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いざ出陣

 王都にやってきて早くも2週間。

 クレアは逃げ出したかったが、遂に夜会当日になってしまった。

 この2週間の忙しかった事を思い返すと、クレアは遠い目になる。


 まずはマナーのおさらい。伯爵令嬢としてしっかり身に着けてはいるつもりだが、今回は相手が大公家であり、それに連なる高位貴族達ともあいまみえるのである。気が抜けない。特にマリアンにとっては、辺境伯夫人ではあるものの子爵家出身ゆえに、荷が重いには違いなかった。

 マナーに加えて出席者の情報も調べて要注意人物や避ける人のリストを作った。

 いくら大公からの招待されているとはいえ、爵位保留中のクレアが参加する事でどんな攻撃を受けるかもしれない。とにかく一人きりにならない様にと、くどいくらいの注意を受けた。貴族社会は恐ろしい。


 クレアが一番苦労様したのはダンスの練習だった。昔に踊ったとはいえ、ダンスは1人では踊れないのだ。

 講師を呼んでのレッスンの合間に、レスターもやってきてクレアの相手をしてくれた。

 冷静沈着な副団長はどこへいったものやら、レスターはダンスの練習の度に熱の籠った目で見つめて、クレアを困らせた。


(そんな目で見ないで欲しい。恥ずかしいわ。)


 クレアは照れていた。

 何しろ社交界デビューを果たす前に、本人の意思で辺境へ向かったので、辺境の騎士達には慣れていても、淑女のように扱われる事には慣れていない。

 レスターの剥き出しの好意にどうやって応えたら良いのか、経験値が少なく年齢ばかり重ねてしまったクレアにとって、素直になる事はなかなか難しかった。

 好きか嫌いかで問われれば、間違いなく好きだが、元婚約者だが今は親しい友人という関係が、クレアにとっては気が楽でもあった。


 ともあれ苦労の甲斐あって、口うるさいベテラン侍女のヘレナから合格と言われた時に、クレアはほっとした。クレアの複雑な事情をランバート邸の使用人達は知らないが「わけありの元貴族」として、温かい目で見守ることに決めたらしい。なぜ平民の娘が?と、疑問に思っていても、主人の命令であるからには、クレアを磨き上げる事に余念がなかった。

 

 母の形見のブルートパーズを身に付けたかったが、ヘレナからダメ出しされて、レスターから贈られた濃いサファイアのネックレスにイヤリングを合わせる。紺色のドレスには金糸銀糸で繊細な刺繍が施されていて、上品でありながら華やかさもある。

 刺繍の意匠はランバート辺境伯領に咲くピオニーの花で、マリアンとお揃いで入れてもらった。それは、ユーインの保護者意識が働いて、クレアを辺境伯家の()()であると示すものでもあった。


「まあまあ!素敵ですわ!エヴァンズ様は良い趣味をしてらっしゃる。」

 ヘレナは仕上がりに満足して頷いた。手伝っていたエマも心なしか嬉しそうである。


 全て整って玄関に向かうと、レスターが待っていた。目を丸くしていたが、やがて満面の笑みでクレアに手を差し出した。


「似合っている。嬉しいよ、全て身に着けてくれて。」

「こんなに高価な物を贈っていただき、ありがとうございました。」

「本当に綺麗だ。」

 レスターは手を伸ばして、クレアの頬に触れようとしたので、クレアは慌ててしまう。

「レスター様、せっかく綺麗にして頂いたのですから、そういうお戯れはおやめくださいませ。」


 我に返ったレスターが目にしたのは、ニヤニヤしているユーイン・ランバート辺境伯と、嬉しそうなマリアン夫人、ランバート家の使用人達だった。


 

