6 先生から、何の電話?
今日はピアノのレッスン。
すっごい練習したんだから。お兄ちゃんのお友達にも教えてもらったし。先生、驚くかな。その前に、家で弾いたみたいにちゃんと弾けるかな。今まで、こんな気持ちでチャイムを押したことがない。何だか緊張する。
「はい、美桜ちゃん、こんにちは。どうぞ~」
いつもの明るい先生の声。
「こんにちは」
玄関の鍵は開いている。私はいつものように、そうっと中に入った。ピアノの音が聞こえる。私の前の子は、私よりも小さくてお母さんと来ている。私よりも小さいのに、いつの間にか私よりも上手だ。難しそうな曲を弾いている。私よりも後に始めたのに、どうして私よりも上手なんだろう。私は休まずに通ってるのに……悔しいとかより、不思議だった。
私は楽譜を開き、姿勢を整えた。難しかったのはこことここ。おうちでもできたんだから大丈夫、きっとできる。練習した三曲を、続けて弾いた。おそるおそる先生の方を見ると、明らかに驚いていた。私は、先生の言葉を待った。
先生が、何かを考えてから話してくれた。
「美桜ちゃん。先生ね、美桜ちゃんが練習してなくても美桜ちゃんのこと大好きだけど、美桜ちゃんがピアノを好きになってきたみたいで、すごく嬉しい。コンサートの後からの変化も、先週から今日までの頑張りも、すごくすごく嬉しい」
本当だ。お兄ちゃんのお友達が言ったとおりだ。ピアノの先生って、練習すると嬉しいんだ。私もちゃんと弾けたし、何だかいい気持ちだった。
先生は、私が練習した三曲全てに大きな花丸を書いてくれた。こんなにすぐに花丸をもらったのは初めて。こんなに嬉しい気持ちになるんだ……こんな気持ちも初めてだった。次回までの宿題は次の三曲。先生は、次の曲の説明をしてくれた。それは、お兄ちゃんのお友達が話してくれたことと、だいたい同じだった。でも、お兄ちゃんのお友達の方が、優しくてわかりやすくて、それに格好いい。また教えてもらいたいな……。
ぼんやりしちゃったけど、先生はさっきの説明の続きをしている。
「……でも、できたらもっと先の曲も弾いてみてね」
って言われた。
チャイムが鳴った。次の子だ。レッスンの時間って、短いんだ。
「はい、◯◯◯ちゃん、こんにちは。どうぞ~」
先生の声は変わらない。明るくて、いつも楽しそう。ピアニストもいいし、ピアノもいいかも。
「こんにちは。失礼します」
そんなやりとりを聞きながら、また来週までピアノを頑張ろうと思えた。
家に帰ってからすぐに練習を始めた。ごはんもまだだし。
えーっと、次の曲は。まず、読んで歌う。ん?読む前に音がわからない。これは何の音だろう。何年も習っているし、下から数えればわかるもんね。ラだ。最初がラでラ、シ、ド。書いておこう。
「美桜、帰ったの?レッスンどうだった?」
「すごいほめられたー!一人で練習するから、お母さんはだまっててー!」
「まあ、そうなの。わかったわ」
最近、お母さんまで必死になって、私が間違えるとすぐに何か言う。私だって間違えたことくらいわかる。
「美桜、すごいじゃん。いい傾向だね。ね、絶対シンイチのおかげだよね?」
お兄ちゃんがお母さんに何か言っている。
「お兄ちゃんうるさい!今練習してるからだまってて!あ、でも、またお友達に教えてもらいたいな。また連れてきてよ」
私はそれだけ言って、また次の読めない音符を下から数えてド、レ、ミ……とフリガナをふった。
「あぁ、聞いてみるよ」
「本当にシンイチくんのおかげだわ~」
お兄ちゃんとお母さんのやりとりが聞こえた。
夕ごはんの後で練習していたら電話が鳴った。お母さんが出た。
「はい、加藤でございます。……まあ、高田先生!娘がお世話になっております」
なあんだ、高田先生か。なんだろう。
「……まあ、そうですか。帰宅してから、今も練習しているんですよ。嬉しくて……先生のおかげです。ありがとうございました。……ええ、素敵なコンサートでしたから。それに、槇先生の演奏も。素晴らしい先生についてお勉強されて……えぇ、えぇ、実は、槇先生の御子息様が、宅の息子と同級生で、先日教えていただきましたの。練習のしかたというんでしょうか。私がわかりませんでしたから、一緒に聞きまして。とても勉強になりましたわ」
何を話しているのかと思ったら……。バラしちゃったのか。あ~あ。
お母さんの声が止まった。
「……そうなんですか。そんなに素晴らしい御子息様なんですね。知らない世界で……教えていただきまして、ありがとうございます。えぇ、承知いたしました。失礼致します」
なんだろう。聞かない方がいいかな?
お母さんは二階に行った。
お兄ちゃんの部屋に行ったのかな?




