再会と告白
その部屋に入った瞬間、クレアは涙で前が良く見えなくなった。恐る恐る近づけば、彼らは紛れもなくファインズ夫妻だった。
ファインズ夫妻もまた変装を解いて泣き顔でクレアと向き合った。
「クレア…様、ご無沙汰しておりました」
父であるウィリアム・ファインズはそう言ったきり、頭を上げようとしない。
「お父様……お父様っ!お母様!」
クレアは耐えきれず、2人に抱きついた。涙が止まらない。ファインズ夫妻も声にならない嗚咽をあげて、3人は固く抱きしめあった。
アルフレッド国王はじめ居並ぶ人々は、約10年ぶりになる家族の再会を温かく見つめていた。
不慮の事故で亡くなったと思われた両親との再会である。しかもその事故が仕組まれ物であり、敵を欺くため死を偽装して実は生きながらえていると知らされたのはつい先日のこと。
思い返せば、レスター・エヴァンズが辺境騎士団へ配属になってから、止まっていた時計の針が一気に進んだかのようだ。
元々婚約者だったが一方的に解消された相手との再会。そしてそのレスターと共に魔法転移陣で飛ばされた先にいたのは、漆黒の旅団を名乗る怪しい人物だ。
無事助けだされた後は、ランバート辺境伯達と共に王都に出てきて王族と面会、我が身が王妹であり隣国ブロイセンの王太子妃であったアリア妃の忘れ形見だと告げられた。
あまりにも大きな出生の秘密に戸惑うクレアに寄り添ったのは、レスターだった。危険を2人で乗り越え、守ってくれたレスターとの間に愛情が芽生え、クレアは同じ相手と再びの婚約を果たすことになった。
そして今、亡くなったはずの育ての親―クレアにとっては彼らだけが両親である―ファインズ夫妻と、涙の再会を果たしたのである。
*
「今宵は客間で家族でゆっくり過ごすが良い。ファインズ伯爵がどのように過ごして来たか、気になっている事であろう。
我々はファインズ伯爵暗殺未遂も今回の凶行も同じ人間が糸を引いていると確信している」
アルフレッド国王は畏まるクレアを前に鷹揚に笑うと
詳しくは明日、と言って下がるように伝えた。
護衛として扉の外で待っていたレスターは、客室までクレアとファインズ夫妻を送っていった。
「レスター、貴方にも一緒にいてほしいの」
クレアの言葉に、レスターはファインズ夫妻を見遣った。
「ファインズ伯爵、ならびに伯爵夫人、久しくご無沙汰しております。レスター・エヴァンズです。再びご縁を得て、クレア様の護衛を仰せつかる事になりました」
レスターが深く頭を下げると
「エヴァンズ様、我々は今は爵位はなく平民として暮らしております。どうか頭をお上げください。そして何より、エヴァンズ様は娘を守ってくださったと聞いております。心よりの感謝を申し上げます」
「さあ、せっかく陛下が用意してくださったお部屋ですもの、休ませていただきましょう?」
クレアの笑顔にファインズは泣きそうな顔で頷いた。
「そうだね、クレア。レスター様もしばしお付き合い願えますかな?つまらぬ話ですが聞いていただければと」
*
「何から話せば良いでしょうか。
レスター殿、そう、畏まらないでいただけるとありがたい。貴殿は既にクレアの婚約者、いわば身内ですからな」
漸く人心地ついたウィリアム・ファインズと妻のカリンナ・ファインズは柔らかに微笑みながら、クレアとレスターに向き合っていた。
「お父様、無理に話されなくても良いのよ。わたしはおふたりがこうやって生きていてくれるだけで、それだけで嬉しいのだもの。一人ぼっちになったと思っていたのが、そうではない事がわかったのですもの」
そうか、、、と一瞬辛そうな顔をしたウィリアムは、それでは話そうかと語り始めるのだった。
*
あの日は、ゴールディング大公領で起きた事件の調査の為に、王都を出発した。
君たちは知らない事だが、王家の人間にはそれぞれ手足になって動く影がつくんだ。陛下と大公の兄弟、そしてクレアの母上であるアリア王女にも。
私はアルフレッド殿下の影だった。幼き頃よりアルフレッド様を主君と仰ぎ、常にその御身を守るために生きてきたんだよ。
