終結に向かう
爆発音が続く中、近衛騎士に守られた王家の人々は会場を去ろうとしている。
もちろんその中にはゴールディング大公一家も含まれている。
アルヴィン・ゴールディングは去りゆく王家の人々を見つめていた。
その時、リリアン王女の体が急に傾いた。膝から力が抜けていくようだ。その王女を支え声をかけるヘンリー王子、そして近寄ってくるアルフレッド国王たち。
全てがスローモーションの様だ。
ふと隣を見ると妻が真っ青な顔をして指先は震えている。次男のエドワードが母に寄り添い肩を抱いて何かを囁いていた。
取り止めもなくその様子を見ていたアルヴィンだったが、こうしてはおられぬとばかりに、足早にその場を離れようとした。どのみち安全な場所に連れて行かれるだけなのだし、妻はエドワードが付いていてば心配ない。王家の面々も、まあ問題ないだろう。王家は揉め事を嫌う。
それにしてもステファンはどうしたのだ、こんな大事な時に、千載一遇のチャンスだというのに。
「お待ち願いましょうか」
動き出したアルヴィンは腕を掴まれた。近づく者の気配はなかったので、知らぬ間に側に立たれていた事に驚いた。王子として育つ過程でそれなりの訓練は受けていたし、何より剣技も含む荒事は、アルヴィンに取っては得意分野であったのだ。
それゆえ油断していたのだろうか。
「…誰だ?」
「ご不快は重々承知」
振り返って顔を確認しようとしたアルヴィンは、その声に聞き覚えがあった。
「問うまでもなかった。お前、生きていたのか」
「おかげ様で。尤も顔だけは変えざるを得ませんでしたが」
「ふん。男も女も振り返るような顔をしていたからな。少しは落ち着いてよいだろう」
アルヴィンは振り向きもせずに言った。
「久しいな、ヴィルヘルム」
*
その頃、ユーインとレスターを始めとする別働隊は、警護に当たっていた近衛騎士団と協力し、会場に潜む不穏分子を片っ端から捕まえていた。彼らからはじっくりと聞き出す予定だが、それよりまずは王家の無事を確認せねばならない。
辺境伯であるユーインは、公爵家を始めとする高位貴族達に、国王からの申し伝えだとして、本日は不測の事態につき、各々気をつけて帰られたしと告げ回ると、事情を知る貴族達からは了解とばかりに頷かれ、何も知らない者たちからは不安な眼差しを向けられていた。
近衛騎士団も加わり説明と誘導にまわった結果、残ったのは国の中枢を担う貴族当主と、今回役目を与えられた―たとえばレスター・エヴァンズのような―者たちだけである。
既に王族たちは住まいのある王城の奥、彼らの私室のある場所へと戻った様だ。ゴールディング大公一家もいない。
*
レスターとユーインが自分達の控えの間に戻ると、そこには思いがけずクレアと男装のシェイラがいた。
「どうしてここに!危険だからランバート家へ帰したのに!」
レスターは不機嫌な顔になりつつも、クレアに怪我はないかも尋ね、クレアが何ともないと答えると安心した様に、軽く抱きしめた。
「ご夫人は無事に屋敷に届けましたよ。ただ、こちらのお嬢さんが駄々をこねるのでね」
肩をすくめてシェイラは悪びれもせずに言う。
「じゃあ、あたしはこれで。報酬はちゃんといただきますからね?」
「まあ、待ちなさい。アルヴィン・ゴールディングが消えた」
「?」
「見ていた者の話によると、背の高い黒髪の男がゴールディング大公を連れていったと」
「背の高い黒髪の……」
「そうだ。ヴィルヘルムと呼んでいたらしい」
シェイラははっとした。それは、失踪しその生死もわからぬ父の名前だ。
「…父がここにいたと?」
「わからんがな。君たちの魔力は変装能力なのだろう?」
「父が魔力を使っていたらあたしにはわかりますわ、閣下」
「ふむ。それはそうだろうな。どうだ、何か感じてはいないか?」
「わからない。でも父だとしたら、このタイミングでこの場所に来るってどういう事なの?
父は死んだ筈ではなかったの?」
ユーインは次にクレアを問い詰めた。
「で?クレアは何故戻ってきたんだ?」
「閣下。わたしは関係者です。陛下や王女殿下の御身を心配し、それから両親の死の謎を知りたいと思うのはおかしい事でしょうか?」
クレアを片手で抱いていたレスターは、やれやれと言った顔でユーインに告げる。
「こうなったクレアは頑固ですからね、閣下、諦めましょう。
それに彼女達には知る権利がある。俺も知りたい」
(父とゴールディングの繋がりを知りたい。クレアの両親を殺そうとしたのは、父と兄ではないのか。もしそうなら俺は………)
*
謎の爆発から逃れた王家の人々は、王城の奥へと戻った。体調を崩したリリアンは未だ眠り続けている。
宮殿医が呼ばれリリアンの容体を調べたところ、軽い麻酔剤の反応が見られるとのことで、一同に緊張が走った。
そしてリリアン王女同様、気を失ったゴールディング大公夫人もまた、次男のエドワードと共に客室に滞在しているという。
翌日ようやく目を覚ましたリリアン王女は、爆発音がする少し前に、給仕から差し出されたグラスを受け取ったと語った。
綺麗な色のカクテルのグラスは、リリアン王女の婚約者であるヘンリー王子も受け取っていた。しかし彼は、誰かに話しかけられたのでそれを口にせず近くにあったテーブルに置いたと言う。
ひとくち含んだリリアンは、違和感を感じた。
「だから飲むのをやめたのよ。マリッサも受け取っていたわね?」
「ええ。口をつける前に、叔母さま、ゴールディング大公夫人に話しかけられて、美味しそうな色ねと言われたので、叔母さまに差し上げたのよ」
「アドリアネ夫人の容態は?」
アルフレッド国王は厳しい表情で宮殿医に尋ねた。
「大公夫人は昏睡状態にあられます」
「アルヴィンはまだ見つからないのか」
その問いに答えたのは近衛騎士団長だった。
「ホール内で黒髪の男に声を掛けられたところまでは把握しております。秘かに大公閣下の護衛につけていた騎士もまた行方不明であり、閣下と行動を共にしている可能性があります」
*
結局、戻ってきたクレアは何も出来なかった。おそらく全てを知る男、ゴールディング大公が行方不明になってしまったのである。
ブロイセンの王太子妃暗殺、ファインズ伯爵夫妻殺害、漆黒の旅団事件に関わっているであろうアルヴィン・ゴールディングは、漆黒の旅団事件の首謀者のヴィルヘルム・ジェマーソンに拉致されたと、調査にあたった騎士団によって確定された。
第三騎士団の特殊任務部隊によって集められた数々の証拠から、漆黒の旅団などと言うテロ組織は存在せず、ゴールディング大公領での領民誘拐と人身売買は全て、アルヴィン・ゴールディングの自作自演であることも判明した。
一方で、その漆黒の旅団事件の調査の為に呼び寄せた、王家の影であるファインズ伯爵夫妻は、不幸な事故で亡くなったと思われていたが、実は存命していることがごく一部の者にだけ明かされた。
そしてクレアは、まだ落ち着かぬ王城の、国王の執務室で、ファインズ伯爵夫妻と、約10年ぶりに再会するのであった。
お読みいただきありがとうございます。




