預かり知らぬ過去の話
王族の関係についつの説明です。
国王アルフレッドは穏やかな性格な上、下々の者に対しても公平で気安い態度を取るので、『一国の王たる器ではない』と子どもの頃から残念な目で見られていた。
生母である王妃はアルフレッドが10歳の頃病で亡くなり、後ろ盾になるべき母親の実家の公爵家はある事件で没落した。大方の貴族達は、王太子はアルヴィン第二王子になるだろうと決めつけて、第二王子派閥を形成していった。
ところが予想に反して王太子はアルフレッド第一王子であると父国王自らが宣言し、第二王子の母の側妃もアルフレッドを支持した事で、大きな混乱が起きたのだった。
アルフレッドの3ヶ月後に生まれたアルヴィンは、少しだけ遅く生まれただけなのにと、自分の運命に怒りを覚えていた。たしかに母は側妃であるが出自は由緒正しい伯爵家である。王妃が身罷られた後、側妃を正妃としたいという話が出ていたのだ。それを母本人が断ってしまったのである。
『亡き王妃様は素晴らしい女性でした。わたくし如きがあの方の代わりを勤められるとは思いませんわ。わたくしはあくまで側妃として陛下をお支えし、そして王妃様の忘れ形見アルフレッド様が無事に王太子となられるその日まで、大切にお守りいたします。』
側妃の発言は父国王のみならず重臣達をも感激させたので、
密かに集っていた第二王子派閥の面子はこっそりと、何もなかったかのように解散した。
アルヴィンは、兄と比べても容姿才能ともに遜色はなく、ただ3ヶ月遅く生まれただけで第二王子になってしまった不運を嘆いていた。優しく穏やかな兄より、自分の方が余程国王になるに相応しいと思っていた。そして訪れた逆転のチャンスだったが、自らの母親が粉々に砕いてしまったのである。自分の母が、我が子ではなくアルフレッドを王太子に推したことにアルヴィンは傷ついた。
しかも側妃は、アルフレッド第一王子とアリア王女を自分の宮に招き、我が子同然に育てる事にした。
その結果、アルフレッドもアリアも、側妃マーゴットを実の母のように大事に思っていたのである。国王は、亡き王妃の子ども達に対して献身的な愛を注ぐマーゴット妃をとても大切にし、本人の望みで側妃のままではあるが、実質王妃である事を国の内外に知らしめた。
国王一家は温かい愛情に満ちた家族となったのである。
と、ここまでは心温まる美談であり、王家への求心力を高める好材料なのだが、実際は少しだけ違っている。
表向きの幸せに隠された、裏の泥々した部分に関わっているのが第二王子アルヴィンだった。
まず、マーゴット妃の献身。これは前国王に隠された愛人がいたことに対する牽制だった。その愛人は身分が低いため側妃として召し上がる事は叶わなかった。それでもマーゴット妃が正式に王妃になれば、その娘を空いた側妃の座に押し込む可能性があった。身分などどこぞの貴族の養女になれば直ぐに作れるもの。ただ側妃とするには圧倒的にマナーや知識が足りなかった。
しかも愛人には子どもまでいたので、マーゴット妃からすれば許せない事だっただろう。アルフレッドを産んだ王妃を敬愛していたマーゴット妃は、愛人を王家に入れるなどまっぴら御免だったので、秘密裏に愛人とその子どもに充分な金を持たせて隣国へと追いやったのである。
国王が王妃と側妃を持つのは慣例でもあり仕方のない事だが、隠れた愛人が子どもを産むなどあってはならないことだ。それでなくても、権力への執着心が強く国王とするにはあまりに好戦的なアルヴィンを王位につかせないために、マーゴットは腐心してきたのだ。さらに揉める因子は小さいうちに摘み取らねばならないのだ。
我が息子アルヴィンの屈折した感情は王家にとっては不要で危険であり、兄である王太子を立てその補佐をすべきであるとマーゴットは考えていた。物事には順番があるのだと。
ようやくアルヴィンが王位への執着を捨てた所へ、愛人騒ぎである。愛人にもその子どもにも消えてもらわねばならなかった。
