伯父様と呼んで欲しい
朝食など食べた気がしなかった。食べなければ身体が保たないと、笑顔でジョージ(エヴァンズ伯爵)に言われたが果物くらいしか喉を通らない。
その後、エヴァンズ家のメイド達によって磨かれている間に、ランバート辺境伯家からドレスとアクセサリーを抱えて、ベテラン侍女のヘレナが来た。クレアと一緒に辺境からやってきた、ランバート辺境伯お抱えの侍女である。
ヘレナはユーイン・ランバートからの親書も携えていた。
「ランバート閣下は、これからもクレア嬢の後見人となるお心積もりでいらっしゃると?」
「そのようだな。しかし、陛下がクレア嬢をお身内だとお認めになったら、これまでのように気安く接することは叶わなくなるぞ。
それでなくてもお前は距離感が近いのだから気をつけるように。王家に睨まれたくはないだろう?」
父の指摘に、レスターは不承不承頷いた。
「隣国の王家に帰られるのかどうか、はたまた陛下の姪として然るべき相手とご結婚されるのか、いずれにしてもお前の想いは届かないだろう。
こうなりそうな予感がしたから、偽の婚約で済ませていたのだが。」
レスターは言葉もない。婚約者だと紹介されたあの日に、恋に落ちた少女クレア。自分のつまらないプライドから、会いにも行かずにいたらいつのまにか2人の婚約は解消され、クレアは行方不明になっていた。
実際はランバート辺境騎士団の騎士寮のメイドになっていたわけだが、父はレスターには何も知らせてはくれなかった。
(野郎どもばかりの騎士寮、それも辺境の地、今更ながらとんでもない事だ。俺が知ってたら全力で阻止したものを。)
しかし、レスターは今はもう知っている。クレアの出自を知る権力者が、彼女を守るために辺境の地へ送ったのだという事を。
*
「さあ、出来ましたよ、クレア様。」
「ヘレナ様、どうか今までのようにクレアと呼び捨ててください。そもそも、ヘレナ様に支度を手伝っていただくのも申し訳ないくて。」
普段から作法や礼儀に厳しいヘレナが、自分を「様」付けで呼ぶ事には抵抗があるのだ。
「クレア様、貴女様は王家に連なる御身分でいらっしゃるのです。それこそ使用人に敬称や敬語はもっての外でございます。それに本来ならわたくしのような者より適任がおりますが、時間がありませんでしたので、ご容赦くださいませ。」
「……ヘレナ様はご存知なのですか?」
「ヘレナとお呼びください。」
しばしヘレナと押し問答になったクレアは仕方なく折れた。
「ヘレナ、貴女は知っていたの?」
「はい。わたくしは元々、王族の皆様にお仕えしておりました。ランバート閣下の元へ参りましたのは、陛下からのご指示でございます。
妹姫アリア様の忘れ形見であるクレア様を陰ながら見守るようにと。わたくしは荒事に慣れておりますゆえ。」
「えっ!寮の仕事として、月に一度辺境のお城へ書類をお届けしてましたよね?その時必ずヘレナ…が立ち会っていたのは、あれは……」
「はい。クレア様のご様子を確認しておりました。お顔色、体調など。」
「閣下もそれをご存知なのかしら。」
「勿論でございます。それに騎士共がクレア様にむやみに近寄ったりせぬように、わたくしとは別に何人か配置されて牽制しておりました。」
「知らなかったです……。」
ヘレナはにっこり笑うと、さあ参りましょうとクレアを促すのだった。
*
身なりを整えたクレアは、ヘレナを従えてエヴァンズ伯爵達の前に姿を現した。
艶のあるクリームイエローのドレスに、母の形見だという大きなブルートパーズをあしらったアクセサリーを身につけたクレアは大層美しかった。伯爵令嬢をやめてから辺境では化粧っ気もなかったが、王都に出てきてから、ランバート辺境伯夫人に付き合って顔の手入れをしたりしているうちに、本来の白い肌が蘇ってきたようだ。
(あれも変だと思ってた。ヘレナさんやソニアさんが練習だからと言って香油を塗ってくれたり、顔の手入れをしてくれるのは、単純にマリアン夫人に施術する前の練習台だと思っていたわ。)
それでも、王族の血縁者だとわかって急に親切にされたわけではなく、初めから知っていての行動だとなれば、過去の自分がどうであったかを思い返すと恥ずかしい。
(日に焼けているし、髪も肌もほったらかしの行き遅れが、王族に連なるなんて、呆れられても仕方ないのに、辺境でも王都でも、皆さんはとても優しい。)
クレアはレスターを盗み見る。
(レスターは、どんな気持ちでいるのかしら?わたし、まだレスターにきちんと返事をしていない。
ジョシュアにも……)
実の両親である隣国の王太子夫妻についてクレアはほとんど知らない。知りたいことが沢山ありすぎる。そして、生きているという育ての両親、ファインズ夫妻に会いたい。会って感謝を伝えたい。
生まれたばかりのわたしを守り、我が子として育ててくれてありがとう、と。
*
クレアを乗せた馬車は王城の内へと進む。
壮麗な玄関ではなく、王族が住まう奥宮の入り口近くに馬車は止まった。
馬車の扉を開けたのは、侍従長である。案内されるままにクレアとレスター、そしてヘレナの3人は奥宮の中を進む。
「クレア・ファインズ伯爵令嬢をお連れいたしました。」
「入りなさい。」
クレアは16歳で平民になったつもりだったので、貴族令嬢なら必ず済ませているはずのデビュタントには行っていなかった。その為、王族を見かけた事がないので、初めて見る王家の人々である。
「顔を上げなさい。」
クレアは緊張の面持ちで、それでも初めて見える血の繋がりのある親戚達に向かって顔を上げて、
「クレア・ファインズでございます。陛下の思し召しにより参城いたしました。耀かしき王家の皆様に拝謁叶い、この上なき喜びでございます。」
「ア、」
ア?
「アリア、、、ではなくてクレア。なんという事だ、アリアにそっくりではないか。」
突然椅子から立ち上がった国王、アルフレッドはクレアの元にずんずんと近寄ると、感慨深げに眺めて、うんうんと頷いた。
「クレア。畏まらなくて良い。君の母、アリアはわたしの妹なのだから。
だからどうか、その、出来れば伯父様と呼んではくれまいか?」
お読みいただきありがとうございます。
国王陛下はゴールディング大公と兄弟(母親違い)とは思えぬ優しい、お茶目な方でした。




