういう風に勧誘する担当編集、(あん)西(ざい)()()()のセンスに脱帽した。さすが安西ちゃん。面従腹背ぶりが素敵すぎた。


『お土産に温泉入浴剤セットありますか?』

 こうメールすれば、


『高級入浴剤セットご用意しときますね』


 と返ってきて、もう惚れるしかないではないか。だいたい、彼らの嫌味は毎度決まっているし、マウントを取られるだけと思えば高級入浴剤セットのために頑張れる。お土産と食事目当てで参加を決定したのだが、やはり足取りは重い。怖くはない。ないのだが、鬱陶しい。ヤブ蚊の多いピクニックが気乗りしないのと似たようなものだ。


 そびえ立つ高級ホテルを見上げ、そこのイベント案内で大々的に書かれた『関西作家交流会』の看板を見て毎度のことながら


「う~わ~」


 と呟き、とびぃ菜は案内に従って四階を目指した。道中にきらきらと並ぶブランドショップを見つめながら、今度のヒーローにはこういう場所でさっとドレスを買ってくれそうなタイプもいいかもしれない、と尽きない妄想を垂れ流していく。エレベーターを上がっていけば、会場前の受付が見えた。招待状を示して席次表を受け取り、入場する。


 開始二十分前という微妙な時間帯では、出席者もまばらだ。とびぃ菜が狙ったように、最も目立たず入場できる時間帯にいたのは、主催者が『弱小作家』と呼称するだろう連中ばかりだった。つまり、とびぃ菜と同じ事情を抱える連中である。そしてそういう同業者は似たようなテーブルに固められていたらしく、そこだけ人口密度の高いテーブルに近づくと苦笑いで出迎えてくれた。


「お久しぶりですぅ」

 声をかけつつ自分の席次のある場所に腰を下ろすと、


「おつっす」


 と応えがあった。男性向けの官能小説を書く同業者である。ペンネームは(ほん)(ごう)(たける)。男性向け描写に眉を顰めながら流し読みした作品を見る限り、ファンタジー向けエロ本というジャンルが正しいように思う。なんなのだハーレム勇者って。女子馬鹿にしてんのか。とはいうものの、本郷自身は背の高い大人しそうな中年男性である。ちょっぴりお腹のラインが緩い感じの。


「お疲れさん、トビー」


 もう一人は()(じよう)(いん)(ゆう)(せい)。彼の作品は表紙を見るだけで諦めた。『寝取られ妻の縄化粧』という題名の、赤い縄で緊縛されている熟女の写真だったとだけ伝えておこう。本人は痩せぎすの二枚目である。陽気で社交的な男の性的な嗜好がアレとは、知りたくもなかった事実である。


「今年はやっぱ少ないっすね。去年はひどかったっすもんね」

 本郷が早口で喋り始めた。


「アレでよぅ来れたなぁトビー。さすが道頓堀先生や。その調子でいてこましたれ」


 脳天気に九条院がそう冷やかした。九条院がかもし出す、危険とお調子者の空気感は容易に察せられるのだろう。彼は去年の嫌がらせからも無事だった。とはいえ、それは彼の博学さが原因かもしれない。恐ろしく広い知識の全ての流れが、寝取られることの素晴らしさを布教するために準備されているのだ。まともな人間なら会話の続行を諦める。


「トビーちゃんお疲れ」


 男性陣と話をしていると、もう一人の参加者が現れた。(きた)(むら)(まさ)()という女性作家である。ジャンルはBL部門。男性同士の耽美な恋愛を描くジャンルである。


「まさちゃんお疲れ。来てたんや」

「編集さんからトビーちゃん来るって聞いたから。また虐められたらかなわんやん? そんなおっさんお話のネタにせなあかんなって」


 雅輝の作品には大きな共通点がある。おっさん受けである。おっさんが女の子にされちゃうお話らしいのだ。意味不明である。


「そっすよねぇ、ええネタになりますよねぇ。虐めてくる相手ならネタにするんも躊躇せんでええですし」

 嬉々として本郷が同意した。


「いやあかんやろ」


 とびぃ菜は常識人として反論した。こいつらの餌食にさせるにはさすがに躊躇われる。いかにマウント取りの餌食にされようが、官能小説家の脳内でいいように妄想されるのはものすごく躊躇われる。人として越えちゃ駄目な一線を越えてしまっているように思われるのだ。


「トビーは優しいなぁ。ええやないか、多少寝取られのネタにされても。ええで、寝取られ。嫉妬と絶望を乗り越えた先にあるカタルシス」

「変態は黙っといて」


 ぴしゃりと言い放つとびぃ菜に、雅輝が首を傾げた。頭の動きに従って、ショートヘアがさらりと揺れる。小洒落た深緑のワンピースに黒革のブーツ、紫がかったルージュとそれに合わせた髪のメッシュ。外見だけならばちょっと危険な悪い女という風情である。その彼女がおっさんを見てぐひひと笑う姿はちょっとえげつない。


「おっさんやったらええやん? おっさんもそんな妄想に使われてるなんて思わへんやろうし」


 バレなきゃいいじゃん、というノリにとびぃ菜はそっと目を逸らした。彼女は止められない。止められる気がしない。とびぃ菜は被害者の冥福を祈った。





本郷猛

愛あるハーレム描写が秀逸な、この界隈の第一人者。ヒロインの書き分けも完璧な上に可愛い。チョロインなのはご愛嬌。本人は至って普通の会社員。トビー一派の中で恐らく彼が最も常識人(とはいえ、皆が皆、自分こそが常識人だと自負している)。彼女を求めて合コンに行くのだが、いざ話そうとすると気合い入れすぎて喋れず、後で共通の友人から『あいつ、いつもはもっと面白くていいやつなんだけどなぁ』とフォローされるタイプ。ハーレムは二次元だけで、リアルでは彼女一人いれば充分なタイプなのだが、いかんせんその一人がいない……。最新作は『ハーレム病棟』

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