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Educator  作者: 槇 慎一


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24/30

24 助けを求めよ!


 僕は、タケルを家に連れて帰った。


 家では制服姿のかおりがピアノを練習していた。

「かおり、ただいま」


 これはいつもと同じ変わらない僕達の日常。かおりはタケルの存在に気づいた。

「……おかえりなさい……」

 いつもよりも小さい声だった。

「かおり、友達のタケル」

「……こんにちは」

「こんにちは。お邪魔します」

 タケルは驚きつつも挨拶を返した。

「タケル、ちょっとだけ座って待ってて。かおり、最初から通して弾いて」

「はい」


 かおりは、僕が指示した通り、今練習していた曲を最初から通して弾いた。バッハの平均律一巻だ。今は一巻の二番。いずれバッハが必要になる。生涯、何度でも弾くレパートリーだ。よく練習してある。


「プレリュードはOK。フーガ、五箇所言うから覚えて。1。8小節めのアウフタクトから入る上の二声のバランスとタッチを整えて。2。9小節めから11小節めのゼクエンツ、よく対話して。3。13小節めからの上行形、最高音に向かってクレッシェンド。4。29小節めの最後、全終止からコーダだから、その後の減七の和音を意識して。あと、ピカルディ終止の響きは、もっと工夫できるだろう。ちょっと向こうで話してくるから練習してて」

「はい」


 僕はタケルをレッスン室に連れていった。

「防音室だ。内緒話はこっちで」

「すごいな……こっちにはグランドピアノが二台……」

「母親の仕事場だ」

「あ、なるほど」

 僕達は、2台あるピアノの椅子にそれぞれ座った。

「それで……その先生はヤバすぎる。高すぎ。何とか辞めさせたいが、問題はお父さんか……」

「美桜のプライドの高さにも参るが、お父さんにも本当に困ってるんだ」

「その先生は、タケルのお母さんがわかってないことを利用してる。音楽で悪いことをする奴は許せない」



 僕は説明した。

「まず、ピアノのレッスンは私立が高くて国立が安いってのは大学の授業料はそうだけど、個人レッスンはそうではない。人による」

「そうなんだ。お父さんはそこから知らないのか」

「次。音楽大学の入学試験は様々な科目があるから、苦手な科目がない大学とか、学習段階と傾向を選べば案外大丈夫。とはいっても、それは入試に関してだけの話だから、満遍なく勉強して臨んでもらいたいところだろうけど。美桜ちゃんに限って言えば、問題はピアノ、聴音、覚悟の3つかな」

「覚悟?」

「うん。ペーパーテストだと、誰が何点だとか、公開されない限り友達にわからないけど、ピアノはちょっと聴けばすぐにわかる。有り体に言えば、進度が遅いことを友達全員が把握している中、卒業までそれがずっと続く。総じて皆真面目だから、そう順位は変わらない。好きなら堪えられるだろうけど。女の子はそういうの気にするんじゃないか?タケルはわかると思うけど、わかる側からは、誰がどこまで理解できていて、どこから理解できていないか、何が苦手かわかる。しかし、わからない側からは、よくわかんないけど周りが皆全員自分より上手~みたいな?友達全員が自分より上手で、皆が自分のわからない話をしていても、友達に教わってでも勉強を続けていけるかどうか。友達に、わからない自分をさらけ出せるかどうか、そういう覚悟。劣等感と戦えるか、足りない勉強を埋めていく覚悟って言ったらいいのかな。……美桜ちゃんは自分と同じくらいのお友達と切磋琢磨する方が合うんじゃないかな?」

「うん。さっき、シンイチが彼女に言っていたこと、全然わからなかった。雲の上の話を自分以外の友達同士が普通に話していても、ってことか……。キツイだろうな。美桜はピアノの進度ってどのくらい遅れてる?」 


 僕は表を持ってきて見せながら、ざっと弾きながら説明した。

 日本でよく使われる進度表がある。

 バイエルはレベル1。

 バイエルが終わったらレベル2。全曲しなくても、相応の実力があれば、それも含む。


 ツェルニーの作品番号139とプレ・インベンションとブルグミュラーが終わったらレベル3。


 ツェルニーの作品番号849とソナチネアルバムとインベンションが終わったらレベル4。


 ツェルニーの作品番号299とソナタアルバム1とシンフォニアが終わったらレベル5。


 ツェルニーの作品番号740、もしくはクラーマーかモシュコフスキーの同じレベルのもの、フランス組曲と並行して平均律、ソナタアルバム2が終わったらレベル6。


 レベル6までくれば、ショパンのエチュードでも何でも追究したいだけ究める。趣味でもこのレベルの人はたくさんいる。ピアノは曲がたくさんあるし、一生楽しめるし、一生勉強だ。怠けたら腕が落ちる。


「音大入試のレベルは?」

「音楽大学も音楽高校も、レベル5~6の実力が必要」

「さっき彼女が弾いていた曲は?」

「バッハの平均律だ」

「レベル……5……小学三年生で……それって、どれくらいすごいの?」


 僕は、正直に答えた。

「僕よりも」

「そんな!」

 タケルは立ち上がった。


「前にも話した。指導者より生徒を上手になるように教育しなければ、文化が衰退する。全員が上手くいくわけではないけれど、僕のお母さんの子供の頃より僕の方がすごいと言われた。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。僕よりもかおりの方がすごいから……わかるんだ。もちろん、僕の方が五年長く勉強している。だが、遠くない将来、かおりは僕を抜かすだろう。わかるんだ。……だから、僕が母親を抜かす前に、母親は僕のために新しいピアノの先生を探してくれた。それが、五年生の時だった……」


「今のシンイチの先生って、どんな人?」

「世界の教授と呼ばれる人。その人の奥様は音大の講師をしてる。ご夫婦で日本に来て、まだ数年だ。教授の生徒はまだ僕だけ。多分……僕がかおりを教えているように、大切にしてくれている」


 タケルは、僕の気持ちをわかってくれるだろう。

「美桜ちゃんが本当に目指したいのであれば、僕は応援したい。問題は、合格するかどうかではない。一番難しいことは、決意することだ。今の先生はおかしい。でも、タケルもおかしいよ?僕と話すのを口止めされて、その通りにしようとしたなんて……。おかしいことをおかしいと思えないことが、既におかしいよ?僕の母に話せる?助けを求めなければ、誰も何もしてやれない」


 僕は立ち上がってリビングに戻り、タケルを呼んだ。かおりの練習の成果を確認することにした。


「かおり、フーガだけ弾いて。暗譜できるなら暗譜で」

「はい」


 かおりは静かに楽譜を閉じ、フーガを演奏した。


 僕が指摘した五箇所は全て直っていたし、密かにあと五箇所注意しようと思っていたところは、僕でも気にならない状態になっていた。それに、そこだけ直した訳ではなく、全体的に美しく調えられていた。



「どう?」

 僕はタケルに感想を求めた。


「すごいな、短時間で。最初に聴いた時もすごく上手だったのに。何だかすっきりしたし、立体感ていうのかな、それから、わくわくするような……仕上がりの美しさの、レベルが上がった。かおりちゃんも、シンイチも、二人ともすごいよ!」


「ありがとう。かおり、彼にお礼を」

「ありがとうございます」

 かおりはにこっとした。




 玄関の鍵が開いた音がした。


 お母さんが帰ってきた。

 タケル、どうする?

















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