夜会
「クレア嬢をお借りしても良いかな、レスター?」
ステファンの問いかけはお願いではない、決定事項だ。
クレアは困ってレスターを見た。ユーインが近づいてくるのが視界に入った。
「ステファン殿。うちのクレアとレスターが何か?」
「いや、五月蝿い小蝿がいましたのでね、追い払ったところですよ。それで今はクレア嬢にダンスを申し込んでいるところでして。ランバート辺境伯とは今後もいい関係を結んでいきたいですからね。」
「クレアは夜会は初めてで慣れてはいない。粗相があってはいけないので、本日はパートナーのレスターとのみ踊るようにと、わたしが申し付けたのだが。」
「ランバート辺境伯、父がクレア嬢をわざわざ呼んだ意味をご理解いただいていると思っておりましたが?」
(これは良くないわ。)クレアはステファンに向きあった。
「ゴールディング大公子息様、喜んでお受けいたしますわ。」
クレアが手を出すとステファンはさっと手を取り、ホールの中央へと向かった。
その様子を見守っていたレスターとユーインは、目配せをした。
*
ステファンは大公に良く似た顔立ちに金髪に青い目をしており、一目で王族の血を引く事がわかる、一言で言えば王子然とした26歳の青年である。
自分の価値を良く理解し、その見目の良さから多くの女性と浮名を流していたが、未だ婚約者も作らず独身を貫いていた。
何しろ、次期国王になる可能性があるのだ。従姉妹である王女と形ばかりの婚姻をする可能性もあるし、父のように他国から麗しい姫君を娶る事だって思いのままだ。
(この国の貴族の娘たちの中には気になる存在はいない。)
ステファンにとって恋愛とは人生を彩るスパイスにすぎず、舌なめずりしたくなるメインディッシュには未だお目にかかってはいない。
そんなステファンが、田舎者と見下した無名貴族の娘と踊っている。それがエヴァンズ伯爵子息にエスコートされていた娘で、しかも2人は楽しげに会話をしているとなれば、衆目を集めるのは必然かもしれない。
しかし、実際には予想外の会話が繰り広げられていたのであった。
*
「それでは君は、ジェマーソンは幻影の姿であり、黒髪の美女こそが本体だと断言するのか?」
「はい。まず、黒髪の女性自身が、これが本来の姿だと口にしました。それにあのジェマーソンと名乗る人物は骨格も手足も華奢でした。
あの女性は一瞬で姿形を変化させる魔力持ちですが、本来の骨格や身長を変えるのは難しいのだと思います。
ジェマーソン氏の姿はいわゆる視覚効果というもので、ある程度は巧妙な化粧技術もありますが、見せたい姿を相手に見せるという、いわばまやかしの様なものではないかと推測しています。
ですからわたしとエヴァンズ様を監禁していたジェマーソンと、大公家で家令をしていた本物のジェマーソンとは別人です。」
「なるほど。では本体についての君の考察は?」
「本当の姿だと彼女の年齢は多分わたしと同じくらい、20代半ばでしょう。
彼女が地元の農民の娘に化けてわたし達の世話をしてくれたのですが、その頃から違和感がありました。彼女の手は全く傷んでいませんでした。農作業や家事があるのにも関わらず、です。」
「興味深いね。それでは君が思う本物のジェマーソンは、今どうしていると思う?」
「それは、わたしにはわかりませんわ。」
既にもう2曲も踊っているクレアは、ちょうど曲が終わったのでステファンから離れようとした。しかし、ステファンはクレアの手を取りすたすたと歩き始めた。
「ゴールディング大公子息様?」
「もう少し付き合って貰えるかな。2人きりで話が聞きたい。」
「えっ?それはいけませんわ。変な噂が立てば、ご子息に迷惑がかかります。」
「ステファンと呼んでくれ。僕は噂など構わないよ。君とレスターの仲が拗れるような不埒な事をするつもりはないからね。
誤解して欲しくないから先に言っておくけど、君に女性としての好意があるわけでは無いから安心してくれ。」
(酷い言われようだわ。)苦笑いしながらも、ステファンに手を引かれ連れて来られたのは、庭園に面したテラスだった。
「わが大公家が巻き込まれた9年前の事件、あれは晴天の霹靂だったよ。
僕はまだ17でね。そうそう、君のレスター・エヴァンズとはいわゆる学友だね。あまり話したことはなかったが。」
ステファンは懐かしむように語り出した。
*
ゴールディング大公領は豊かな穀倉地帯だ。その実りは大公家と共に国の食生活を支えている。大公は名君として知られ、領民達は安定した暮らしに感謝している。
