【tp49】赤狐令嬢を巡る白鼠と蛙のミッションEx ⑤ からのっ! 三者三様なるミカタ ――Sweetest Rescue Released, Watch Reloaded――
荒れ狂う鋏も含んだ何もかもが、眩い白に染まった間隙は、ほんの一瞬。
切り替えを境に始まった、無理矢理に魔力を引きずり出される不快感に、煽られかけたまま、僕は、その奔流に逆らい宣言。
「今! 今、この瞬間からは、まだ鋏を喰らわずに済んでいるその鼠が人間の僕だ」
脳裏に残る、“認識の手綱を離すな!”
ポーリャちゃんの鋭いあの声に、ほとんど倣うように、そうであることを、繋がる全てに押し付ける。
耳元で轟々と翻る気配。
リベを最優先にしたがった僕の心が音の正体を知るより早く、跳躍しかけの前足だった両腕で彼女をぎゅっと抱きしめていた。その赤毛ごと。
「み⋯⋯「見てない! 僕に見えてるのはキミの髪が見事ってことだけ!」
「読み」たがろうとする心をねじ伏せるために叫んだ勢いのまま、口早に告げる。
わずかに掬い上げていた、世界で一番か二番目くらいに綺麗だと常日頃から思っている四個中の二つのうち、絡まる感触の存在だけを、改めて右の手のひらでひしひしと感じ取りながら、僕は、胸元に押し付ける格好になっていた、形の良いつむじへと視線を下ろしかけ、それどころじゃないよね。思い直す。
リベの夢や身体を冷却し続けないといけないせいで、絶対止めるわけには行かないポーリャちゃんのスマホ。その表面をびっしりと覆い尽くしている、鱗のような青く澄んだ結晶――たぶんこれが「チル」ってやつなんだろう――の冷たさとは裏腹に、夢の外の鼠の僕の身体が、リベに負けず劣らず息と熱を上げ始めていることを、いかにもマーゴットらしい、つんけん口調で伝えられて、「10時半までは保たせるよ」
短く突っ返す。
「三日三晩に落ちるなんてヘマ、僕だって御免だもの」
続く呟きに合わせるみたいに、びり。不意に痛んだ頬に、これ、小さなリベを見つけた一月少し前の自分の身体じゃないな。昨日、彼女に顔を切りつけられた、“今日の僕”だ。
リベを「読む」ことに意識が行かないよう、なぞった自分の輪郭をわざと頭の中で独り言ちると、僕はようやく辺りを見渡した。
熱に浮かされているリベの夢の中に、ポーリャちゃんの姿は無論、気配だってもう探り当てられなかった。
僕の認識から外れている間に、ここよりも、もっと深い眠りの奥底に沈んでしまったのかも。
腕の中で藻掻いていたリベの動きが緩慢になりかけているのも、きっと同じだ。
僕らを遠巻きに囲ったままの鋏の切っ先。そのうちの一番手近な一本を、絶対に動くなよ。そんな心持ちで睨みつけてやりながら、泣き言めいた文句(それがどんな内容だったのかは、彼女の名誉のために当然秘密だ)をぶつぶつと零す割には、遠慮なく僕に体重を掛けてきた“目の前のリベ”に向かって声を落とした。「絶対に守る。だから、僕を信じて」
「おやすみ、リベ」
◇
「――首尾は?」
「見れば分かるでしょ、上々以外にあるわけないじゃん、勿論。スマホと充電器繋いでくれる?」
目をパチリと開くなり、生意気な口ぶりも露わに軽口を叩いた宮代笙真にしてみれば、思わずムッとなったわたしの表情なんて、ものの数にすら入っていないんだろう。
机の上のバッテリーケーブルへと仕方なく手を伸ばしたこちらをよそに、わたしの膝の上からさっさと抜け出したやつは、電光石火の速さで手首の上までよじ登って来る始末。
さすがに首根っこを抓みあげてやろうかしら? 昨日と同じように。
「止した方がいいよ? そんなこと、されたら、思いっきりガブッて、噛みつ⋯⋯、噛んじゃうんだから! 今日のボクは、昨日と、全然、違うしね。リベの、《鋏》も、全部、消せたし、さ!」