母の意を汲んだアルヴィンは変装して彼らを国境まで送っていき、無事隣国の世話役に託したと報告した。その後、彼女達がどうなったかは誰も知らない。
次にはアルフレッドのお妃問題があった。
アルフレッドには王妃が亡くなる前に婚約者が決まっていた。近隣国の王女である。
アルフレッドが正式に立太子し、貴族学院に入る年に王女もまた留学生としてこの国にやってきたのであるが、何がどうなったのか、学院卒業時には、王女の婚約相手は王太子アルフレッドではなく、第二王子アルヴィンに変わっていたのである。
アルヴィンは得ることの出来なかった王太子の地位の代わりに、王太子妃になる女性をアルフレッドから奪った。
しかし、奪われた方はその策略に気が付かず、『弟から愛しい女性を奪うなど出来ない』と、彼らの真実の愛に心打たれたアルフレッドは自ら身を引いて、アルヴィンと王女の恋を応援した。その結果、王女とアルヴィンが結ばれて、2人の間にはステファンとエドワードという男子が生まれたのであった。
アルヴィンは結婚とともに臣籍降下して、ゴールディング大公家を興した。
一方アルフレッドは、アルヴィンの婚姻より遅れること4年、貴族学院の後輩の侯爵令嬢とゆっくりと穏やかな愛情を育んだ末に結婚し、リリアン王女とマリッサ王女を得た。
アルフレッドの実妹であるアリア王女は義母にあたるマーゴット妃や兄達の愛情を注がれて優しく美しく健やかに育ち、成人の儀を迎えた。
国王の意向でなるべく手元に置きたいということで、16歳の成人まで婚約者も決めていなかったが、アリア王女の成人のお披露目パーティーにやってきた隣国ブロイセンの王太子に見染められ2人は恋に落ちた。
王太子の熱心なプロポーズの結果、アリア王女は18歳で隣国に嫁ぎ、隣国の内乱に巻き込まれて命を落とした。
その忘れ形見がクレアなのだった。
*
「アリアが戻ってきたのかと思ったよ。君はわたしの妹のアリアに良く似ている。」
アルフレッド国王は目を細めてクレアを見つめている。
不敬になってはいけない、どう返答すれば良いかわからないクレアに声を掛けたのは、あのマーゴット妃、―便宜上今はゴールディング大公母と呼ばれている―その人だった。
「本当に面差しが良く似ています。よく、生きていてくれましたね。どうか近くに。そしてお祖母さまと呼んでくれると嬉しく思いますよ。」
「お祖母様だけずるいですわ。クレアお姉様にお会いできるのを楽しみにしていたのは、わたくし達も同じですわよ。」
「貴女達もお義母様もお待ちくださいな。わたくしにもご挨拶を。クレア様のお母様のアリア様とは貴族学院で親しくさせていただいてたのですからね。」
何故かとても楽しげな国王一家が口々に話し出して、クレアはどうして良いのか困ってしまう。
「そんなに一度に話しかけられては、クレア嬢が困るでしょう?陛下も殿下方も母上も落ち着かれますよう。」
落ち着いた声でゴールディング大公がひと声掛ければ、浮き立つ心が鎮まるように、国王たちは平静に戻ったようだ。
思いがけず大歓迎された様子に、クレアは内心ほっとしていた。自分の意志ではないものの、呼ばれたからとのこのことやって来たが、何やら行き違いがあって断罪されでもしたら、と怖かったのだ。
産みの母が王族であった事をどのように証明すれば良いのかわからなかったし、認められたとして、さあこれからどうすれば良いと言うのだ?
「そんなに不安げな顔をせずとも良いぞ。陛下は……兄上は、そして我々は、アリアの事を大事に思っていたのだよ。
クレアは、そのアリアにそっくりだ。」
アルヴィンがそう言うと、アルフレッド国王は力強く頷いた。
「クレア、今日から君は我々の姪として王城に暮らすと良い。
必要なものはこちらで用意する。
ゆくゆくは、我が国の王女の一人として披露するつもりだが、ブロイセン国王と交渉せねばならんのでな、しばらくはファインズ伯爵令嬢となる。
安心しなさい。どんなに要求されても、君をあの国に返す事などないから。」
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