同様にアルヴィン殿下には、レスター殿の父上、ジョージ・エヴァンズが、そしてアリア殿下には我が妻のカリンナがその任務に当たっていた。
影と言っても、気配を消して生きているわけでは無い。どちらかといえば、何でも屋と言うべきだろうか。
取り巻きや側近達が解決する術を持たない雑事や荒事を
さりげなく潰していくのも我々の仕事だったのだよ。
ジョージは、アルヴィン殿下の女性問題に巻き込まれて苦労していたなあ。はは、懐かしい。
だから本来、あの事件を調査するのはジョージの筈だったのだが、陛下から申し渡されたのだ。
アルヴィン殿下に怪しい動きがある、エヴァンズも仲間かもしれない、それ故この件はお前に託すと。
それでもジョージを外す事にアルヴィン殿下が同意するとは思えなかったのだが、なんと依頼のひと月ほど前からジョージ・エヴァンズは体調を崩し寝ついてしまっていたのだよ。
レスター殿は当時貴族学院の寮に入っていたし、その後アトキンズ伯爵家へ養子に出たので知らなくて当然だろう。何しろあの病は、仮病という特殊な病だったからね。そう、ジョージは身動きが取れない振りをしていたのだよ。
何のために?アルヴィン殿下から命じられたからだ。
わたし達夫婦を事故に見せかけて暗殺するためにね。
レスター殿、そんな顔をしないでくれ。君は父上の行動に疑問を抱いており、偽装ではあるが我々の死に関わっていると思っていたのだね。
それはある意味正しい。しかし我々は生きている。それが何を意味するか、わかるかね?
ジョージは我々の死を偽装し、ブロイセン国へと無事に送り出してくれた。つまり大公を欺いたわけだ。
ジョージにはジョージの正義があったのだよ。
*
何のために、、、それはここでは言えない話だが、私達はブロイセンへ行く必要があった。
当時、あの国はまだ次期王座を巡って内紛が続いていた。クレアの母上であるアリア様を亡き者にした過激派は、派閥の娘を空いた王太子妃の座に押し込もうと躍起になっていた。しかし王太子殿下は、正妃は後にも先にもアリア妃ただ1人であると宣言して、なかなか新しい妃を娶ろうとしなかったのだ。
しかし、いよいよ弟殿下との王位継承争いに決着をつけねばならなくなって、有力な後ろ盾になる某公爵のご令嬢を側妃として迎えられたのだ。
そう、あくまで側妃としてね。
いずれは王妃となる野望をもったご令嬢にとって、側妃扱いは納得できる物ではなく、いまだに残るアリア妃のお部屋や思い出の品々に激しく嫉妬したようだ。
悔しかったのだろうね。側妃はアリア様の思い出になるような物は全て廃棄してしまったらしい。その中に、小さな赤子の為の衣装や靴などがある事に気がついた側妃は勘づいてしまった。
つまりアリア様は襲撃されて亡くなられたが、その時お腹にいたお子はどうなったのかと。たしか産月に近かったはずだと。
何故そんな話を知っているのかと?
我々夫婦は、ブロイセンへ潜入していたのだよ。ついこの間まで。
陛下は漆黒の旅団事件の黒幕は、アルヴィン殿下で、その自作自演だと睨んでいた。
一方、アルヴィン殿下は、国内外で害を為す集団を野放しにしている罪を民衆に問い、無能な国王は要らないと扇動して、陛下を落とし入れていずれ自分が王になるか、或いは息子のどちらかが王となるかを目論んでいたようだ。
陛下は全てご存知でいらした。ただ、我が子のように可愛がってくださったマーゴット妃様のお気持ちを考えると、アルヴィン殿下を断罪出来なかったのだよ。
だからこそ、アルヴィン・ゴールディング大公とブロイセンの第二王子派閥との繋がりを調査する必要があったのだ。
もし、大公とブロイセンの側妃が手を取ったとしたら?
クレアの存在を調べ上げた側妃がクレアを狙ったとしたら?
今まで隠してきた大切な娘だ。王家にやるつもりなどないし、ましてや隣国の政権闘争に巻き込まれるなどもっての外だ。
だから私とカリンナは動くことに決めたのだよ。
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