三角それとも四角な関係
「求婚、その相手がクレア嬢だと理解して良いのか?」
ショーンは、この若者とクレアの関係がわからないまま、問いかけた。
「ええ、僕たちは1年程同じ家で共に暮らしました。その時にクレア嬢と約束したのです。僕が無事騎士になった暁には必ずクレアを迎えに行くからと。
この思いに応えて欲しいと願いました。彼女は頷いてくれたのです。」
「ジョシュア様。そんな誤解を生む様な言い方はおやめください。」
「クレア、昔みたいにジョシーと呼んで欲しいな。」
「……君たちは、昔からの知り合いで、尚且つ同居していたと言うのだな?」
ショーンが問いただすと、ジョシュアは頷いた。
「団長閣下。あの、誤解されては困るので、わたしから説明させていただいてもよろしいでしょうか。」
クレアはジョシュアが話し出す前に、慌てて声を上げた。
*
「つまり、ノックス殿はクレア嬢の乳母殿の息子で、2人は幼馴染であり、クレア嬢がここに来る前に乳母殿に世話になっていたと?」
「はい。端的に言うとそういう事になりますね。クレア嬢は居場所を無くしたので、母が我が家に呼んだのです。
父のノックス男爵は下級文官として王城に出仕しております。豊かではありませんが、クレア嬢ひとりくらい養うには問題はありません。それに母方の祖父モリソン子爵はクレア嬢の父上ファインズ伯爵と知己がありました。」
ジョシュアはクレアにお茶のお代わりを所望すると、挑戦的な目でショーンを見た。
「その祖父が、クレア嬢を娶りいずれファインズ家を再興する様にと僕に命じました。しかしそれとは関係なく、僕は子どもの頃からクレア嬢をずっと慕っていましたので。」
お茶を淹れながらクレアはびくり、と震えた。
(ファインズ家再興?どう言う事?)
既に爵位は返上している筈である。前子爵は何故そんな事を仰ったのだろうかと、クレアは疑問を覚えた。
「僕たちが一つ屋根の下で共に過ごしたのは1年、母はクレア嬢を養女にして守ろうとしましたが、残念ながら本人に断られて、それが駄目ならせめて僕との婚約だけでもと考えていた矢先、クレア嬢は辺境騎士団のメイドに応募してしまったのです。」
ジョシュアは小さなため息をついた。
「僕は自分が年下で何の力もない事に絶望しました。成人していれば、クレア嬢を妻にして守ることが出来たでしょう。
迷惑をかけたくないから、という理由を聞いた時に本当に悲しかった。迷惑なわけがない。
だから旅立つ前の日に、正式に騎士になって必ず君を迎えに行くと、クレア嬢に告げたのです。」
レスターは考え込んだ。
クレアが乳母の家で世話になり、その後にたった一人で辺境の地へ来ていた事は、彼女の乳母だったマーサから聞いて知っていたが、その他の話は初耳だった。とりわけ、『ファインズ家再興』という言葉が引っかかった。
(ファインズ伯爵家は、父の尽力で正式に国に爵位を返上したと聞いている。なのに、この男の祖父は再興せよと言ったと?どう言う事なんだ。)
「クレア、返事は何と答えたんだ?」ショーンは堪らずクレアに尋ねた。
「わたし、その頃まだ16歳でした。ジョシュア様は14歳で、子ども同士の口約束だし、そのうちわたしの事など忘れるはずだと思って、はいと返事をしてしまったんです。」
ね?と勝ち誇ったように、ジョシュアはニヤリと笑ってレスターとショーンを見た。
「まさか、ジョシュア様が本気で仰っていると思いませんでした。何かお返事をしないと、ジョシュア様が泣き止みそうになかったので、とりあえず、はいと答えました。」
「でも、肯定したことは事実だよ。クレア、王都に帰ろう。帰って結婚しよう。
僕がこの8年、どれだけ頑張ってきたかわかるかい?全て君を手に入れる為なんだよ。」
*
どこかで宿を取るというジョシュアに、ショーンは、寮の部屋でよければ空きがあるから泊まると良いと勧めた。
「ノックス殿は第三騎士団所属と言ったな。近衛の第一、王都市中警備の第二、そして特殊機動部隊である第三。
せっかく特殊部隊の貴殿がここにいるのだ、騎士達と共に訓練などしてはどうだ?長期休暇では体が鈍るだろう?」
「それは願ってもない事です。移動中は目立つのを避けていたので、素振りも我慢しておりました。途中馬車がならず者達に襲われましてね、思わぬ実戦で多少は動けはしましたが。」
「……商人の馬車に乗っていた騎士というのは貴殿か?」
レスターはマイクとの会話に出てきた謎の男が、ジョシュアだと気付いた。
「義妹が乗っていた。助けていただいて感謝する。」
「ああ、あのお嬢さん。アトキンズ副団長の妹御でしたか。自分は騎士として当然の行いをしたまでです。
しかし、あの者達は農民だった。なぜ彼らがあのような蛮行に走ったか、ブレナー団長閣下はご存知ないのでしょうか?」
ブリトニー達が乗っていた馬車を襲ったのは、辺境伯の領地と隣接する集落に住む住民達だったと言う。中には少年もいて、誰もが痩せており、武器も農具を改造したような物でしかなく、力の差は圧倒的だった。
ジョシュアは彼らの様子が気になり、引き渡すまで同行する間に、人好きのする天性の才能で彼らから話を聞き出していたのだった。
ジョシュアという男は、線の細い優男で、女性と見間違うような美貌の持ち主でもあった。
熊のような大男ショーン、騎士らしい精悍な顔つきのレスターとは違った意味で、非常に目立つ男であった。
*
「何をだ?君は何を知っている?」
ショーンがジョシュアの問いかけに、威圧を込めて逆に問う。
室内の雰囲気が一気にピリピリしたものに変わった。
クレアは席を外そうとしたが、ジョシュアに、そのままで、と止められた。
「この辺境の地を巻き込んで、人身売買組織が動き出しています。
僕はクレア嬢への求婚のついでに、組織を調べる様に第三騎士団から指令を受けてやってきた、というわけです。」
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