 さて4人で乗り込んだ馬車の中である。

 ユーインは、レスターを気にする素振りも無く、ゴールディング大公について予め知っておくべき事を、改めてマリアンとクレアに告げた。


「エヴァンズは身内だ。辺境騎士団の一員だからな。大公家の護衛はあちらのたっての希望であって、それを渋々受け入れただけの事。クレアが心配する様な事は何ないぞ。」


 そう、クレアはレスターの立場を気にかけていた。護衛であるなら、大公家から離れてはいけないのではないかと。レスターの騎士としてのキャリアや功績に傷がつく事にはならないのだろうかと。

 ユーインはクレアの心配を払拭し、レスターはいずれ辺境に返してもらうから大丈夫だと断言した。



 ゴールディング大公という方は、陛下の弟君であるが大公のお母上は側妃、年齢はほんの3ヶ月しか変わらないのだ。


 陛下をお生みになった正妃様は早くに亡くなられ、当時第一王子だった陛下は後楯のないまま王太子になられた。

 一方、大公のご生母は伯爵家の出身だったため、強力な外戚になるには力不足で、第二王子は臣籍降下して大公となられた。

 現在王家には王女が2人。陛下は側妃は持たれていないので、男子が生まれねば王女のどちらかが女王となる可能性がある。となればお相手選びは慎重にならざるを得ないため、おふたりの婚約者選びは難航していると聞く。陛下はおふたりを嫁がせても良いとお考えのようだ。


 一方、大公家には嫡男と次男の2人の息子がいて、次期国王に彼らを推す一派がある。

 

 さて、今回の大公家の狙いは、『漆黒の旅団』の首魁らしき男に誘拐され、尚且つ奴の顔を知っているレスター・エヴァンズとクレア・ファインズを、自分側に取り込みたいという意図があるのだと思う。

 だからまずはレスターを大公の専任の護衛騎士として転属させた。もう理解していると思うがレスターは奴らを誘き寄せるための餌なんだよ。

 大公は『漆黒の旅団』に面目を潰された事を遺憾に思っておられる。組織を徹底的に潰した上で、その功績を持って嫡男の王位継承を承認させたいのだろう。


 今日は確実にクレアに手を出してくるだろう。ジェマーソンのもう一つの顔を知っているのは、君たちしかいない。おまけにクレアは、あのファインズ家の娘、王家側に取られたくはない。

 大公家子息のどちらかがクレアの心を射止めるべく動く可能性がある。

 




 ユーインの説明を静かに聞いていたクレアだったが、どうしても腑に落ちない事があった。


「ランバート閣下、わたしがファインズの娘だという事は何のメリットがあるのでしょう?

 ジェマーソンの別の顔を知っているという意味なら、夜会にわたしをメイドとして雇えば良いのでは?」


「クレアはそう思うのか。

 君は、ファインズ伯爵家で隠されて大切に育てられてきたと感じてはいないか?ご両親が亡くなられて辺境へ来るのに、障害もなく実にあっさりと決まった事に疑念はないか?

 君の知らないところで、君が守られてきたと思った事はないかね?」


「確かに、辺境騎士団のメイドに応募する際も決まってからも、何も不都合はありませんでしたが…。」


 クレアが首を傾げると、レスターが答えた。


「閣下、本来なら婚約者として俺が守らねばならなかったのです。」

「レスター、君はどこまで知っているんだ?」

「は?何をでしょうか?」

「いや、いい。とにかくレスター・エヴァンズは本日休暇でありクレアの騎士であると大公から言質を取ってある。安心してクレアの世話を焼くと良いぞ。」

「はい。それはもう、失われた婚約期間を取り戻したいと考えております。」


 レスターのクレアを見て微笑んだ。クレアは、逃げ場のない馬車の中でひとり赤面してしまった。

(本当に心臓に悪い。本気なのか演技なのかわからないのですもの。)


「全く()()()の入り込む隙間が無くなったなあ。」

 ユーインの小声の囁きに耳を傾けたのは妻であるマリアンだけだった。

 マリアンはユーインに向かって、物事は収まるべきところへ丸く収まる様にできていますわ、とやはり小声で答えた。






お読みいただきありがとうございます。

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