囚われたふたり
目が覚めるとそこは鉄格子の中だった。
「気がついたか?どこか痛みは?」レスターが近寄ってきて、クレアに声をかけた。
「打ち身のような鈍痛はありますが、腕も足も動くので骨折などは無さそうです。」
「良かった……。君に何かあれば、俺は無事ではいられないからな。」
ほっとした様子でレスターはクレアの隣に腰を下ろした。
彼らはそれぞれ後ろ手に縛られているので不自由なものの、ひとりではない事が救いだった。
「ここはどこでしょう?あの魔法陣は一体何だったのでしょうか。」
「俺にもわからないが、君が席を外した後にノックスから聞かされた話に関係している気がする。
狙われたのは俺だ。実家のエヴァンズ家が関わっているのではないかと思う。」
「エヴァンズ伯爵家が?なぜでしょうか?」
「その質問の答えは今は無理だな。俺にもわからないし、何よりほら。」
レスターの視線の先には、見知らぬ初老の男が立っていた。
「おや、お目覚めですかな?レスター・アトキンズ伯爵子息、それから故ファインズ伯爵のお嬢さんのクレア嬢でしたな。お怪我が無い様で何より。」
「貴様は誰だ?俺たちをどうしてここへ連れてきた?」
「わたくしは貴殿だけを狙っていたので、正直おまけの存在に戸惑っているのですよ。このまま処分した方が良いかと思っておりましたが、偶々この女性が、あのファインズ伯爵夫妻の忘れ形見と知りましてな。何という偶然、そしてなんという幸運!」
「俺たちの素性を知るお前は何者なのだ?」
「ああ。これは失礼。そうですな、ジェマーソンと名乗っておきましょうか。ゴールディング大公家の家令として勤めておりました。」
「そうか、お前が……」
ジェマーソンと名乗った男は鉄格子の鍵を開けると、後ろに控えていた男達に、まずはクレアを外に出すように命じた。
「触らないで。自分で出ますから。」クレアは男を睨みつけたが強引に引きずり出された。
「大人しくなさい。今はまだ危害は加えません。
お嬢さんは確か24だったか、25か?年齢の割に見た目は若いし、手入れをすればそこそこ見栄えもするでしょう。
安心なさい。貴女は砂漠の国の後宮に入れるつもりだから、手は出しません。」
「クレアは関係ない。そもそもあの魔法陣は俺宛の手紙に同封してあったものを、彼女が偶々開いてしまったんだ。クレアはすぐに解放しろ!」
「それは無理な相談ですね。レスター・アトキンズ君。」
ジェマーソンの合図で、レスターは男達に殴られ蹴られた。
「あ、顔はいけませんよ。レスター君は見目がよろしい。騎士だけあっていい体をしている。こういう男が好きな御婦人も多いのでね。」
「レスター!!」
レスターに近づこうとしたクレアは、ジェマーソンに腕を取られ壁際に押しつけられた。ひっ、とクレアの顔が恐怖に歪む。
「いい顔だ。わたしはね、力の無い者が怯える姿が大好きなんですよ。例えばこの指、こうやって反対側に曲げたら、どんなに痛いでしょうね。ふふふ。」
クレアは涙目になりながらもジェマーソンを睨み返した。そして唯一動く足で、ジェマーソンの腹に膝蹴りを入れようとして気づかれて、頬に平手打ちを食らった。
「うーん。もっと泣き叫ぶかと思ったのに、貴女は興醒めですな。」
*
次に目を覚ました時、クレアはベッドの中にいた。
打たれた頬には湿布がしてあり、白い病人のような服装に着替えさせられていた。
「目が覚めたようね。何か飲む?」
そこに人がいると思っていなかったクレアは驚いて、声の方を見ると、若い女が入り口に立っている。
「あんたは1日寝てたんだよ。具合はどう?お腹空いてない?」
女はベッドの側まで来ると、果物とスープを差し出してきた。クレアは警戒して受け取らない。
「……ここは何処なの?貴女は?」
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。あたしもあんたと同じ、攫われてここにいる。あんたと連れの騎士様の世話を任されてる。」
再びスープを渡されたクレアは、戸惑いながらも受け取った。
「あたしは、メリッサ。20歳だよ。奴らに捕まってここにいるのよ。」
「クレアよ。メリッサ、教えてほしいの。ここは何処なの?レスターは無事なのかしら。奴らって、あのジェマーソンって人達のこと?」
「あたしには良くわからない。突然家に男達が現れて連れて来られたんだ。ここが何処かはあたしが知りたいくらいよ。」
その時、隣のベッドから呻き声が聞こえた。
「あ、あんたの連れの騎士様も目が覚めたようね。」
*
レスターは全身の打撲で酷い有様だった。
「アトキンズ様。具合はいかがです?」
クレアはレスターのベッドの脇に立って顔を覗き込んだ。
メリッサは気を利かせて部屋を出たので、2人きりだ。
「クレア。君こそ無事か?
骨は大丈夫、折れてないようだ。内臓までは至ってないと思うが打撲が辛いな。」
レスターは何とか身体を起こしたが、痛みに顔が歪む。クレアはレスターの背中を支えてやる。
「あの、ここは監視されていると思いますか?」
「多分。」
「何が起きたのでしょうか?」
「人身売買組織が関わっている。」
クレアの顔色が悪くなった。
「わたし達も商品になるのでしょうか?後宮に入れると言われました。
「わからん。ハッタリかもしれない。しかし、君を傷つけるつもりはない様だ。」
「でも、貴方は傷だらけにされた。」
「そうだな。それでも命を奪うつもりはないだろう。」
レスターには一つの確信があった。自分を生かしておいて父親と交渉する際の切り札とするのではないかと。養子に出されてから実家とは疎遠になっていたが、父の仕事はわかっているつもりだ。
「俺は父との交渉の為の人質だろう。クレアの事は俺が守る、必ず。」
「どうやって?無理ですよ。」
「無理かどうか試しもせずに諦めるのかい?クレア・ファインズ。君はたったひとりで、辺境までやってきたじゃないか。その君が諦めると言うのかい?」
レスターは熱のこもった目でクレアを抱きしめた。クレアはびくりと反応したが動く事が出来なかった。
「え、ちょっと、何ですか!」
レスターはクレアの髪に顔を埋め、耳元に口を寄せる。
「黙って聞いて。魔法陣が発動する瞬間、手がかりを残してきた。」
クレアにしか聞こえそうにない小声で、そう囁いた。
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