「肩で息しながらの癖に、言うわね? ゼェゼェ五月蝿いわよ、宮代笙真」
「そう思ん、ならさぁ、早くEAPを、充電してってば。ボクのこの手じゃ、コード挿せ、ないし。あ。それとも、このままヒトに、戻」
「――その手のご対応でしたら、それこそ業務外だわ。わたしは、あくまでもレベッカ様の侍女なんですから、お嬢様のために、ケーブルをどうこうするまでが領分ですもの。⋯⋯って、もう! 出水先生も、笑っていらっしゃらないでくださいまし。先生のお弟子さんには、着替えか毛布が直ちに必要かと思われ⋯⋯ねえ、どうしてラウラじゃなくて、兄様が部屋付き侍従の真似みたいなこと、」
「毛布が欲しいのは、このラウラもだから、戻るわけには行かないの。坊も真珠様も、お疲れ」
昨日のわたしが受け持つ羽目になった、笙真のシャツやら上着やらではなく、本当に毛布を手に、出水先生より数秒遅れでこの部屋へ入ってきた兄様の肩の上で、わたしの昔馴染である鸚鵡と烏の特徴を併せ持った鳥は、彼女なりにレベッカお嬢様を気遣ってくれているのだろう。
ラウラの口から出るものとしては、世にも珍しい普通の大きさの声で、色鮮やかな羽冠を揺らしながら、わたしに向かってそう囀ってみせたのだった。
◇
「リベ様のことなら、ペギーよりボクの方が適任」などと性懲りもなく言い出した笙真に反論するため、ベッドから降りかけたわたしが、軸足を駆け抜けた疼くような痛みに顔をしかめたせいで、とても心外なことに、兄様に横抱きにされて客間をあとにせざるを得なくなってから、十五分後。
わたしのお仕着せを身に纏っているのさえ別にすれば、右側半分だけを極彩色に染めた短い白髪が目印である「いつものラウラ」に伴われて、兄様より一足早くレベッカ様の元へと戻った平服姿のわたしに、着替えを済ませた宮代笙真と来たら、いの一番になんて言ったと思う?
「ゲッ。どうして、ペギーがお嬢様気取りなワケ? まさか、鳥頭に加えて、忍耐や弁えすら足りなくなったとか? って、師匠、なんでボクのことだけ叩くんですか!?」
納得行かないとばかりに、反射的に頭を抱えた奴はと言えば、仔狐の姿で穏やかに眠るお嬢様とともにベッドに半ば横たわる姿勢でいた。
⋯⋯この二十四時間以内に三度目の魔力切れを起こすことなく、十時半を迎えられたとは言え、好きに動き回ることまでは、許されていないらしい。
「三日三晩の眠り」に落ちずに済んだだけで、おおかた、昨日の「憑き」の真似事がもたらした感覚過敏が、どうせ収まり切っていないだとかそのあたりなんだろう。
はん! 痩せ我慢の大馬鹿鼠小僧め。レベッカ様が絡むと、あんたはいっつもそう!
そんな、絵に描いたようなええ格好しいの天才の右手には、何の変哲もない充電ケーブルが突き刺さったままの、やけに丸みを帯びたスマートフォン。
月光の下にいる《銀鼠》としての彼――、一月以上も前に姿を消したままの統の毛並みとよく似た、艶消しシルバーの色合いのせいで⋯⋯だめよ、マーゴット・アデリー。だって、余計なことは口走りたくないんでしょう?
そんな想いで、わたしはラウラの方を振り返った。
口も目元も強張っているに違いないわたしに向かって、ラウラは小さく苦笑いして、器用に右目だけを瞬かせてみせた。
小さく頷き返す。ラウラがいてくれて、本当によかった。少なくとも、べそをかかずに言うべきことが伝えられそうだもの。
寝台とそのすぐ隣の背もたれのない丸椅子の上で、揃ってわたしたちに視線を投げ掛け続けていた、宮代一族の師弟と再び向き合った。
引き結んでいた唇を開く。
「兄であるアデリー家当主、デイビッド・アデリーからの託けです。ペトロフ家長女である、レベッカ・ルキーニシュナ・ペトロワお嬢様の身柄の今後のお取り扱いに関してでございますが――」
――【tp50】へ続く。