そんな中で、その基盤を揺るがすような人身売買事件が起こった。
首魁は、過去に近隣国のひとつであった小国を地図上から消したテロリスト『漆黒の旅団』だった。
彼らは大公領に領民として入り込み、言葉巧みに誘導して、
多くの人間を奴隷として連れ去っていった。
大公領の穀物や農産物の出来高が激減していることに気がついた大公が、調査に乗り出して領民の行方不明を把握した時には、既にテロリスト達は大公領から撤退していた。
領内の川を渡る奴隷船に乗せられるところを、運良く助けられた領民たちの証言から、ひとりの人物が浮かび上がってきた。
それが、大公家に長らく家令として務めていた、ヴィルヘルム・ジェマーソンだった。
ステファンの物心がついた頃には、すでにジェマーソンはゴールディング大公家で働いていたので、存命しているのなら50代後半くらいか。いずれにせよ初老の男である。背が高く細身で、豊かな黒髪に片眼鏡をかけた、神経質そうな男だった、とステファンは言った。
クレアの両親の事故が起きたのは、大公領での謎の領民失踪の調査と、内通している首謀者を探るため呼び寄せた往路での出来事だった。
雨の中を馬車を走らせていたファインズ夫妻が、馬車ごと崖から転落し濁流に飲まれた。発見されたのは壊れた馬車と繋がったまま死んだ馬と荷物の一部のみ。
夫妻と従者の遺体は川に流されたのか発見されないままなのであった。
「君のご両親が亡くなられたのは、大公家が呼び寄せたせいだと言っても良いのだから、僕は君に責められても恨まれても仕方ないだろうな。」
「…両親は仕事でしたので、大公閣下、ましてやステファン様のせいではございません。わたしは両親の仕事については全く知りませんでしたので、新たに知る事ばかりで驚いています。」
「単刀直入に聞くが、君は魔力持ちなのかい?
今回、漆黒の旅団を名乗る人物が君達を攫ったのは、そのせいではないのか。」
「わたしには何の能力もございません。この8年生きていくために必死でしたわ。もし魔力を持っていたら、もっと楽に生きてこられたのではないかと思います。
あの魔法陣はエヴァンズ様宛の手紙に入っていました。わたしは差出人不明の手紙を、仕事柄開封してしまい、魔法陣が発動してしまったので、わたしが狙われたわけではないのです。」
「では、奴らがエヴァンズを狙った理由は何だと思う?」
「わかりません。申し訳ありません。
ステファン様はそれをお聞きになりたいから、わたしをこの夜会にお呼びくださったのですか?」
「いや、君に用があるのは父だよ。君には、君の知らない価値があるのだよ。クレア嬢。」
ステファンは後ろを振り返った。
「レスター!悪かったね。クレア嬢をお返しするよ。」
その声に、ひっそりと後を付いてきていたレスターが姿を現した。
*
「クレア、大丈夫だった?あいつに何かされなかったか?」
「何も。お話していただけです。でも良いのでしょうか、あのような話をわたしに聞かせても。」
「君は関係者だから、知っておくべきだ。それより……」
「しっ!待って。そっとあの四阿の方を見て。」
クレアは何事かに気がついて、レスターの言葉を遮った。
間違いない。あれはあの人だ。
クレアはジェマーソンと名乗った男が一瞬で女に変化するのを目の当たりにしていたのだ。間違える筈がない、その女が少し離れた場所にある四阿にいた。
「あれは誰だ?クレアは知っているのか?」
「何を言ってるの?あれは、あの黒髪の女性よ。」
「クレアこそ、何を言ってるんだ?あれはあの女じゃないぞ。
それにエドワード様と一緒にいるのだから、どこかのご令嬢だろう。」
「エドワード様って?ステファン様の弟君の?」
「そうだ。あの兄弟は女癖が悪くて、夜会ではいつも違う女性を侍らせているともっぱらの噂だよ。実際俺も、大公家で働き出してから、色々見てきている。
だから君がステファン様に連れて行かれた時は気が気でなかったさ。」
「そう、、、。でも、あの女性は間違いなく、あのジェマーソンよ。姿形を変えているけど。」
「まさかクレア、君には真実を見る目があるのか?」
「そんなの、わからないわ。でもあの女性は何とかしないと。レスター様、追いかけましょう。」
クレアの真剣な眼差しにレスターは、
「俺が追う。君はユーイン閣下に伝えてくれ。くれぐれも危険な真似はしないで欲しい。」と告げた。
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